レポート

水から考える「SDGs × 沖縄・島じまの挑戦 2018」公開シンポジウムを開催

2018.02.14

渡部博之 / 「科学と社会」推進部

 「SDGs × 沖縄・島じまの挑戦 2018」と題したシンポジウム(琉球大学と沖縄県が共催)が2月4日、沖縄県那覇市内の沖縄県立博物館・美術館 講堂で開かれた。シンポジウム当日は小雨が降って最高気温は約13℃までしか上がらず、沖縄としてはかなり冷え込んだ。そうした中でも200人収容可能な会場はほぼ満員となり、終始熱気に包まれていた。

 このシンポジウムには、科学技術振興機構(JST)の科学技術コミュニケーション推進事業・未来共創イノベーション活動支援に採択された「水の環」プロジェクトが企画協力した。同プロジェクトは「水の環でつなげる南の島のくらし」をテーマに南の島の水の大切さについて学び、水資源をいかに次世代へ受け継いでいくか、また水の利用・保全のあり方について地域住民を巻き込みながら共に考え、共に行動することを目指している。今回のシンポジウムには産学官民の各ステークホルダーや高校生・大学生といった次世代を担う若者が参加し、水循環に関して沖縄の島々が抱える問題や解決方法などを提示。地域課題の解決についてさまざまなアイデアを出し合った。そして、沖縄が抱えている水問題の解決に向けた取り組みが、同じような状況に置かれているアジア・東アジアの島々での解決に参考になり、国連・持続可能な開発目標(SDGs)達成にも新たな知見を与えることなどをすべての参加者が共有したようだ。

写真1 会場となった沖縄県立博物館・美術館の外観
写真1 会場となった沖縄県立博物館・美術館の外観
写真2 沖縄県立博物館・美術館の入口付近
写真2 沖縄県立博物館・美術館の入口付近
写真3 会場となった沖縄県立博物館・美術館の講堂
写真3 会場となった沖縄県立博物館・美術館の講堂

 シンポジウムは午後1時30分に始まった。冒頭、国際連合大学上級副学長の沖大幹氏が登壇し、「~水と持続可能な開発~」と題して基調講演した。

 沖氏はまず、健全な水循環のためには地域や国における協調や協力が重要であると強調してナイル川の例を取り上げた。ナイル川はアフリカ大陸東北部を流れ地中海に注ぐアフリカ最長級の河川で、その流域は灌漑(かんがい)ができるため緑豊かな土地として栄えて来た。下流に位置するエジプトの繁栄は、まさにナイル川がもたらした産物だ。しかし、過去にエジプトの植民地だったスーダンなどのナイル川上流の国々は、エジプトと過去に締結したナイル川の割当水量の協定によって現在も苦しんでいるという。

 こうした水問題に関連して「統合的な水資源管理という概念が出された」と沖氏は指摘した。「統合的な水資源管理」とは、貴重なエコシステム(生態系システム)の持続可能性を損なうことなく、平等性を保持しつつ経済的・社会的厚生を最大化するために、水、土地、および関連の諸資源を調整しながら開発し、管理していく概念である。沖氏によると、日本でこの概念は、洪水管理、水資源確保、環境保全の3つで捉えられている。通常これらは行政として縦割りで考えられているが、地方自治体だけが管理するのではなく、地域のコミュニティなどと一体となって管理すべきという機運が高まっているという。

 日本の水循環の問題を考える上で大きな起点となったのは、平成26年に制定された「水循環基本法」で、この法律により「内閣に水循環政策本部を設置し、水循環基本計画を5年毎に作ること」や「8月1日を水の日とすること」などが定められた。さらに、「水の公共性」や「健全な水循環」の定義が初めて法律に明記された。この法律が定義する「健全な水循環」とは人の活動や環境保全に果たす水の機能が適切に保たれた状態での水循環。沖氏は「統合的な流域の管理や国際的な水循環に関する協調の重要性が明示された」と述べ、「地方と地方自治体、住民が一緒になって考えることが推奨されている。沖縄でも流域ごとに流域委員会が作られ、取り組みが開始されるだろう」と今後の沖縄での取り組みに期待を寄せた。

