レポート

北大セミナー「がんの骨代謝と脊髄再生医療」-基礎研究を臨床に生かすために

2013.05.16

成田優美 / SciencePortal特派員

1.北海道癌治療研究会第25回学術講演会

 「最新の知見を臨床に」「臨床の問題をエキスパートと討論の場に」と、北海道大学学術交流会館で3月23日に開催された。

 代表世話人の秋田弘俊教授(北海道大学大学院医学研究科腫瘍内科学)によると、「がん薬物療法が進歩する一方、情報量の不足などから、施設間の格差が助長されている傾向がみられる。がんの治療は集学的・総合医療であり、がん薬物療法ばかりではなく、医療全般にわたって幅広いテーマを検討していく必要がある。それが最終的に患者さんの利益につながる」ということで、近年は、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)、ゲノム生物学の専門家の特別講演も行われて来た。

 今回は、がんの骨転移の治療薬が骨粗しょう症の治療にも認可された(2013年2月)というタイミングで開かれた。特別講演に骨の代謝機構の解明で成果を挙げる若手研究者を迎え、シンポジウムでは、がんの骨関連の有害事象について4分野から議論が行われた。

◇特別講演「骨代謝制御とRANKL」
宮本健史 氏(慶應義塾大学 医学部整形外科/総合医学研究センター 准教授)

 現在、日本の骨粗しょう症の患者は約1,280万人と推計されている。骨粗しょう症は、2000年の米国立衛生研究所(NIH)のコンセンサス会議で、「骨強度の低下を特徴とし、骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患」と定義された。特に大腿骨が、ちょっとした転倒で折れてしまう。「国民生活基礎調査報告(2010年)」によると、65歳以上の寝たきりの原因である「骨折・転倒」と「関節疾患」をあわせると約17%になる。人工骨頭の手術は、片側で100万円を超えるが、万全ではなく経済的にも課題が大きい。

 骨粗しょう症の患者は圧倒的に女性が多い。女性は元々の最大骨量(成人期21-40歳の骨量のピーク)が男性より低く、閉経でエストロゲンが低下し、骨量が急減少するからだ。ただ高齢化に伴い、男性患者も増えているのが問題だ。骨は代謝が非常に活発な臓器の1つであり、骨を吸収する破骨細胞と骨を形成する骨芽細胞がカップリングすることで、リモデリングが繰り返され、骨折をしても治癒が期待できる。しかしこの2つの細胞バランスが崩れ、骨の量が減っていく場合、破骨細胞のコントロールが重要である。

 破骨細胞の機構解明について、1990年代後半、雪印乳業の研究所と米国のアムジェン社が激しい研究競争を繰り広げた。98年に両社は、破骨細胞の分化誘導に必須のタンパク質(破骨細胞分化因子)を発見し、別々の名称で発表した。しかし、97年に米国のイムネックス社が、そのタンパク質を「RANK」という受容体の「リガンド(Ligand:特定の受容体〈タンパク質〉に特異的に結合する物質」として、すなわち「RANKL」(*)名づけ、『Nature』に報告していた。以来、「RANKL」の名称が定着した。

RANKL=receptor activation of nuclear factor-κB ligand(破骨細胞分化因子)

骨関連事象の治療薬とリスク

 骨粗しょう症の薬物治療は、骨密度が「YAM値(Young Adult Mean:若年者と成人の平均値)」の70% (骨折者は80%)を切ると始める。薬剤はビスフォスホネート、女性ホルモン薬、活性型ビタミンD3などが推奨されている。最近は、骨芽細胞を活性させて相対的に骨量を上げようという甲状腺ホルモンのペプチド製剤が認証され、日本でも使えるようになった。ただ転移性骨腫瘍に使えない。ビスフォスネート(中でもゾレドロン酸)は、転移性骨腫瘍などにも多く使われ、破骨細胞の活性化を抑制する。さらに本年5月、骨粗しょう症の治療に「抗RANKL抗体」が生物製剤として初めて登場する。すでに「デノスマブ」という名で乳がんの骨転移に使われ、前立腺がんでも臨床試験が進んでいる。

