レポート

《JST主催》「男か女か、文系か理系か、二元論的考え方はもうやめませんか」 —ジェンダーサミット10フォローアップ2019

2019.07.29

早野富美 / サイエンスライター

 2017年5月のことだった。「ジェンダーとダイバーシティ推進を通じた科学とイノベーションの向上」をテーマに、国際会議「ジェンダーサミット10(GS10)」が開かれた。この会議では「ジェンダー平等は持続可能な社会と人々の幸福に不可欠」など3項目の提言を盛り込んだ「東京宣言」を発表、世界に発信して大きな成果を上げた。その約1年後には、この会議のフォローアップ・フォーラム「ジェンダー視点が変える科学・技術の未来」が開催された。

 そして今年の7月4日。GS10の後2回目となるフォローアップのシンポジウムが、科学技術振興機構(JST)東京本部(東京都千代田区)の大会議室で開催された。主催はJSTと日本学術会議。このシンポジウムは「Gender Equality 2.0からSDGsを展望する—架け橋—」と題し、GS10の東京宣言で提案された「Gender Equality(ジェンダー平等) 2.0」の取り組みを中心にさまざまな議論が展開された。SDGsとは今や地球規模の問題を考えるときの共通のキーワードで「国連の持続可能な開発目標」のことだ。

 「ジェンダー平等2.0」というキーワードは「東京宣言」の3項目で出てくる。3項目の全文をあらためて紹介する。「SDGsに掲げるジェンダー平等は、社会における多様性、とりわけ、女性や女子、男性や男子、民族や人種、文化等が果たす意味や役割を社会がどのように認識して定義しているか、その関係性を考慮して進める必要がある。それはジェンダー平等2.0として、産業界を含むすべての関係者にとって自らが取り組む持続的課題のひとつとすべきである」。

 今回のシンポジウムの冒頭、JST副理事で日本学術会議副会長でもあり、ジェンダーの問題に長らく取り組んできた渡辺美代子さんが登壇した。渡辺さんは、この日の参加登録者は160人で、その4割以上が男性だったことを紹介。男性参加率が2年前のGS10では3割に満たなかった状況を大きく更新したことからジェンダー問題に関する男性の関心が高まってきたようだ、と述べている。

冒頭で趣旨説明する渡辺美代子さん
冒頭で趣旨説明する渡辺美代子さん

 JST理事長の濵口道成さんと日本学術会議会長(京都大学総長)の山極壽一さんの2人が開催あいさつをした。濵口さんは、日本の科学技術の分野で女性研究者によるファンディングへの応募・参加がまだ少ないと問題提起。この問題の解決に向けて(JSTとして)今後も積極的にサポートすることを明言した。山極さんは、日本学術会議の会員や連携会員の女性比率は3割を超えている、と述べ、それぞれの委員会で活躍していると強調した。次に文部科学省科学技術・学術政策局長の松尾泰樹さん(当時)と内閣府男女共同参画局長の池永肇恵さんが行政担当者の立場からあいさつし、2人ともジェンダーの問題の重要性に触れながらこの日のシンポジウムの成果に期待を寄せた。

濵口道成さん
濵口道成さん
山極壽一さん
山極壽一さん
松尾泰樹さん
松尾泰樹さん
池永肇恵さん
池永肇恵さん

私たち自身の価値観を問い直す

 この日のシンポジウムは7人が次々と登壇した講演のほか、2つのパネル討論会が連続して行われるなど、多彩な企画で構成された。

 午後4時ごろから開かれたパネル討論「科学の多様性が日本を創り直す」ではLGBT(レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(性別越境者))の問題について踏み込んだ議論が展開された。

 このパネル討論には、日本で初めてトランスジェンダーとして大学教員になったという明治大学文学部非常勤講師の三橋順子さんが議論を先導した。三橋さんは、トランスジェンダーとは「生まれた時の生物的な性とは違う性で生きている人」と説明し、自分は男性として生まれたが、女性として社会生活を送っていることを明かした。その上で、日本ではジェンダー平等という概念の中でトランスジェンダーの存在は想定されていないと指摘。「日本は男女平等の目標にも到達していないので、トランスジェンダーのような性的マイノリティー(少数者)の問題は『その次』の問題と認識されるのは仕方がない。しかし、この場に参加(発言)したことが、男女(の問題)だけではなく、さまざまなマイノリティーの人々が社会に出ていくための議論の出発点になればいい」などと述べた。