 沖氏が続いて紹介したのがSDGsだ。SDGsの達成目標は17あり、非常に重要なものばかりであるため、日本の政府・民間企業が達成に向けて取り組む機運が高まっていると沖氏は指摘した。この目標の6番目は「安全な水とトイレをみんなに」で、沖縄の抱える水問題とその解決手段の模索はSDGsと非常に親和性の高い課題と言える。SDGsは発展途上国向けの課題として捉えられがちだが、SDGsが掲げる理念「誰一人取り残さない」は先進国にとっても重要な課題だ。だが、さまざまな課題を自分事として実感することが難しいことも事実だ。そこで、沖氏は分かりやすい例として、沖縄での食料自給率の低さと水循環の例を挙げて「輸入している食料の生産にも水は必ず必要だ。足下の水循環を健全なものにして守っていくことは大事だが、グローバル経済に置かれている状況を考えて外の水問題にも目を向けて欲しい。水問題を克服してきた沖縄の経験は、本土やより小さな島国の水問題解決のためのノウハウとなるだろう」と語った。沖氏は最後に「水の恵みと災いを忘れずに、持続可能な環境と社会と経済の発展を支える健全な水環境をいつまでも未来へ。」と結んだ。

写真4 沖 大幹氏
写真4 沖 大幹氏

 続いて始まったセッションでは、地方自治体・企業・市民・大学による取り組みが紹介された。最初に登壇したのは沖縄県企業局配水管理課計画班長の石原祥之氏。石原氏は自治体の取り組みとして、沖縄本島や離島での水道の概況と課題解決のための計画を紹介した。沖縄県は大小160の島々で構成され、そのうち49の島に人が住んでいる。しかし、水道の整備状況は沖縄本島と離島の間で地域差があるという。未だに渇水による制限給水が掛かるなど水量が十分でない地域や水源・水質に適した浄水処理が行えていない地域があり、更に県内の水道料金は最大で約6倍にも上るなど、水量・水質・経済(価格)的な差に繋がっている。石原氏は「当局はこの格差を是正するために、まず本島周辺離島の8村について、浄水施設や送水施設など沖縄県が一括管理して水を供給する水道広域化を実現する計画を進めている」と報告した。この計画によると、平成33年度までに離島の8村に安心安全な水の供給、安定的な給水、そして価格格差の是正・経営基盤の安定化を達成する予定だという。

 さらに水道広域化とは別の取り組みとして、少雨や地震などの災害や水道施設の故障などによる渇水対策として可搬型海水淡水化装置を導入し、稼働させていることを、スクリーンに写真を映しながら紹介した。こうした石原氏の報告により、沖縄が抱えている水問題が明確になった。また地方自治体がどのようにその解決に取り組んでいるかも示され、会場と共有された。

写真5 石原祥之氏
写真5 石原祥之氏

 続いて登壇したのはワイズグローバルビジョン株式会社取締役会長兼CTOの大嶺光雄氏だ。大嶺氏は企業の取り組みとして、小型の海水淡水化装置に関する開発・導入事例を紹介した。大嶺氏が小型海水淡水化装置に取り組む動機となったのは「知人の親族が漁船のトラブルが原因で水不足に陥り、命を落としたことだ」という。大嶺氏は「世界中の水問題を個人レベルから解決すること」をモットーに研究開発に取り組み、小型漁船にも搭載可能なサイズの海水淡水化装置の開発に成功した。この装置は小型漁船に搭載するだけでなく、国際協力機構(JICA)を通じて生活用水としての基準に満たない水を飲料用水として使用している海外の地域にも出荷されて大きな反響を得ているという。大嶺氏はこの装置の活用を通じて「水に困窮している地域の子ども達が、水汲みに割かれている時間を学業の時間に充てるなど、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:精神面を含めた生活全体の豊かさ)の向上にも役立って欲しい」と夢を述べた。

