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バイオマス利活用の持続的展開-「新エネルギー危機」の今こそ(新田洋司 氏 / 茨城大学 農学部 教授)

2012.05.28

新田洋司 氏 / 茨城大学 農学部 教授

茨城大学 農学部 教授 新田洋司 氏
新田洋司 氏

 1973年の第1次オイルショックでは、石油や物価の高騰のほか、わが国ではトイレットペーパーの買い占め騒動に象徴される「狂乱物価」の混乱が起こった。1979年の第2次オイルショックでは、イラン原油の生産中断により欧米では大混乱を生じた。その後、21世紀に入って2008年の原油価格の高騰は記憶に新しい。新興国を中心とした原油需要量の増大や生産量の伸び悩み、将来の値上がりを期待した投機資金の流入などにより、同年7月には原油価格は1バレル(約159リットル)あたり147.27ドルまで上昇した。

 このようなエネルギー需給の危機が訪れるたびに、バイオマス利用の機運が高まった。しかしその後、原油市場や価格が安定化するとそのような雰囲気は自然消滅した。その繰り返しである。

もう一度、なぜ今バイオマスか?

 バイオマス(biomass)とは、「生物の」(bio-)と物質量(mass)とが連結された用語である。もともと日本語では「生物量」、「生物体量」などと訳されていたが、最近では「生物由来のエネルギー資源」のようにとらえられることも多い。バイオマスには、草本系(イネやムギのわら、スイッチグラスなど)、木質系(建築廃材、林地残材など)、資源作物(スィートソルガムなど)、家畜排せつ物、下水汚泥、食品廃棄物などが挙げられる。これらを材料にして、燃料(エタノール、ブタノール、ディーゼル、ペレット、バイオガスなど)や熱、電気などのエネルギーが生産される。

 バイオマスの最大の特徴は、大気中の二酸化炭素量を増やさない「カーボンニュートラル」であることだ。燃料などの燃焼時に二酸化炭素が排出されるが、植物体はこれと同量の二酸化炭素を燃料の原料(糖、セルロースなど)を生産する際に光合成によって大気中から吸収する。また、バイオマスは枯渇する資源ではなく何度も生産可能であること、賦存資源の所在地など地理的条件にあまり制約されず全国で地域展開が可能であること、燃料の生産ばかりではなく他への利用用途が広いこと、などの利点が挙げられる。一方、問題点として、対象バイオマスが分散して存在するために収集・運搬にコストがかかることや、生産方法や取り扱い方によっては食料生産や食料経済との競合が懸念されることなどがある。

わが国におけるバイオマス施策と戦略

 近年のわが国におけるバイオマス利用の施策と戦略は、バイオマス・ニッポン総合戦略(2002年閣議決定)に始まった。2010年度に廃棄物系バイオマスを80%以上、未利用バイオマスを25%以上活用することを目標とし、7府省(内閣府、総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省)が連携して持続的な社会実現が目指された。その後、エネルギー基本計画(2003年)では、2020年までに再生可能エネルギー比率を10%に、またバイオ燃料のガソリン量比率を3%以上に向上させることがうたわれた。

 そして2005年に京都議定書が発効され、わが国は2008-2012年の間に温室効果ガス排出量を1990年比で6%削減が義務づけられた。これを達成するために京都議定書目標達成計画(2005年)では、輸送用燃料を含むバイオ燃料の普及(2010年度までに50万キロリットル)や、バイオマスタウンの構築・拡大が促進されている。

 その後も、石油精製業者に一定量のバイオ燃料の導入を義務づける「エネルギー供給構造高度化法に基づく非化石エネルギー源の利用に関する石油精製業者の判断の基準」(原油換算で2011年度21万キロリットルを経て、2017年度50万キロリットル)が2010年に示されるなど諸施策が展開されたが、バイオマス活用の積極的な展開を定着させる決定打がないまま今日に至っている。

「新エネルギー危機」からバイオマス利活用の持続的な展開へ

 東日本大震災とそれに起因する福島原発事故(2011年3月)、また各地の原発運転停止(2012年5月28日現在、運転中の原発はゼロ)により、本格的な夏を迎えようとしている今、わが国は電力供給が極めて逼迫(ひっぱく)した状況にある。このような「新エネルギー危機」に直面する今だからこそ、バイオマスの持続的な利活用システムの構築を本気で考える必要がある。持続可能な社会の構築・農業生産とともに、新しいエネルギー創出システムの形成が期待される。持続的なエネルギー創出システムに「地域における小規模・分散型」が不可欠であることは、本欄でも何度か述べられてきた。20世紀に展開された原油の生産・流通・利用システムや原発のような「大規模・集中型」では、リスクや弊害が大きいこともよく学んだ。

 本稿では、休んでいる農耕地を有効活用したエネルギー創出システムの例を紹介したい。茨城大学ではそのモデルを重点研究「茨城大学バイオ燃料社会プロジェクト」で展開している。イメージは以下の通りである。

 農業従事者の高齢化などによって作付けされなくなった田畑「耕作放棄地」が全国で29万ヘクタールも広がっている。東京都の面積の1.4倍ほどにも当たる。そのような土地にスィートソルガム(学名Sorghum bicolor Moench)を栽培する。この作物はアフリカ原産であるが、生育にあまり高温を必要とせず、東北地方や北海道でも生育が可能だ。わが国では1877年に導入されたが、その仲間のソルガム類が家畜のえさや土壌を肥沃(ひよく)にする作物として、全国の農耕地でごく一般に栽培されてきた。最大の特徴は茎に多量の糖液を短期間に蓄積することである。5〜6月に播種して4-5カ月後には草丈が4-6メートルにもなり、多いもので1本の茎に100グラム近い糖を蓄積する。

 茎をつぶして採った糖液に酵母を加えると発酵が起こり、エタノールが生成される。原理は極めて単純だ。生成されたエタノールをガソリンに3%混ぜたバイオ燃料がE3である(10%であればE10)。バイオ燃料は上記のカーボンニュートラルであることから、理論上、二酸化炭素排出量を3%削減することができる。スィートソルガムは土壌や水の中にある養分や金属類も吸収するため、地域生態系の改善にもつながる。スィートソルガムからつくられたバイオ燃料は、その地域で流通・利用される。まさに「エネルギーの地産地消」である。さらに、地域のステークホルダー(自治体、企業、大学など)と連携して進めることにより、地域が活性化し、産業構造へのインパクトも与える可能性がある。

 2010年にはバイオマス活用推進基本計画が策定された。これでは、2020年に2,600万炭素トンのバイオマスの活用と、約5,000億円規模の新産業創出が目指されている。こんどこそバイオマスを含む再生可能エネルギーの利活用を、論議だけではなく実装に向けて動き出すべきである。国の政策策定に加えて、国民レベル、地域の市民レベル、さらには報道機関を含めた議論が必要であり、わが国の「やる気」がいま問われている。

茨城大学 農学部 教授 新田洋司 氏
新田洋司 氏
(にった ようじ)

新田洋司(にった ようじ)氏のプロフィール
福島県郡山市生まれ。福島県立安積高校卒、87年東北大学農学部卒、89年東北大学大学院農学研究科博士課程前期修了。90年高知大学助手農学部、98年茨城大学農学部助教授、2009年から現職。06年から地球変動適応科学研究機関(ICAS)教員を兼務、08年からバイオ燃料社会プロジェクト代表。00年イネの冠根原基の形成に関する形態学的研究により日本作物学会研究奨励賞を受賞。博士(農学)。

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