レポート

《JST主催》「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた共創」の実現目指して議論−「JSTフェア2018」セミナー開催

2018.09.26

日下葵 / 「科学と社会」推進部

 「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた共創」と題したセミナーが8月30日、東京ビッグサイト(東京都江東区有明)で開かれた。SDGsは、科学技術が新たに発展する機会であり、大きなビジネスチャンスとなる機会でもある。セミナーは科学技術振興機構(JST)が主催した「JSTフェア2018」の柱となるイベントとして企画された。SDGs達成に向けた挑戦的な取り組みや、産業界で実践されているユニークな取り組みなどが紹介され、こうした取り組みをさらに活性化させるための方策などについて、多様な分野で活躍している5人の登壇者が熱心に意見交換した。

画像1 SDGsの17の目標(提供・国連広報センター)
画像1 SDGsの17の目標(提供・国連広報センター)
写真1 セミナーの後半、パネルディスカッションが行われる壇上の様子
写真1 セミナーの後半、パネルディスカッションが行われる壇上の様子

 30日のセミナーは、午後12時15分に始まった。冒頭、JST「科学と社会」推進部部長の荒川敦史さんが、このセミナーの狙いや、SDGs達成に向けた行動に関する日本の国際的評価、JSTが関係機関とともに検討を進めている共創の枠組み(未来社会デザイン・オープンプラットフォーム(通称:CHANCE)構想など)について説明した。荒川さんは、「CHANCE構想」について、「研究領域を検討する段階から、社会課題に直接的に対峙(たいじ)している幅広いステークホルダーに参加してもらい、JSTの研究開発の成果が課題解決により貢献できるようにしていきたい」と述べた。

写真2 JST「科学と社会」推進部・部長の荒川敦史さん
写真2 JST「科学と社会」推進部・部長の荒川敦史さん

 次に JSTのシンクタンクと言える「研究開発戦略センター(CRDS)」センター長代理の倉持隆雄さんが、SDGs推進に関する国内外の政策動向を紹介した。倉持さんは、「SDGsは経済・社会・環境を重視する科学技術イノベーション・エコシステムを構築するチャンスだ」と指摘。「169のターゲットの組み合わせは、多様な可能性とチャンスを生み出す」と強調した。

写真3 JST研究開発戦略センター・センター長代理の倉持隆雄さん
写真3 JST研究開発戦略センター・センター長代理の倉持隆雄さん

 この後、科学技術イノベーションを通じて国内外の社会的課題の解決に取り組んでいる2人の研究者が、登壇した。

SDGsの目標とリンケージしたビジネスモデルの構築を

 その1人は、JSTの地域結集型研究開発プログラム代表研究者を務めた、前橋総合技術ビジネス専門学校校長の小島昭さん。小島さんは、「三陸がつなぐ牡蠣(かき)養殖で豊かな海を創る」と題して話題提供。鉄と炭素材を組み合わせた鉄イオン供給装置「鉄デバイス」による牡蠣養殖技術が日本各地の漁場復興に貢献した研究事例を紹介した。小島さんは、震災により甚大な被害を受けた、岩手県山田町と熊本県水俣市や、中国の大連での事例を紹介した上で、「『海なし県』である群馬からはじまった技術が、日本全国から海外にまで展開した。この鉄デバイス技術は水をきれいにし、海産物を増やすことを可能とする」と述べ、「現場では漁師さんに何度も断られて、5回目の訪問でようやく許諾をもらった」と、現場へ足を運び、対話することの大切さを強調した。

写真4 前橋総合技術ビジネス専門学校校長の小島昭さん
写真4 前橋総合技術ビジネス専門学校校長の小島昭さん

 また、JSTと独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で実施している「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」の研究代表者である礒田博子さんは、「北アフリカにおける研究成果の社会実装」と題し、モロッコ王国とチュニジア共和国と共に実施している地中海食資源に着目した研究プロジェクトを紹介。このプロジェクトの成果として、「チュニジア共和国と5つの産官学連携共同研究協定を締結した。これは国として初めてのことだった。現地の企業と産学連携を進めている」と説明し、「研究成果による科学的なエビデンスや、『食薬シーズ』の安定供給システムを構築することで、北アフリカの食薬シーズを用いた新規ビジネスモデルの構築と展開を目指している」と述べた。

写真5 筑波大学 地中海・北アフリカ研究センター長/生命環境系教授の礒田博子さん
写真5 筑波大学 地中海・北アフリカ研究センター長/生命環境系教授の礒田博子さん

 「Japan Innovation Network(JIN)」ディレクターの小原愛さんは、「SDGsをSTI×ビジネスで達成する」と題し、民間企業がSDGsをイノベーションやビジネスの機会と捉えるべき理由を分かりやすく説明した。また、「ビジネスを起こすとき、未来については市場予測を積み上げ式で考える。SDGsは2030年のあるべき姿を国連という場で決定したもの。すなわち、2030年より前の潜在マーケットを特定したもの。民間企業にとってこれほどありがたいことはない」と指摘。JSTの委託を受けた「SATREPSプロジェクト成果を活用したSDGsビジネス化支援プログラム」を取り上げ、礒田さんの研究プロジェクトをはじめとする3課題での社会実装のためのビジネスモデル構築の取り組みについて述べた。そして「STIの重要性は指摘されているが、その成果として官のバックアップによりSTI×ビジネスがSDGsの達成に貢献した例は出てきていない。日本初の先進事例を目指し、JSTの研究者たちと進めていきたい」と力強く語った。

