レポート

科学のおすすめ本ー 知らないと怖い閉塞性動脈硬化症

2012.02.06

成田優美 / 推薦者/SciencePortal特派員

知らないと怖い閉塞性動脈硬化症
 ISBN: 978-4-569-79555-3
 定 価: 800円+税
 著 者: 池田宇一 氏、宮下裕介 氏
 発 行: PHP研究所
(PHPサイエンス・ワールド新書)
 頁: 174頁
 発売日: 2011年10月4日

「なぜもっと早く発見され、治療されなかったか」。著者の言葉は、臨床に携わる医師なら多少なりとも経験する思いだろう。とりわけタイトルの「閉塞性動脈硬化症」という病気では、長い病名もネックになり、一般的に認知度が低いことが一因らしい。

心筋梗塞や脳卒中に匹敵する血管病だが、初期は無症状で、進行すると歩行中に脚が痛み出し、さらに皮膚に潰瘍(かいよう)や壊疽(えそ)が起こる。欧米では寝たきりの主な原因になっており、日本では毎年3,000人近くが脚の切断を余儀なくされているそうだ。食事の欧米化(高脂肪化)もあり患者が急増、そして間欠性跛行(はこう)で整形外科に通っている人の4人に1人が、実はこの病気が原因との報告もあるという。

そこで本書から得られる専門医の正確な診断を受け、あるいは予防をはかるための知見と高度・先端的医療の情報の意義は大きい。しかも日本の優れた医療制度にもやはり課題はあるわけで、欧米の例とともに現場の状況を知ることは、国民、医療関係者、行政おしなべて有用ではないだろうか。

内容は病因・病理に始まり、危険因子、外来診療…と「閉塞性動脈硬化症」を幹に、糖尿病や腎不全が悪循環をもたらすこと、合併症についても系統立てて明らかにしている。生活習慣の改善とケア、運動療法、薬物療法の注意事項も丁寧に書かれている。さまざまな造影画像や模式図は新書版と思えないほど見やすく充実している。特筆したいのは「喫煙の大きなリスク」。何度も言及され、日本人の若い女性は増加傾向、中高生の指導も重要との指摘は見過ごせない。

著者の池田宇一氏は2001年自治医科大学病院に「血管専門外来」を新設した。現在は信州大学医学部附属病院循環器内科と2011年に開設した閉塞性動脈硬化症先端治療講座の教授である。もう1人の著者、宮下裕介氏は同内科、同講座の講師を務める。日本における臨床血管内科学の確立を目指しており、外来診療や検査、治療の流れが患者目線でナビゲートされているかのように分かりやすい。

エキシマレーザー血管形成装置やLDLアフェレーシス(吸着)療法、高濃度人工炭酸泉製造装置ほか、急速に進歩を遂げている医療技術は興味深く期待が高まる。池田教授は京都府立医科大学の松原弘明教授、名古屋大学の室原豊明教授と共に血管新生療法を研究し、2002年医学雑誌「ランセット」に発表した。世界初と高い評価を受け、国内で500人以上行われ、海外でも広まっているという。

欧米には以前から「足病医(そくびょうい)」(Podiatrist)という職種があり、日本では2009年「日本下肢救済・足病学会」が結成され、集学的な取り組みがなされていることも知った。

「閉塞性動脈硬化症」は脚の「視診、触診、聴診」によって確率の高い診断ができるが、日本では得意な医師は少ない。患者さんの負担が少ない超音波検査は、精度が術者の技術に依存することが難点で、日本でも血管の専門技師を育成する体制が必要。また血行障害を治す「血管内治療」手術や「外科的バイパス術」は十分な経験が必要であり、できる医師は非常に限られているそうだ。

本書の執筆中に東日本大震災が発生し、宮城県石巻市の患者さんが信州大医学部付属病院に入院・治療したことが記されている。寒い避難所生活で足の壊疽が悪化したとのこと。北国で最も冷え込むこの時期、病を抱える方々の不安と辛さはひとしおでは、と胸に迫る。

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