 しかし、破骨細胞の活性抑制を特徴とするビスフォスホネートやデノスマブは、稀に顎骨(がっこつ)壊死が起りうる。リスクファクターは、抜歯やインプラントのような侵襲性の高い処置や手術が考えられる。ステロイド投与による免疫の低下や、糖尿病のような感染症に弱い病気も要注意だ。口腔内を清潔に保つため、我々は関節リューマチで手が変形して歯みがきがうまくできない人のケアにも努めている。歯科治療のときに骨の治療をどうするか。患者さんの状況に応じて、歯科治療の前後の一定期間を休薬する例がある。転移性骨腫瘍やがんの骨転移では、生命予後を考慮し、骨折予防を優先したい。

 またデノスマブでは、低カルシウム血症に備えて、カルシウムやビタミンDの製剤を補充する。乳がんでは、治療5年、10年の患者さんがいる。世界的に骨関連事象の治療が長期化傾向にあり、腎機能も含め、全身の経過観察が大切だ。破骨細胞を強く抑制する治療が5年を越える場合、因果関係は明確ではないが、骨強度が低下し、非定型の大腿骨骨折が生じているとの報告がある。

RANKLによる骨代謝の恒常性制御、我々の取り組み

 我々は、「成人T細胞白血病(ATL)」のモデルによって、腫瘍細胞自身がRANKLを発現して破骨細胞を骨の中に誘導していることを、2002年に発見した。この白血病は、腫瘍が骨髄に浸潤して強力に骨を破壊する。骨についた腫瘍は、骨の基質になっているサイトカイン(*)などを盗んでしまう。つまり骨を修復する栄養源を腫瘍が盗んで増大していく。すると腫瘍が破骨細胞をどんどん誘導して、骨の破壊が進むというループに陥る。

サイトカイン:cytokine細胞から分泌される微量な生理活性タンパク質の総称で、細胞の増殖や分化に関わる。例:インターフェロン。

 RANKLをブロックすることが、破骨細胞の誘導を阻害し、腫瘍の増大を止める。すなわち「がんによる骨破壊抑制」のための1つの治療標的となる。関節リューマチでも、RANKLを抑える治療によって破骨細胞の形成が抑制され、関節が保たれる。一方、RANKLは乳腺の発達に必要だ。『NATURE』に、「RANKL欠損マウスでは破骨細胞分化の完全ブロックと成長障害がある。雌は妊娠・出産はできるが、リンパ節の形成障害と乳腺の発育が障害」という報告がある。

 破骨細胞は、1つの細胞の中に複数の核が存在する多核細胞で、細胞の融合により大型化し、骨の硬い組織を吸収して溶かす。我々は破骨細胞のメカニズムを研究し、2005年、破骨細胞の融合だけに特異的に機能する「DC-STAMP:dendritic cell-specific transmembrane protein」遺伝子を、世界で初めて同定した。DC-STAMPが機能しなければ破骨細胞は融合が抑制され、骨(こつ)吸収ができないので、骨量が増えると思った。実際に、D-STAMP欠損マウスの破骨細胞は、細胞融合が完全に抑制され、単核細胞になり、生体内で骨量が増加した。このマウスの写真は『The Journal of Experimental Medicine』誌の表紙に掲載された。

 ただ、破骨細胞の融合の抑制によって骨吸収する力は低下するが、骨吸収が完全に阻害されているわけではない。実は、破骨細胞の骨吸収の働きを一気に強く止めると、人によっては低カルシウム血症や骨折になりかねない。その後、破骨細胞の分化に必須の転写因子である「NFATc1: nuclear factor of activated T cells 1 」が発見された。「NFAT」は骨を作る骨芽細胞の分化にも重要な作用を持つ分子であり、NFATc1を阻害すると破骨細胞の活性や分化が抑制されるが、骨芽細胞の機能も抑制される。結果として骨量が増えるどころか、減少してしまう。細胞融合の仕組みの解明によって、破骨細胞だけに効果が及ぶ、副作用が非常に少ない治療標的を見つけられるのではないか。