写真6 Japan Innovation Networkディレクターの小原愛さん
写真6 Japan Innovation Networkディレクターの小原愛さん

 話題提供の最後に「SDGパートナーズ」代表取締役CEOの田瀬和夫さんは、「つながることから生み出すSDGs達成へのアクション」と題して、SDGsの各目標とリンケージしたビジネスモデルを構築することの重要性を強調した。「SDGsのアイコンに対して、なぜ17の一次方程式と捉えられるような独立した(配置の)アイコンにしたのか、という批判がある」とし、「先進企業でも、(SDGsアイコンの)これやっています、あれやっています、と思考停止している。どうやって経営戦略に落とし込むか、リンケージを考えなければならない」「SDGsの無数のリンケージから解決策をつなぐため、複数層のAIを活用する構想を考えている」と力強く述べた。

写真7 SDGパートナーズ代表取締役CEOの田瀬和夫さん
写真7 SDGパートナーズ代表取締役CEOの田瀬和夫さん

自分のエリアから飛び出してーSDGsを「自分事」にするために

 この後、午後1時ごろからは話題提供した、5人によるパネルディスカッションが行われた。進行役は、荒川さんが務めた。荒川さんは「SDGsを各セクターで「自分事」にするには?」「科学技術をさらに効果的に役立てるには?」「“タコつぼ”からどうやって抜け出すか?」という3つの問いをポイントに意見交換を先導した。

 まず「SDGsを各セクターで「自分事」にするには?」。「SDGsという概念は世に浸透してきたが、ともすると今ある事業をSDGsと関連づけることで良しとして、思考停止となっていないだろうか。SDGsへの貢献、そしてその先にある人類の幸福を視野に入れて、自分事として本業に落とし込んでいくにはどうすれば良いか」と荒川さんが問いかけた。

 これに対して倉持さんは「まず自分の育っていたエリアから飛び出すことが重要だ。自分の所属する組織のミッションがあるがSDGsはもっと規模の大きな話だ。自分に何ができるか、自己規制せずに与えられている視点から飛び越えることが重要だと思う」。

 小島さんは、「私は師の教えである、やったからには世のため人のためになる研究をする、ということを一番にしてきた」「産業を元気にするために取り組んできたこれまでの研究活動で一番重要なことは、相手に惚れること、そして自分の技術に惚れることだ。これができないと物事は進まない。次に大切なのは相手の立場を理解し、相手の立場になること。特に第一次産業の方と話をする時に目線を合わせないと絶対相手にしてくれなかった」などと語った。

 また礒田さんは次のように述べた。「北アフリカは文明の交差点と言われる場所。2002年から約80回訪問しているが、足を運べば運ぶほど、科学技術の協力によって発展途上国が抱える貧困をはじめとする問題を、どうにか解決できないかと感じていた。これはまさにSATREPS事業のコンセプトと一致するところだ」「しかし、科学技術からビジネスを生み、雇用創出につなげることには様々な問題があり、そんなことができるのかと当初は思っていた。その中で、科学的エビデンスが、製品の付加価値を与えることに気がついた」「これまで多くの研究をしてきた結果を、エビデンスとして製品化の価値付けに変えていこうという考えになった。我々が国際共同研究を通じてビジネス推進をすることも、地域への貢献につながる」。

写真8 ディスカッションの様子。左は礒田さん、右は小原さん
写真8 ディスカッションの様子。左は礒田さん、右は小原さん

 小原さんは、「SDGsを分解してほしい」と言う。そして「169のターゲットの中には面白いものがたくさんある。例えばゴール3の中には、“道路交通事故による死傷者を半減させる”がある。これを実現するためにはどうすればいいか、自分でいくつか考えてほしい。交通事故がそもそも起こらないようにすればいいのか、事故が起こっても死なないようにすればいいか、など。そうすると、自分に何ができるかが見えてくる。小学生の登校の見守りや、自動車にセンシング技術を導入しよう、とか。分解することで、どんどん自分に繋がっていく」と指摘した。

 田瀬さんはこう強調している。「まず、SDGsは169のターゲットの数値目標だけでないということ。どのような時代の変化の中でも変わらないwell-beingを目的としている」「企業の経営者にとってSDGsを自分事とするためには、人類の幸せというコアの部分は変えない一方で、激変する社会の変化に対応する必要がある」「社会の変化に適応できないと、会社は潰れてしまう。SDGs貢献どころではない。本業として落とし込むには、コアとなる価値観以外は、社会に適応し変化を恐れないことが、SDGsを自分事にするための道だ」。

