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乾燥地に次世代型バイオ燃料植物「ヤトロファ」を(明石欣也 氏 / 奈良先端科学技術大学院大学 助教)

2009.01.21

明石欣也 氏 / 奈良先端科学技術大学院大学 助教

奈良先端科学技術大学院大学 教授 横田明穂 氏
横田明穂 氏
奈良先端科学技術大学院大学 助教 明石欣也 氏
明石欣也 氏

 気候変動、環境破壊およびエネルギー危機が世界規模で深刻化している。この危機に対処するために、石油などの化石燃料に依存する従来の産業構造から脱却し、循環型かつ持続的な自然エネルギーへの移行を急ぐことが求められている。そのエネルギー源として注目されている植物バイオマスについては、ブラジルにおけるサトウキビからのバイオエタノールや、欧州連合(EU)におけるナタネからのバイオディーゼル、米国におけるトウモロコシからのバイオエタノールなど、世界各国でバイオ燃料の開発と普及が急速に進展している*1。しかしながら、現在普及している植物バイオ燃料のほとんどは食糧作物に由来しており、耕作地をめぐって食糧生産と著しい競合が発生し、食糧価格の高騰や食糧供給危機の一因となっていることは周知の通りである。

 植物はその光合成プロセスの中で、太陽光エネルギーを利用して大気中のCO2から炭水化物や油脂を作り出す。植物バイオマスの生産性は、効率のよい光合成や、干ばつなど環境ストレスへの適応力によって決まる。植物の生長と光合成には大量の水分が必要であり、例えば南北回帰線上の乾燥地帯は、豊富な太陽エネルギーに恵まれているのにも関わらず、植物バイオマス生産量が極端に低い。このような荒廃地における栽培が可能なバイオ燃料植物があれば、循環型エネルギーの供給だけでなく、荒廃地緑化や、食糧生産との競合の回避など、数多くの利点がある。

 ヤトロファ(Jatropha curcus:ナンヨウアブラギリ)は、中央アメリカを原産し、樹高2-5メートル程度のトウダイグサ科の落葉低木である。種子の油脂含量が35%と高く、土地面積当たりの油脂生産量が1ヘクタール当たり1.3トンと高く、アブラナやヒマワリなどの油脂作物を上回る*2。ヤトロファ種子からのバイオ・エネルギー生産は、ブラジルのサトウキビや北米のトウモロコシからのエタノール製造プロセスに比べ、環境CO2を低減させる効率が高いと試算される。

 特筆すべき点は、ヤトロファが乾燥や高温に強く、手厚い灌漑(かんがい)や施肥を必要としないことである。このためヤトロファは、他の作物では栽培不適とされる荒廃地や半乾燥地でも栽培が可能であり、食糧作物と耕作地をめぐる競合が起きにくい。これら従来のバイオ燃料植物にはない優位性から、ヤトロファは次世代型バイオ燃料の本命として世界的に注目され、南アジア・中国内陸部・アフリカなどを中心にヤトロファ栽培面積が増大している*2。しかしながらヤトロファは育種の歴史がまだ浅く、生産性をより高めた精鋭樹の選抜と育種が必要である。

 奈良先端科学技術大学院大学と大学発ベンチャーの植物ハイテック研究所を中心とするグループは、科学研究費や振興調整費、日産科学財団の支援を受け、光合成反応の強化や、強光乾燥ストレスに対する耐性向上など、植物の生産性を強化する有用遺伝子群を多数取得してきた。これらの研究成果を受け、奈良先端大は、植物ハイテック研究所および琉球大学とともに、「高生産性エネルギー環境植物の分子育種」プロジェクトを、科学技術振興調整費・先端技術創出のための国際共同研究推進プログラム課題として開始した。

 さらに奈良先端大では、「植物環境応答機能を利用した樹木炭酸ガス吸収能拡大」プロジェクトを、日産科学振興財団の研究支援を得て始動している。これらのプロジェクトは連携して、有用遺伝子群をヤトロファの分子育種に利用し、この植物のバイオマス生産性や環境適応能力、油脂生産性を向上させた精鋭ヤトロファ品種の確立と、半乾燥地や荒廃地での栽培実用化を目指す。これらの総合プロジェクトには、海外研究機関としてインドネシアのボゴール農業大学およびボツワナ農務省農業研究部が参加し、将来の実用化を視野に入れた現地実証実験の共同準備が進行中である。これら一連の活動を通じて、既存品種に勝るヤトロファ精鋭樹を創製し、地球上の乾燥地帯や荒廃地を緑化しつつ地球規模でのエネルギー問題に対応するのが狙いである。

 世界の食糧需要は今後50年間で倍増すると予測されており、エネルギー需要の増大はそれをさらに上回ると試算されている*3。エネルギー危機および食糧危機の連鎖が深刻さを増すなかで、食糧ではない油脂植物の機能向上を目指すこれらのプロジェクトは、地球規模の問題解決に向け現実的で画期的な処方箋(せん)を提供するであろう。また、国際的にも強力な日本の植物バイオ研究の成果を世界に示す研究にもなると期待される。

参考文献
*1 竹田(2008) 化学と生物, 46: 286-290.
*2 Fairless (2007) Nature, 449: 652-655.
*3 Fedoroff (1999) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96: 5903-5907.

奈良先端科学技術大学院大学 助教 明石欣也 氏
明石欣也 氏
(あかし きんや)

明石欣也(あかし きんや) 氏のプロフィール
1996年京都大学農学部農学研究科博士課程修了、農学博士取得(農芸化学専攻)、96年フランス国立農業研究所(INRA)ベルサイユ研究所博士研究員、97年日本学術振興会海外特別研究員、フランス国立農業研究所(INRA)ベルサイユ研究所勤務、99年奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教務職員、2001年同助手、07年から現職。

奈良先端科学技術大学院大学 教授 横田明穂 氏
横田明穂 氏
(よこた あきほ)

横田明穂(よこた あきほ) 氏のプロフィール
1978年農学博士取得(大阪府立大学)、大阪府立大学農学部助手、1990年同助教授、91年財団法人地球環境産業技術研究機構主席研究員、94年から現職。

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