 同氏は最後に「小さな企業の挑戦ではあるが、これからも水のスモールインフラの普及に向けて頑張りたい」と締めくくった。

写真6 大嶺光雄氏
写真6 大嶺光雄氏

 市民や教育の側の取り組みのために登壇したのは沖縄県立八重山農林高等学校教論の前里和洋氏。同氏は、次世代への環境教育を通じた宮古島での地下水保全に関する発表をした。河川がない宮古島は、生活用水を地下水に頼っている。しかし、その貴重な地下水は近代農業、特に化学肥料の影響により硝酸化窒素による汚染が深刻になっているという状況だという。硝酸化窒素は、人が大量に摂取するとメトヘモグロビン血症という症状を引き起こし、体内が酸欠状態になることで知られている物質。特に乳児においては「ブルーベビー症候群(乳児メトヘモグロビン血症)」とも呼ばれ、死亡事例が出るなど影響が大きいことが懸念されている。

 この問題に直面した前里氏は「宮古島の命の源である大切な地下水の保全の問題を次世代を担う生徒たちの成長に役立つ題材として活用できないか」と考え、当時在籍していた宮古農林高校(現・宮古総合実業高校)の生徒達と共に有機肥料の開発に取り組んだという。生徒たちと一緒に開発した有機肥料は、微生物を活用しており、土壌中に残留する難溶性リン酸を植物が吸収し易いリン酸とカルシウムに分解する仕組みだ。この有機肥料を活用することで化学肥料使用量の減少につながり、その結果地下水の水質改善につながるという。

 この取り組みは2004年に「水のノーベル賞」とも言われる「ストックホルム青少年水大賞」を受賞するなど、国際的にも認められる成果になった。「有機肥料の工場における製造、水質検査などを通じ、これまでに8,000人もの小中学生に地下水の保全を考えるきっかけを与えることができた」と前里氏は胸を張った。最後に前里氏は「これらの取り組みを1年2年で終わらせず、10年20年持続することが重要だ。環境教育を通じて次の社会の作り手である若い人々の成長を支援する使命がある。みんなで協力して進めていきたい」と結んだ。

写真7 前里和洋氏
写真7 前里和洋氏

 セッションの最後に登壇したのは琉球大学理学部教授の新城竜一氏。新城氏が発表したのは大学の取組事例である「水の環でつなげる南の島のくらし」プロジェクトの概要と活動。「みっつやあらいーやつかーいん」。冒頭、新城氏の口から宮古島の古い方言が飛び出した。この方言の意味は「水は洗っては使えない、水を大切に使いましょう」だという。沖縄を構成する島々は琉球石灰岩をはじめ、多様な土壌で形成されており、水問題もその分だけ多様に存在する。沖縄に山積する水問題に取り組むため、研究者や教育者の集団である「水の環」プロジェクトが立ち上がった。

 「水の環」プロジェクトが掲げるミッションは3つある。基礎研究としての「沖縄特有の水循環特性と海のつながりの解明」をすること、応用開発としての「人間活動に伴う環境負荷低減に向けた技術開発」をすること、そして「地域の暮らしと水のつながりの向上」として地域を巻き込んだ活動を考えることの3つ。このミッションの先、つまりプロジェクトの最終目標は「島しょ型統合的水循環管理計画への提言」を行うことだと新城氏は強調した。

 新城氏は平成29年度にこのプロジェクトの活動報告をしている。最後に「健全な水循環を基盤とした持続可能な自然共生社会をつくるためには、島の特性に合わせた統合的な水循環管理が必要だ。沖縄の水環境は他のアジアや東南アジアと似ており、沖縄での取り組みは世界の持続可能な開発目標の達成に向けて貢献できると考えている。私たち一人一人がどういうことができるか、について大学、市民、行政が一体となって取り組んでいきたい」と結んだ。

写真8 新城 竜一氏
写真8 新城 竜一氏

 フォーラムの最後は、この日の登壇者全員に加え、モデレーターとして琉球大学理事・副学長の西田睦氏、副モデレーターとして琉球大学農学部助教の安元純氏、コメンテーターとしてJST「科学と社会」推進部部長の柴田孝博氏や東京海洋大学海洋科学部教授の川辺みどり氏、パネリストとして沖縄県企画部地域・離島課副参事の宮里健氏も加わった。「ステークホルダーミーティング」だ。

