統計数理研究所の継続調査
「日本人の国民性調査」は,統計数理研究所が戦後しばらく経った1953年(昭和28年)から5年ごとに実施している継続調査(反復横断調査)です。60年目にあたる一昨年の2013年(平成25年)秋に第13次の全国調査を実施しました。結果発表を昨年の10月30日に文部科学省記者会において行い、翌日の全国紙・地方紙朝刊の紙面を飾りました。発表内容および集計結果は、国民性調査のウェブページで見ることができます。
"国民性"と聞くと、昔からずっと変わらない日本人の大多数が持つ意見や意識を想起するかもしれません。しかし、第1次調査から60年以上が経過し、この間戦後日本社会の大きな変化があり、「国民性調査」の結果の中に日本人大多数の支持が変わらない項目・回答を見つけることは難しくなっています。現在の「国民性調査」は、開始当初の"国民性"という関心を拡げて"日本人のものの見方や考え方"がどのように変化してきたかを捉える継続調査となっています。
ここで、第13次(2013年)調査の実施概要について簡単にまとめておきます。1953年の第1次調査からほぼ変わらない調査方法をとっています。母集団は全国の成人男女(近年は住民基本台帳を枠として利用)、サンプリング法は層別多段抽出法、計画標本サイズは6,400(調査地点400で1地点当たり16前後)、個別訪問面接法、回収率50%。
「国民性調査」全般については第8次調査までの結果をまとめた統計数理研究所国民性調査委員会編(1992)を一つだけあげておきます。その後の調査結果については、統計数理研究所の和文誌「統計数理」の国民性調査特集号(43巻1号、1995; 48巻1号、2000; 53巻1号、2005; 58巻1号、2010; 63巻2号、2016(近刊))の諸論文および特集末の「日本人の国民性調査関連文献と資料」を参考にしてください。第13次全国調査の結果を一方の端点とした、これまでの調査結果の変化を概観したものとして中村・前田(2015)もあります。
調査結果の例-他人の子供を養子にするか、男女の生まれかわり
長期にわたる継続調査項目で変化の大きいものの典型は、「他人の子供を養子にするか」という質問の「(家を)つがせた方がよい」という回答です(図1)。第1次(1953年)調査では74%だったものが次第に支持を減らし、第9次(1993年)で22%にまで下がり、以降現在まで変化はほぼ底に達して推移しています。一方、変化のほとんどない項目の代表は、男性の「男に生まれてきたい」で、この60年間変わらずほぼ9割がこのように答えてきています。
一方女性の「女に生まれてきたい」は、第2次(1953年)では27%だったものが、1960年代後半には早くも「男に生まれてきたい」を逆転し、第11次(2003年)には71%にまで増加しました(図2)。女性が大きく変化したのに対し、男性はほとんど変わらない、男性と女性で変化の傾向が大きく異なる例でもあります。
コウホート分析-年齢・時代・世代効果の分離
以上に例示したようなものの見方や考え方の長期的変化を見るとき、年齢・時代・世代効果を分離するコウホート分析が有効です(コウホート〈cohort〉とは同時出生集団=世代のことです)。加齢に伴う変化を捉える年齢効果、年齢や世代を問わない変化を捉える時代効果、世代交代による変化を捉える世代効果、これらの効果のあり方によって社会の変化の様相が次のように異なります。年齢効果が大きいと個人は加齢とともに変化しますが,社会全体は比較的安定的です。世代効果が大きいと個人は変化しませんが、社会全体は世代交代によって変化していきます。時代効果が大きいとその時々に個人が変化し、その総体として社会全体も変化します。
図3に、図1の「他人の子供を養子にするか」の「つがせた方がよい」の回答を男女別にコウホート分析した結果を示します(青が男性,赤が女性)。左パネル(Period)が時代効果、中央パネル(Age)が年齢効果、右パネル(Cohort)が世代効果で、プロットが上にあるほど当該回答の割合が高くなることを示しています。男女とも時代効果と世代効果が大きく、年齢効果は女性にだけ見られます。図1で見た長期低下傾向と近年の低止まりは、年齢・世代を問わない社会全体としての変化と世代交代による変化の合わさったものであることがわかりました。
コウホート分析を行ってはじめて見えてきたことは、男性の最近の時代効果の上昇傾向、女性の年齢効果のあり方と新しい世代の上昇傾向です。少子高齢化、晩婚化、生涯未婚率の上昇などが関連すると考えられます。今後の推移を見守りたいところです。
図4に、図2の男性の「男に生まれてきたい」と女性の「女に生まれてきたい」の回答をコウホート分析した結果を示します。図2で見た女性の「女に」の増加は主として年齢・世代を問わない女性全体としての変化とみることができます。世代効果もありますが戦後生まれはあまり違いがないようです。図2では男性の「男に」はほとんど変化が見られませんでした。男性には、時代・年齢効果が見られないものの、世代効果で、特に1960年代生まれ以降の新しい世代で「男に」と答える傾向が低くなっているようです。男性も新しい世代は変わってきているのかもしれません。
調査のこれから
60年以上にわたる継続調査である「日本人の国民性調査」の結果の一端とそのデータをコウホート分析した結果について紹介しました。このような分析が可能となるためには、ウイスキーの熟成を待つように30年40年といった一定期間以上のデータの蓄積が必要です。質問文を変えず、調査方法をできる限り維持すること。私が統計数理研究所に入所したのは第6次(1978年)調査の直後でしたが、それまでの諸先輩方の調査継続への強い意志、その後今日までの同僚や後輩も含む協働作業の賜です。
それにしても、継続調査にとって回収率の低下は深刻です。第5次(1973年)調査までは75%以上の回収率を維持していましたが、1980年代に入って漸減を続け最新の第13次調査では50%となってしまいました。調査拒否や一時不在の増加によります。このような調査に対する反応(協力度)の変化も日本人の変化の一端といえます。
世は"ビッグデータ時代"、時々刻々得られる大量のデータを自在に組み合わせて処理し、新しい発見や問題解決ができる時代になってきました。しかし、調査結果で捉える日本人の自画像とその変化はひずみを増し、ますます見えにくくなっているといえます。調査環境について明るい展望を持てない現状ですが、少しでも回収率向上につながる試みを続け、次世代にバトンタッチできればと思います。
参考文献
中村 隆、前田忠彦(2015)。 日本人の国民性調査第13次全国調査、 よろん(日本世論調査協会報)、 115, 62-71。
統計数理研究所国民性調査委員会編 (1992)。 第5日本人の国民性 戦後昭和期総集. 出光書店.
中村隆(なかむら たかし)氏プロフィール
1978年東京工業大学大学院修士課程修了。筑波大学大学院を経て、79年文部省統計数理研究所に研究員として入所。91年工学博士(東京工業大学)。大学共同利用機関への改組により助手・助教授を経て98年教授。2007年4月から15年3月までデータ科学研究系研究主幹(兼務)。15年4月からデータ科学研究系/調査科学研究センター教授。専門分野は統計数理、社会調査、標本調査。主な共著書:「日本人研究7/日本の女性の生き方」(出光書店、1983年)、「現代日本の階層構造第1巻社会階層の構造と過程」(東京大学出版会、90年)。「鯨類資源の研究と管理」(恒星社厚生閣、91年)、「第5日本人の国民性」(出光書店、92年)、「金融リテール革命-サービス・マーケティング・アプローチ-」(千倉書房、2002年)。