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機械で臓器を作る - 究極の再生医療技術「バイオファブリケーション」(中村真人 氏 / 富山大学大学院 理工学研究部 教授)

2011.01.17

中村真人 氏 / 富山大学大学院 理工学研究部 教授

富山大学大学院 理工学研究部 教授 中村真人 氏
中村真人 氏

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)の開発という山中伸弥・京都大学教授の世界を揺るがす画期的な研究成果をきっかけに、「再生医療」に対する社会の関心は急に高まってきた。iPS細胞とは、細胞を初期化する革新技術によって作られた細胞で、体中のあらゆる細胞に分化する能力を持つ細胞だ。近い将来、免疫拒絶のない望みの細胞が自在に作れるようになることが期待されている。iPS細胞がニュースになり「再生医療」という新しい治療技術の存在が一般の人たちにも浸透し始めたことは、研究者の立場からもとても喜ばしいことだと感じている。

 しかし、その一方で若干気になることもある。iPS細胞や幹細胞などの学術的研究成果を伝える記事に比べ、これらの成果を実際に「再生医療」に活用するための組織工学技術の重要性やその情報を伝える記事が少ないのではないか、ということだ。

 一般に、基礎的・学術的研究成果が実際に臨床医学につながるまでには、多くの乗り越えるべき課題があり、さまざまな技術の確立が必要である。iPS細胞の研究成果に最も期待されていることは、免疫拒絶のない細胞で臓器を作り出して病気に苦しむ人たちの臨床治療へとつなげることではないだろうか。この移植に代わる「再生医療」の実現が目標とすれば、技術の壁は段違いに高くなる。いかにして細胞から臓器を作るのか? どんな技術が必要なのか? 実際には、このような組織工学技術にも大きなブレークスルーがなければ、世界的なiPS細胞の発明から期待される「再生医療」も画に描いた餅になる恐れがある。

 私たちはこれまで『臓器を作る』ことを目標として、組織工学技術の研究を進めてきた。私たちが目指す研究は今、組織工学・再生医療の中でも新しい研究領域『バイオファブリケーション:Biofabrication』として注目されてきている。私たちが目指す「バイオファブリケーション」の考え方と研究の現状を紹介したい。

バイオファブリケーションとは?

 「バイオファブリケーション」とは、「バイオ」と「ファブリケーション」を合わせた言葉である。「バイオ」は生物学・生命・生体、「ファブリケーション」は造形すること・作製することを表す。つまり、細胞やタンパク質などの生物学的材料を用いて、何らかの生物学的プロダクトを作製することを目指した研究と言える。生物学的プロダクトとは細胞集団、細胞構築物、さらには組織や臓器システムが目標となる。薬効・毒性検査などの薬物スクリーニング、病気のメカニズム探求用の組織モデルとしての利用、さらに将来的には治療用の細胞組織や臓器デバイス、すなわち再生医療やバイオ人工臓器としての応用までを視野に入れた壮大な広がりを持つ研究である。

 そしてその高度なプロダクトを作るためには、高度なファブリケーション技術が必要になる。現在、技師や研究者が手作業で行っている細胞の操作や細胞培養の過程を、デジタル化、ロボット化、自動化など高度な科学技術を導入することで、従来の概念と技術の限界を破り、高度なバイオプロダクトの作製が目指せる。このような新しい技術開発を目指したチャレンジングな取り組みがバイオファブリケーションである。

細胞から臓器を作る新技術の必要性

 細胞から生体組織や臓器を作る研究、ないし医療は「組織工学・再生医療」と呼ばれる。2007年、日本でも培養皮膚がやけどの治療に使われるようになり、培養角膜、培養軟骨が次の臨床化にスタンバイしている。今後ますます組織工学・再生医療の臨床化は本格化すると見込まれている。しかしながら現在、細胞培養によって確実に作れる組織は、いまだ薄い組織か血管のない小さな組織に限られる。しかもほとんど構造のない一種類の細胞での単純な組織である。これに対して心臓、肝臓、腎臓、肺などの重要臓器の組織は、ミクロの特殊な組織構造、多種細胞での構成、立体構造、酸素や栄養を供給する血液灌(かん)流機構を持つという特徴がある。しかも全身を維持するのに十分な生理機能を発揮するためには、何十億、何百億個もの細胞がそこで働いている。このような特徴を持つ組織や臓器を細胞から人工的に作ることは、従来の細胞培養技術を継承するだけではとてもできようがない。革新的技術が必要である。

印刷技術とバイオファブリケーション

 印刷技術、プリンター技術はインクの塗布場所を規定して印刷用紙に塗布または付着させて、写真、絵、文字などの画像を描出する技術である。ところがこの印刷・プリンター技術こそ、細胞から組織や臓器を作る技術として大きな可能性を持つことに気がついた。その利点を表1にまとめる。

 印刷技術のさまざまな特徴を考えると、重要臓器の組織工学において従来技術の限界を破り、大きな技術革新をもたらす可能性がうかがえる。とはいうものの細胞をプリントするプリンターはどこにもない。待っていても現れるはずもない。財団法人神奈川科学技術アカデミーのプロジェクトに応募したところ幸運にも採択され、「バイオプリンティング」プロジェクトという3年プロジェクトを担当するチャンスに恵まれた[1]。工学を専門とする研究員、細胞生物学を専門とする研究員の医工連携チームを結成して、自ら細胞をプリントするための装置開発に取り組んだ。開発した装置で細胞とゲルで3次元構造を作れるようになった。その活動成果は論文などをご覧いただければ幸いである[2]