*転写因子:DNAに結合して遺伝子の発現のON/OFFを制御するタンパク質群の総称

 RANKLの研究から、破骨細胞の分化を制御する因子Bcl6とBlimp1を新たに発見した。Bcl6は破骨細胞の活性化にブレーキをかける。Blimp1は、BcI6 のブレーキを止めて、RANKLの破骨細胞の分化誘導にアクセルをかける。ゆえにBlimpl 欠損マウスでは破骨細胞が抑制され、骨量が増加することがわかった。Blimplも治療の標的になる。

 今後は、骨転移や巨細胞腫瘍(オステオクラストーマ)などの、骨破壊性疾患の病態の解明と治療にも役立つよう、さらに骨代謝の制御機構の研究を進めたい。

◇シンポジウム「がんの骨転移・骨病変のマネジメント」

  • 「多発性骨髄腫の骨病変」について、札幌医科大学医学部内科学第1講座の石田禎夫・准教授が「溶骨性の病変が初診で77%の患者に認められ、圧迫骨折が多く4カ所以上の骨折など見られる」と病態を解説。主要な薬剤「サリドマイド、レナリドミド、ボルテゾミブ」の特徴や治療例を紹介し、「新規薬剤が続々開発中で、骨病変の薬剤とあわせて治療効果に期待したい」と結んだ。
  • 北海道がんセンター乳腺外科医長の高橋将人氏は「乳がん骨転移のマネージメント」について。「乳がんは98年から日本女性の罹(り)患数のトップ、現在年間5万人が発症、死亡率も増加傾向。再発乳癌の65-75%の割合で骨転移が起るが、骨シンチグラフィで検査・診断をしている施設は少ない。病的骨折、脊髄圧迫、高カルシウム血症など骨関連合併症への注意深い対応が求められる」
  • 乳がん同様に多い「前立腺がんの骨転移」について、北大病院泌尿器科助教の丸山覚氏が報告。「欧米では発生率が多いが、東アジアでは少ない。食生活と検診率の違いか。骨転移の初期には、内分泌療法が有効だが、ほぼ2-3年で治療(去勢)抵抗性が現れる。最終的に放射線治療や薬剤による疼痛管理が中心になる。破骨細胞の働きを抑える薬剤が臨床で使われるようになった」

 以上の3講演では、ゾレドロン酸とデノスマブとの作用機序の違いや有害事象、抗腫瘍効果について、海外の臨床研究や講師の所属施設の症例を元に、宮本氏も質疑に加わり意見・情報交換が行われた。

  • 北海道がんセンター放射線治療科医長の西山典明氏は「放射線治療」について。「外部照射で骨の痛みを80-90%除く効果があり、鎮痛剤を減らせる。痛みがないうちでも、脊髄圧迫や病的骨折の予防に照射する方がより効果的だ。内部照射法として、放射性医薬品である塩化ストロンチウム-89(89Sr)注射液が、多発性骨転移に除痛効果が高い。1回の注射で、カルシウム代謝が亢進した骨転移部位に選択的に集積し、正常骨髄での吸収線量は骨転移部位の約10分の1。原料の主要な生産元であるオランダの原子炉が稼動停止しているため、日本国内の製剤の供給がストップしている」

2.第1回北大Orthopaedic(整形外科学) Research Seminar

 「基礎研究を臨床に生かそう」と、北大整形外科学分野の岩崎倫政教授が提唱したもので、脊髄再生医療分野の第一人者を迎え、3月25日、北大医学部学友会館で初セミナーが開催された。

◇「脊髄再生医療の実現に向けて -現状と展望-」
講師:中村雅也 氏(慶應義塾大学 医学部整形外科教室 准教授)

 中村准教授は、「脊髄損傷を受けた患者さんを治す」ことをライフワークに、損傷した脊髄の再生に向けて治療法の開発に取り組んでいる。講演では、まず脊髄の形状や構造、脊髄損傷の病態と症状などについて画像をまじえて説明した。