 このステークホルダーミーティングに先立ち、コメンテーターからのショートコメントが出された。柴田氏が紹介したのは、科学技術政策の変遷やSDGsをめぐる国や企業などの動き、各地で実施されている共創活動を横串とする取り組みなどだ。続いて川辺氏は、自身が取り組んでいる「江戸前ESD(Education for Sustainable Development:持続的発展のための教育)」と名付けられた活動を紹介した。「江戸前ESD」は江戸前の海(東京湾)の資源を持続的に利用できるように、活動参加者と地域の人たちが共同して考える取り組みという。川辺氏はそうした活動を通した体験を共有し、地域を含むさまざまなステークホルダーの知識を融合する重要性を強調していた。

 ショートコメントに続き、会場から回収された質問を基にしたステークホルダーミーティングが始まった。会場からは「SDGs推進本部とはどのような活動をしているのか」「国連大学とは」といった素朴な質問から、「海水淡水化装置の発展途上国への普及に向けて何が必要なのか」といったかなり専門的な質問まで多様な質問が出されたが、登壇者は一つ一つ分かりやすく回答をしていた。

 特に印象的だったのは前里氏への「農家の方への協力はどのように行ったのか?」という質問だ。前里氏は「取組当初は水質汚染が農業に原因があることを明らかにしたところ、農家からクレームがあった。しかし、真摯に説明を重ね、子や孫のために宮古島の大事な水質を保全するために協力して欲しいと伝えて回った」と回答。「地域住民の理解を得るために、まずはきちんと話し合うことが重要。」と対話・協働の重要性を述べた。

 また、基調講演で沖氏が触れた「流域委員会」の沖縄での進捗状況をモデレーターから問われた宮里氏は、県庁でパブリックコメントを実施するなど県民の意見を取り入れながら進めていると回答。「SDGsで言われる循環型社会を実現するためには、さまざまな所からの協力を得、技術を持つ企業の協力が必要だ」と指摘し、産学官民が一体となって進めていくことを呼びかけた。

 セッションの最後に会場にいた大学関係者からあるコメントが出された。「各ステークホルダーの取り組みが(個別)独立的に行われているように感じる。もっと連携を進める必要がある。大学は大学として皆と一緒になって大学自身何ができるかということを考えるプロセスが必要だ」。このプロジェクトをより良いものにしたいという熱意の表れと感じた。

写真9 ステークホルダーミーティングの様子
写真9 ステークホルダーミーティングの様子

 琉球大学学長の大城肇氏がシンポジウムの閉会挨拶に登壇した。大城氏は、沖縄の島々が昔から水に困窮し、水を大切にしてきた歴史と文化について語り始め、「沖縄には未だ水に関する問題が山積している。その問題は沖縄だけではなく、アジアや太平洋の島々と共通した課題でもある。」と指摘した。そして「持続可能な社会とは何か。難しい問いであり、答えは一つではない。私たちが受け継いできた自然と文化の豊かさに支えられた沖縄らしい暮らしを、50年後、100年後の子どもたちに残したい」「このシンポジウムが『持続可能な社会』」とは遠い誰かの問題ではなく、私たち一人一人の意識の問題であることを確認し、今、私たちに何ができるのかを考えるきっかけになったとすれば主催者としてたいへん嬉しい」。こう述べてシンポジウムを締めくくった。

写真10 大城肇氏
写真10 大城肇氏
画像1 シンポジウム「SDGs × 沖縄・島じまの挑戦 2018」のポスター
画像1 シンポジウム「SDGs × 沖縄・島じまの挑戦 2018」のポスター
画像2 水の環でつなげる南の島のくらしプロジェクトサイトから
画像2 水の環でつなげる南の島のくらしプロジェクトサイトから
写真11 「SDGsの視点から沖縄の未来を考えよう!」「2030年までに叶えたい沖縄の未来」と題した来場者参加型企画(シンポジウムの会場となった沖縄県立博物館・美術館内)
写真11 「SDGsの視点から沖縄の未来を考えよう!」「2030年までに叶えたい沖縄の未来」と題した来場者参加型企画(シンポジウムの会場となった沖縄県立博物館・美術館内)

(「科学と社会」推進部 渡部博之)

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