世界の動向

 今、「バイオプリンティング・バイオファブリケーション」の研究は、世界でも組織工学・再生医療のトピックスとして注目されている。2009年、国際ジャーナル「Biofabrication」がIOP出版から発刊され、2010年には世界から研究者たちが集まってBiofabricationの国際学会が立ち上がった[3]。細胞から組織や臓器を作るための工学技術の新しい研究に世界の研究者が拍車をかけている。

 「Biofabrication」に関連するキーワードはCell printing、Bio-printing、Organ printing、Bio-assembly、Bio-rapid prototyping、Tissue・Organ fabrication、Direct tissue engineering、さらにコンピュータや機械を使っての造形であるのでComputer-aided tissue engineering、Bio-CAD・CAM・CAE、Bio-Robotics、Digital biofabrication、さらには規模を拡大してTissue・Organ factoryやIn factory tissue engineeringなどの言葉があげられよう。「機械で臓器が作れるか?」。これは富山大学で立ち上げた私の研究室のキャッチフレーズである。バイオファブリケーションの本質を表したものである。

 印刷技術では、インクジェットやディスペンサー、レーザー転写技術、転写印刷技術の応用、3次元造形技術では光造形、インクジェットやレーザーによる3次元プリンティング、シート積層法、樹脂押し出し法(Solid free forming)、さらにはマイクロモールド法、マニピュレーション・ロボット技術の応用などの斬新な技術の片りんが見受けられる。

バイオファブリケーションのすすめ

 これからのバイオファブリケーション研究の進歩には、高い工学技術、生命科学の広い知見、それらの融合と協調がモノをいう時代となる。細胞、幹細胞の細胞工学技術で適した細胞を大量に作り出す技術はもちろん必要だが、私たちの研究では細胞を立体的に並べる技術とともに、並べた段階からいかにして本物の組織に育成していくか、育成過程の研究が重要になっている。細胞周囲環境を制する生体材料技術、細胞制御にかかわる増殖因子の放出制御技術など、特にバイオファブリケーションを対象とした新技術の開発が急務だ。加えて、観測・評価技術、培養・制御技術、細胞組織保存技術など、バイオファブリケーションを支える周辺技術もまだほとんどないに等しい。

 前述のごとく、臓器を作るという目標では、そのための技術の壁はきわめて高い。実現までは多くの壁があり、到達には長い時間がかかるということだ。私はそれ故に、早く研究に着手せねばならないと考える。早く着手すればするほど、早く、多くの壁が解決でき、間違いなく臨床応用は早くなる。加えて国際的な競争に勝ち抜くには、先んずれば人を制す、でスピードが勝負でもあることも追記したい。

  • [1](財)神奈川科学技術アカデミー イノベーションセンター 流動研究プロジェクト 中村「バイオプリンティング」プロジェクト
  • [2] 富山大学 中村研究室HP
  • [3] Biofabrication 2011 in Toyama

表1. 印刷技術、プリンター技術の利点

  • ミクロの解像度:顕微鏡でなければ見えない臓器の構造、生体組織の細胞構成であっても、個々の細胞の位置を十分制御できるほどの解像度での印刷能力がある。
  • カラー印刷:生体組織は多種の細胞、多種の構成要素で構成されている。カラー印刷なら多種細胞を別々に制御するのにも有効。
  • 大型画像印刷:ミクロの解像度を持ちながら、大きなものが印刷できる。細胞・組織・臓器という階層的構造を一気に作れる可能性がある。
  • 高速印刷:生体組織を作る場合、1立方センチメートルの組織を作るためには1億個の細胞を並べねばならない。現に、インクジェットプリンターではA4の用紙1枚印刷するのに、1億個のインク滴を打ち出しており、現実性がある。
  • デジタル印刷:コンピュータからのデジタル信号をそのまま印刷できる。コンピュータでの臓器・組織の設計、そのデータに基づいた造形が可能になり、コンピュータの計算能力とデジタル技術を存分に活用できる。
  • 再現性:同じ画像が再現性よく印刷が可能。細胞組織や臓器が再現性よく作れることが見込まれる。
富山大学大学院 理工学研究部 教授 中村真人 氏
中村真人 氏
(なかむら まこと)

中村真人(なかむら まこと) 氏のプロフィール
石川県立金沢泉丘高校卒。1986年神戸大学医学部医学科卒、金沢大学医学部小児科学教室入局、95年黒部市民病院小児科医長、97年国立循環器病センター研究所人工臓器部研究員、99年東京医科歯科大学生体材料工学研究所生体システム分野助教授、2007年同准教授、08年から現職。05-08年神奈川科学技術アカデミーの中村「バイオプリンティング」プロジェクト・プロジェクトリーダーも。研究分野は再生医工学、生体医工学、人工臓器、Bioprinting、Biofabrication。「Biofabrication」国際学会の立ち上げのBoardメンバー。

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