《要旨》
 20世紀の神経解剖学の権威、ラモニ・ カハール教授の「生体哺乳類の中枢神経系(脳と脊髄)は、一度損傷を受けると再生しない」という学説は、長きにわたり信じられてきた。脊髄損傷には、まず物理的な外力によって傷害を受ける一次損傷がある。医学的には一次損傷をどうすることもできないが、多くの患者さんでは、脊髄の辺縁部に軸策や神経細胞が残存している。しかし引き続いて炎症性細胞によるサイトカイン(cytokine:免疫システムの細胞から産生される生理活性タンパク質)などの作用で、アポトーシス(細胞死)などの二次損傷が起こる。さらにマクロファージ(*)が動員され、最終的に損傷中心部に大きな空洞が出来て、そのまわりをグリア瘢痕(はんこん)が損傷の拡大の防波堤として取り囲む。結果的に、神経線維や軸策も伸びることができない環境になってしまう。

*マクロファージ:Macrophage、生体内で外傷や炎症の際、細菌や死んだ細胞など異物を「食作用」で取り込み、分解処理する。その異物情報の一部を免疫システムに知らせる。

 二次損傷を最小にくい止めるため、我々は「肝細胞増殖因子(Hepatcytc Growth Factor: HGF)」に注目した。HGFは日本で発見された栄養因子で、様々な組織の障害時の内在性修復因子として、重要な働きがあることが分かってきている。そこで、脊髄損傷に対する有効性と安全性を検証するために、実験モデルをげっし類、次に霊長類であるコモンマーモセットという小型のサルを使っている。

 そして中村准教授は、不完全損傷モデルのサルを使った実験で、HGFを投与した群に機能の回復が認められた成果や実験の検証、新薬を目指した苦労を語った。また、「組換えHGF蛋白質による脊髄損傷治療薬」という研究開発テーマが、科学技術振興機構の2011年度 A-STEP(研究成果最適展開支援事業)「本格研究開発ステージ(実用化挑戦タイプ、創薬開発)」に採択されたという。

 続いて、サルの損傷脊髄に「ヒト神経幹細胞」を移殖した2003年の実験で、移殖による神経再生の有効性が明らかになったことを、サルの自発運動量のモニタリングデータを示し、解説した。しかし中絶胎児の組織を使うことが倫理的に問題視され、臨床応用が難しくなり、京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)に注目した。京大との共同研究が生まれ、2010年の「マウスの損傷脊髄に対するiPS細胞由来神経幹細胞移植」によって運動機能が改善した研究についても紹介した。iPS細胞を用いた脊髄の再生医療では、患者さんの体細胞からiPS細胞を作成する時間とコストがハードルでもあり、山中教授を中心に「iPS細胞バンク」の構想が進んでいるという。

 さらに2011年、「ヒトiPS細胞から神経幹細胞を分化誘導して、免疫不全マウスの損傷した脊髄に入れて、治療効果が確認された」こと、脊髄損傷治療における今後の課題(移殖方法や安全性の確保など)や、細胞移植のプロトコールの注意点を説明した。折りしも、「2013年度再生医療実現拠点ネットワークプログラム」の「疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)」に、「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療(拠点長:岡野栄之慶應義塾大学医学部教授)が採択されたとのことで、今後の臨床研究では、「軸索神経阻害因子」という大きな問題の克服と早期の実用化が期待される。

 最後に、中村准教授は「脊髄再生は、研究が進むほど巨大なジグソーパズルに思えてくる。多くのパーツが必要で、様々な分野に取り組んでいる。サイエンスの進歩によって神経再生の可能性が出てきた。一歩ずつでも小さな成功を積み重ね、慢性期の寝たきりの人が立てる様になる日が必ず来ると思って研究をしている」と思いを述べた。

宮本健史 氏
(みやもと たけし)

1994年熊本大学医学部卒業、病院勤務を経て、01年熊本大学医学部大学院博士課程修了後、学術振興会特別研究員(PD)。2006年慶應義塾大学医学部講師、08年から現職。医学博士。05年整形災害外科学研究助成財団マルホ奨励賞、07年長寿科学振興財団理事長賞など。慶應義塾大学「咸臨丸プロジェクト」メンバー。

中村雅也 氏
(なかむら まさや)

1987年慶應義塾大学医学部卒業、同医学部整形外科助手、荻窪病院整形外科医長などを経て、98年米国ジョージタウン大学Department of Neuroscienceに脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の研究のため留学、京都大学再生医科学研究所非常勤講師など、2012年から現職。医学博士。08年Cervical spine research society Basic science research awardなど。

ページトップへ