 三橋さんによると、大学を含むさまざまな組織で、「男女二元論」の社会システムが強固にあるという。例えば、履歴書のわずか数センチ四方程度の性別の欄には、男、女のどちらかを必ず記入しなければならない。三橋さんがこの欄に以前「女など」と書いたところ、大学の人事部に受け取ってもらえず、その後しばらくお互いに膠着(こうちゃく)状態が続いたというエピソードを明かしてくれた。最終的には学長の指示で受け取ってもらえたというが、「次に続くトランスジェンダーの人のことを考えると妥協はできなかった」と振り返っている。

 三橋さんが、男か女か書けない、または書きたくないというのは「極めてわずかな障壁」で決定的な「不備」とは言えず、そのまま受け取る「わずかな配慮」によりいろんなことが改善できるのではないか、と問題提起すると、会場の多くの参加者がうなずいていた。

 奈良女子大学副学長で日本学術会議副会長でもある三成美保さんは、日本学術会議に「LGBT/LGBTI」の権利保障に関する検討委員会を設置し、2017年に提言を出している。LGBTIの「I」は「インターセックス(性分化疾患)」と呼ばれるもので、体の性に関する機能・形・発達が一般的ないわゆる「男」や「女」の典型的なものとは違うことを示す表現(言葉)だ。インターセックスは身体的多様性を示しているためLGBTとは少し意味が違っていること、「LGBTI」とすると当事者らから「その表現(「I」を入れた表現)」を使ってほしくないということなどから「I」を入れることについて真剣に悩んだという三成さん。言葉(言い方)の問題は、例えば「結婚」という言葉にしても、通常「結婚」は異性間での結婚のことを指し、同性同士の結婚は「同性婚」と呼ばれることから、「普段、当たり前のように使っている言葉は男女二元論を前提にして日常生活に深く食い込んでいる。それを前提に私たちは科学を論じ、学術を論じている」と指摘し、「根本から私たち自身の価値観を問い直さなければならない」と問題提起している。

(右から)パネリストの三成美保さん、三橋順子さん、竹山春子さん、ファシリテーターの藤井良一さん
(右から)パネリストの三成美保さん、三橋順子さん、竹山春子さん、ファシリテーターの藤井良一さん

マジョリティーでも何かの拍子にマイノリティーに

 ファシリテーターを務めた大学共同利用機関法人情報・システム研究機構機構長の藤井良一さんが日本の制度の現状をパネリストらに問いかけた。すると三橋さんは、トランスジェンダーを取り巻く日本の社会状況は欧米諸国と比べてそう悪くはない、としつつも、法律的制度の整備は遅れたと指摘した。日本で戸籍上の性別が変更できる性同一性障害特例法は2003年になって成立した。三橋さんによれば、世界では6、7番目と早いほうではあるものの、一番早い国からは31年遅れたいう。

 この発言を受けて三成さんは「LGBTの権利保障に関しては国連が積極的に対策を講じ、日本政府も積極的に協力している」「日本国内では法律制定はあったものの、その後の法改正は進んでいない」などと述べている。

 このパネル討論でのやり取りはかなりの関心を集め、会場からは相次いで質問が投げかけられた。「トランスウーマン(男性から女性に移行した人)」としてではなく、女性としての生きにくさはあるか、という質問に、三橋さんは「個人的には女性になった方が気持ちの上では楽だ。しかし、日本の場合はそもそもまだ男女不平等なので女性は社会的にいろいろ難しい面がある。(生物的には男性なのに女性として生きる)個人の問題と、(男性よりも女性の方がまだ社会的地位が低いのに女性として生きる)社会の問題があって二重に困難な状況にある」などと答えていた。

 また、LGBTの問題を自分事として考えにくいことが、多くの人がこの問題に共感できない状況を作っているのではないか、という質問が出された。これに対して三橋さんは「(性別に限らず、人種、国籍、文化など)自分はマジョリティー(多数者)だと思っている人も、何かの拍子にマイノリティーに変わる。意識改革は難しいが、今の若い人は(多様性の環境の中で生活しているので)柔軟に考えられるようになってきている」。社会は少しずつ変わり始めているという。