 2番目は「科学技術をさらに効果的に役立てるには?」。
「科学技術、そしてそれによりもたらされるイノベーションは、SDGsの達成に向けた重要なツールであることに間違いないが、研究開発成果の創出とそのビジネスや政策へ実装する間には多くの障害があると言う声もある。これをクリアするにはどうすればいいか」という荒川さんの問題提起に対し、研究者でないビジネスセクターから登壇した小原さんと田瀬さんが意見を述べて議論が始まった。

写真9 ディスカッションの様子。左は荒川さん、右は倉持さん
写真9 ディスカッションの様子。左は荒川さん、右は倉持さん

 小原さんは、「研究者との関わりの中で、科学技術は可能性の広がりを非常に大きく示すものであることを実感している。ビジネスとして社会実装するということは、その大きな可能性を逆に絞っていく作業であることを実感している」「研究者に対し、『この原料を使うとコストに見合わずビジネスにならない』と指摘することがある。すると、研究者は他の可能性を多く提案してくる。知見も発想も大変素晴らしいが、それではどれにするか、と可能性をあえて絞っていくことが、STIをビジネスに実装していくプロセス」などと語った。そして「科学技術の可能性をあえて絞るような、科学者と異なる視点を持つ人たちと結びつくことが、科学技術の効率的なビジネス化につながる」と強調している。

 また田瀬さんは次のように指摘した。「日本人の思考は積み上げ式。技術開発においても、まず技術ありきで考える。このような思考を帰納法的と呼ぶ。青年海外協力隊も同様で、村が良くなれば国も良くなるという考え方。一方、政策側から変えていくという逆の考え方もある。これを演繹的な思考と呼ぶ。重要なのは、帰納法的な思考と演繹的な思考、どちらかが正しいのではなく、片方だけではいけないということ。両方の思考から降りてきたものを、現場で実現しないといけない。科学技術とSDGsの達成も同じことが言えるのでは。これはJSTが一番できることではないか」。

“タコつぼ”からタコが出るためには、漁師とエサが必要

 3つ目は「“タコつぼ”からどうやって抜け出すか?」
「SDGs達成には多くのセクターの知やリソースを結集することが重要だが、そもそも目的やモチベーションが異なる組織を糾合(きゅうごう)し、同じ目的に向かっていくためには、どのような仕組み作りが求められるか。JSTが関係機関と検討している『未来社会デザイン・オープンプラットフォーム(CHANCE)構想』のような、科学技術だけでなく課題に直面している人たちを交え、我々が目指すべき未来社会のデザインをバックキャストの起点として、研究開発やその先のビジネスを考える仕組みづくりは有効か」。荒川さんがこう最後の問題提起をした。

 これに対して礒田さんは、「共同研究を10年以上続け、次はビジネス創出にチャレンジしたいと思っている。科学的なエビデンスが製品の付加価値付けをするならば、他の途上国でも同様のモデルをつくれるのではないか」「貧しいから病院に行けず、自分たちだけで治している地域がある中で、地域が潤うようなビジネス創出に取り組んでいきたい。そのためには、研究者だけでも駄目で、企業だけでもだめ。地域の方やメディアを含め、様々なステークホルダーをいかに課題に取り込んでいけるかが、大きいと思う」と述べ、「それらが地域の成功モデルや、横に広がっていくポテンシャルにつながっていく」と結んだ。

 小原さんは、問いの“タコつぼ”の比喩(ひゆ)から、「“タコつぼ”からタコが出てくるためには、漁師とエサがなければいけない。タコをつぼから出す漁師は誰かというと、主体となる一声かける人。エサは、タコが出て行きたいと思えるもの。JSTの提案するCHANCEのような構想。つぼから出てくると色々な人と出会えたり、科学技術を社会に広げることができる場に出会えたりする。タコそのものの公募よりも、漁師とエサの設定の方が重要かもしれない。そこでは共創が可能であり、色々な人が集まり考えて実行することが、“タコ漁”には重要」。

写真10 ディスカッションの様子。左が小原さん、右が田瀬さん
写真10 ディスカッションの様子。左が小原さん、右が田瀬さん

 田瀬さんは、「CHANCE構想の趣旨には賛同するが、プラットフォームをつくっただけでは皆忙しいので機能しない。皆、それぞれのプラットフォームで忙しい。ネットワークオブネットワークスを機能させるには、それなりのインセンティブがないと難しい」と指摘し、「セクターの知やリソースを結集する方法は、人工知能(AI)にやらせればよい。そこからどういうソリューションを実行するかは、人間が考えるところだ」と強調。「AIの提案はCHANCEのサポートにつながるもの」と結んだ。

 進行役の荒川さんは、JSTが主催し、11月9日から3日間開催される「サイエンスアゴラ2018」を紹介。「サイエンスアゴラは、科学と社会をつなぐためのイベント。重要なテーマの一つとしてSDGsを柱にしている。本日のセッションの内容に続いて、SDGs達成の先に何を見るか、という観点でキーノートセッションを11月9日に日本科学未来館で行います。このセッションに関心を持たれた方は、是非足を運んでください」と結んだ。

(「科学と社会」推進部 日下葵 写真・腰高直樹)

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