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「21世紀に入ると、雪崩を打ったように、特に欧州諸国を中心として、将来のリーダーの育成に関心が集まる。ついには、国家を通り越して、欧州連合も、それまでの数十年の方針をまっこうから覆す政策に打ってでた。その波は、10年遅れて、去年、今年と韓国、中国だけでなく、インドにも到達した」
あとがきにこのような記述がある。「フーム、そんなものか」と読み過ごしてしまう人も多いかもしれない。「なぜか日本を除いて」という直後に続く記述がなければ…。
永野博編著となっているが、著者とした方が適当だろう。氏は、工学部と法学部を卒業して科学技術庁に入った珍しい元官僚で、国内だけでなく欧州の科学技術政策にも詳しい。現在、政策研究大学院大学教授で、経済協力開発機構(OECD)科学技術政策委員会グローバルサイエンスフォーラム議長も務める。
著者は、日本が世界に先駆けて始めたユニークな若手研究者支援プログラム「さきがけ21」の担当室長として、「情報と知」という意欲的な研究領域を立ち上げた当事者でもある。公表されたデータだけで論じた本ではない。
「さきがけ21」は、新技術事業団(現・独立行政法人科学技術振興機構)が1991年にスタートさせた。「自らのアイデアを持つ新進気鋭の若手研究者の独り立ちを支援する」ことを狙いとしている。著者はその5年後に科学技術庁から、科学技術振興事業団(新技術事業団と科学技術情報センターが統合して発足)に出向し、この支援プログラムを裏方として主導する。情報分野の重要性に着目して立ち上げた研究領域「情報と知」には、7年の期間、公募で合計44人が採用され、自ら提案した研究テーマに挑んだ。新たな研究分野を切り開く可能性のある若手研究者を集めるのが狙いだから、研究テーマはさまざま。大学の教授のような既に研究の方向が定まったベテラン研究者はいない。
44人のその後はどうか。研究支援を受けている期間あるいは終了後に学会で招待講演を行った研究者が23人、現在、大学の教授になっている研究者が21人、といった数字が分かりやすい答えだろう。
ところが、「さきがけ21」は、21世紀に入ると間もなく、21世紀を意味する21がとれて「さきがけ」と名前が変わっただけでなく、目的も変わる。研究領域が「文部科学省の定める戦略目標に基づいて決められる」プログラムになった結果、「一部の専門分野の研究者しか応募できなくなった」。
今や、冒頭の記述のような世界の潮流の中で立ち遅れてしまっている日本はどうすべきか。当初の「さきがけ」ようにテーマを狭い範囲に最初から限定せず、同程度の資金(年1,000万円強の研究費と給与)を与える支援の仕方に加えて、チームを率いる能力を若い時につけさせるリーダーの養成という目的を持つ支援制度が必要、というのが著者の提言である。
提言を裏付ける内外の豊富なデータと、「さきがけ」で確たる道を切り開いた研究者の証言から、日本の現状について危機感を強める読者も多いのではないだろうか。