社会の考え方を変えるには法制度も必要

 学術の世界において多様性の視点から発言したのは、早稲田大学理工学術院教授の竹山春子さんだ。竹山さんは、サンゴ礁では多様な生き物がその自然環境の中に集まり生態系を維持していることを例に、「人間社会も同じ。男女二元論はナンセンスで多様性が重要だ」とした上で、「サイエンスの中では多様性が重要だと認識していても、いざ家庭や社会の実際の場面ではそのことをしっかり認識できない(行動できない)人がいる」と指摘している。

 竹山さんはまた、女子学生の多くが理系ではなく文系を進路選択してしまう要因について、現在の家庭や社会の意識と関係しているのではないかと述べた。日常的な会話や情報の中に「理系は大変で女性には難しい」という先入観があり、そのことが女子学生に理系に進むことを躊躇(ちゅうちょ)させている、というのだ。竹山さんはそうした先入観や考え方をなくしていく必要があると、強調している。

 藤井さんは竹山さんの意見について「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)の問題に関わるものだ」と指摘。個人としては分かっていても、そうした理解を社会に浸透させるためにはどうしたらよいかと問いかけた。すると三成さんは「強制力のある法制度が必要だ」。例えば、企業の女性役員についても(あらかじめ何人かを割り当てておく)「クオータ制」を法制化すべきだ、という。

 2018年の国際労働機関(ILO)レポートでは、民間企業の女性役員率は日本では12%と主要7カ国(G7)では最下位。一方でクォータ法を2000年に法制化したフランスでは、2010年の12.6%から2016年には37%に女性役員率が3倍以上になった、と三成さんは説明した。「制度ができれば女性役員が増え、会社の質を変えることができるのと同じように、強制力のある法制度によって大学の女性幹部が増えれば大学の質も変わる」。

 ここで「現在は教員募集の場合女性枠というのがあり、そのことによって男女のバランスを取っているが、トランスジェンダーの場合も特別枠を設けたほうが良いと考えるか」という質問が出た。三橋さんは「私は個人的には特別枠を求めていないが、求める人もいると思う」と答え、考え方はそれぞれ異なるとの見方を示している。

女性研究者によって生物学に社会学の視点が入った

 この日は「文理、タッグを組む」というテーマでのパネル討論会もあった。登壇者は文系、理系の両方の学生がいる科学史の分野で研究する名古屋大学大学院経済学研究科教授の隠岐さや香さん、構造生物学の分野で研究室をもちスタッフの半分が女性だという東京大学定量生命科学研究所教授の胡桃坂仁志さん、ゴリラ研究の第一人者で日本を代表する人類学者でもある山極さん。ファシリテーターは渡辺さんが務めた。

 山極さんによると、「ニホンザルの社会」の研究が始まった当時は男性研究者だけだった。このため研究テーマは「社会構造」「順位」など男性目線のものばかりだったという。ところが女性研究者が参加し始めたことで「サルが群れるのは、メスがオスのハラスメントを防ぐのにボディーガードとしてオスを雇うため」などといった、研究内容にこれまでとは全く違う新しい社会学的視点が入ってきたという。女性の視点が入っただけでなく、社会学と生物学が融合、つまり文系と理系が同じ席に着くことを意味する大きな変化だったのだ。

右からパネリストの隠岐さや香さん、胡桃坂仁志さん、山極壽一さん、ファシリテーターの渡辺美代子さん
右からパネリストの隠岐さや香さん、胡桃坂仁志さん、山極壽一さん、ファシリテーターの渡辺美代子さん

人間社会を理解するには文理融合は不可欠

 大学ではさまざまな分野で文理融合が進んでいる。しかし大学入学前の教育課程の段階では、進路選択でまだ文系、理系に別れているのが現状だ。

 隠岐さんは、文系と理系はなぜ分かれたのかを科学史の観点から研究した経験から、理系と文系の違いに言及した。「理系と言われる自然科学は客観世界の在り方を捉え、人間の五感や感情から離れて論理や法則を使う知であり、文系の人文社会科学は、人間の存在自体が研究対象であり、人間の基準でものごとを捉える知である」と述べた。

 胡桃坂さんは「文系、理系でクラス分けされるのは違和感がある。学問はいろいろな種類があるのではっきり分ける必要はないのでは」。

 山極さんは、理系はいろいろ測定してそれを数として出すのが一つの方法論。一方、数を対象にすることもあるもののタイプ分けや歴史を問題にするのが文系だと説明。「例えば、考古学で扱う問題と人類学で扱う問題は同じものでも、問題の表し方や、論文の書き方は違う。それはおそらく学問の持っている経歴の違いではないかと思う」と方法論に違いがあることを指摘した。

 胡桃坂さんは文系と理系が融合しにくいのは、互いに理解できる言語で話していないからだと主張した。そこを乗り越えれば自然に文理は融合するのではないかという。「知りたいことはみな同じ。方法論は多種多様で、文理融合は、理系しか使わない方法論を文系の人と融合することにより思いのほか新しい結果を生むかもしれない」。

 山極さんも人間社会のことを理解するためには、起きている現象や統計学的な確率論だけでなく、その人間の「個」の背景にまで踏み込む必要があるという。そのためにも文理は融合していくべきだと強調している。これからは人工知能(AI)の判断が人間社会の中に入り込んでくる。山極さんは「AIの判断は理系的。ジェンダー問題のような人間社会の問題に関しては、AIの理系的な思考による判断だけでは不十分だ。文系的な思考を取り入れなければならない」と結論付けている。

女性がもっと活躍できるための研究や取り組み

 パネル討論に入る前にこのシンポジウムでは7つの講演が行われた。ジェンダー問題を解決し、女性がもっと活躍できるためにはどうしたらいいのか、という現在の重要な課題について、さまざまな組織や機関で行われている研究や取り組みの紹介が続いた。

 株式会社サキコーポレーションのファウンダー・秋山咲恵さんは「Gender Equality 2.0起業と経営の現場から」をテーマに講演した。秋山さんは、これまで男性中心の社会が続いたために男性に最適化した社会システムになっていると指摘。女性にもフィットする制度に変えるような研究を進め、もっとアカデミアから発信してほしいと強調した。

 放送大学長崎学習センター所長の伊東昌子さんは、「大学教職員のためのダイバーシティ・マネジメントとワークスタイルイノベーション〜長崎大学における取組の紹介〜」と題した講演で、女性の研究意欲を高めるための取り組み事例などを紹介している。

 東京大学物性研究所所長の森初果さんは「東京大学におけるGender Equality 2.0の展開」と題して講演。東京大学では女性の学生や職員の数が増加していること、そのことによって多様な意見が入ってきている状況を紹介した。

 このシンポジウムを主催したJSTからは戦略研究推進部長の金子博之さんと、情報基盤事業部長の小賀坂康志さんも登壇した。金子さんは「JST戦略的創造研究推進事業におけるGender Equality 2.0に向けた取組み」について、また小賀坂さんは「Researchmap(リサーチマップ)登録データの政策分析利用について」それぞれ現状報告と今後の課題を説明した。

 文部科学省科学技術・学術政策研究所主任研究官の藤原綾乃さんは「データ分析で見るGender Equality 2.0への日本の課題」をテーマに、「教授昇進に与える要素」「研究発表空白期間が昇進に与える影響」などの研究成果を報告した。

 講演の最後は「“見えない女性”に目を向ける〜性差技術革新を取材して」と題して、日本放送協会国際部記者の山口芳さんが講演した。山口さんは、大使が女性だった場合、その大使が大使自身ではなく大使の妻と間違えられていた事例を挙げ、日本の男女格差を日常的に痛感している、などと取材経験に基づいた考え方を披露。そうした経緯がジェンダー問題に興味を持つことにつながった、と語った。また「性差技術革新」という言葉を取材で知ったと説明した上で、性差技術革新は生物学的男女の違いを技術革新に生かす試みで、その具体例を紹介している。

 京都産業大学現代社会科学部教授でダイバーシティ推進室長の伊藤公雄さんがこの日のシンポジウムを総括した。「これからの日本に必要なことはジェネレーション(世代)とジェンダーという2つの問題に対してもっと敏感になる必要がある」。日本アイ・ビー・エム技術理事の行木陽子さんは、ジェンダー問題を語る場にはアカデミアだけでなく産業界からの参加者が増えることに期待を寄せた。最後に渡辺さんは今後もさまざまな観点でジェンダー問題を考えていきたいと述べ、2回目となるGS10フォローアップの公開シンポジウムを終えた。

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