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国民、患者のための厚生科学研究を(伊藤たてお 氏 / 日本難病・疾病団体協議会 代表、厚生科学審議会難病 対策委員)

2010.12.06

伊藤たてお 氏 / 日本難病・疾病団体協議会 代表、厚生科学審議会難病 対策委員

日本難病・疾病団体協議会 代表、厚生科学審議会難病 対策委員 伊藤たてお 氏
伊藤たてお 氏

 10月23日、埼玉県の和光市にある国立保健医療科学院交流対応大会議室で厚生労働省主催の「厚生科学研究成果発表シンポジウム」が開かれた。そこに招かれて発言させていただいた内容を中心に、あらためて「科学研究」と国民、市民のかかわりについて考えてみたい。

 厚生労働省の研究助成制度である厚生労働科学研究費による研究成果を分かりやすく一般に知らせ、研究成果をより広く社会に還元していくという狙いで開くと聞いていた。インターネットを活用しシンポジウムの模様はライブ配信する、という新しい試みにも大いに期待し会場に赴いた。

 まず戸惑ったのは、公開されているとはいいながら、参加者はほとんどが関係者であったことである。せっかく患者団体として初めての機会をいただきながら、閉鎖的な社会を感じ残念だった。まるで学会の研究発表のようで、会場の設定と発表のあり方については今後大いに工夫が必要と思う。

 私がパネルディスカッション「目的志向型研究としての厚生科学研究と成果発表のあり方」でパネリストとして発言したのは、まず第1に、せっかくの研究なのだから成果・研究の「社会的アピールが必要」ということである。研究者としては「成果の発表」でなければならないのだろうが、国民・市民としては研究の途中でもよいのだ。今このような研究がされている、ということが関心を呼ぶし、難病の患者たちには励ましとなる。「発表や成果はホームページに掲載されているからよい」では不十分だ。「アカデミックな発表」でもなく、もっと分かりやすく、何を目指して、どこでどのような研究が進められているのか、ということがとりわけ難病といわれる分野の患者や関係者には大切なことと思う。

 ポスター発表でも、関心を持って拝見したものがあったが、内容を盛り込みすぎてよくわからないものが多かった。要点をまとめ、発信力を高めて、見せる、読ませる工夫が必要と思う。研究にあたったものとしては、あれもこれも大切なのだから、と狭いスペースにたくさん盛り込むのだろう。それでは自分のため、あるいはその分野に関心のある研究者たちのための発表でしかない。そこで提案したのはプロの協力を求めてはどうかということであった。いわゆる学会屋とか関係企業の協力のことではなく、宣伝・広告やデザインなどの分野の専門家の参加のことである。それには予算が研究費の中にも必要と思うのだが、3,000万円を超える研究には成果の広報に関する費用が含まれているとのことであった。また研究には報告書が義務付けられているということだが、その話とは違う。発想の転換が必要と思う。

 第2点として「研究を生かすためには、社会性を持った提言」も必要ではないか、ということである。それを進めるためには、受け止める行政側の受信力も高めなければ、ただの研究で終わってしまい、後に国に膨大な損失を与えることになる。と、いくつかの事例も紹介した。

 現在北海道新聞の連載記事「私の中の歴史 地域の減災を願って—火山学者の岡田弘さん」で、岡田先生の有珠山噴火での活躍の話が掲載されている。先生は11月4日の6回目で次のように話していた。「災害軽減のためには科学者の総合的な判断と、地元行政や住民による警戒が緊密にかみ合うことが必須です。しかし、当時研究者は…『そこからは先は自分たちの出番ではない』と考えていました。また一方では『科学者は行政の領域に踏み込むな』とある地元首長のコメントが…」

 続いて翌5日の7回目では、85年の南米コロンビアでの火山災害に関して「『災害マップをつくれば、後は行政や住民の責任だ』と思いこんでいました。しかし、伝えたはずなのに、それでも人々は死んでしまったのです。『伝わっていなければ、その責任は知っている側の研究者のまだあるはずだ』と科学者の社会的責任がはっきりと見通せた事件でした」と述べている。この記事を読んで、大変感動した。

 厚生科学研究にも「研究者」と「行政」そして「国民=患者団体」の「緊密な」連携が必要なのだと確信した。

 そして最後に第3点として「評価」にもっと国民=患者の声を直接に反映させることも検討すべきではないか、と提案した。

 その後の話だが、菅首相が議長を務める「総合科学技術会議」の科学技術政策担当大臣・有識者議員による「平成23年度概算要求における科学・技術関係施策」の優先度判定において、難病の治療研究が最低ランクの評価を受け、大幅な研究予算の削減が示された。患者団体として緊急の声明を出すとともに、与党関系議員とともに首相官邸、内閣府、財務省、厚労省へ要請行動を行い、難病の研究費削減は患者の希望を打ち砕くことになると訴えた。この評価にはもちろんそれなりの根拠はあるのだろうし、研究の成果がなかなか上がらない、とか、研究者のアピールがへただということもあるのだろうと思う。しかしその中である高官が「税金なのだから研究にも効率と効果が求められる」と発言し、またある担当者は「税金なのだから成果が必要」と言っていたことに私たちは敏感に反応した。

 緊急声明の中でわれわれが強く訴えたことは、「研究は難病患者にとっては大きな希望の光であること」と「難病の研究は研究者にとっても継続の保証が必要」ということである。

 難病の研究に効率・効果や成果を求められたら、研究は成り立つのだろうか。目先の成果だけを追うことになりはしないだろうか、と心配する。

 またある「研究成果発表会」に参加した患者がこう感想を言っていた。「難しすぎて、早口で何を言っているのか分からなかった」と。これでいいはずはないと思う。

日本難病・疾病団体協議会 代表、厚生科学審議会難病 対策委員 伊藤たてお 氏
伊藤たてお 氏
(いとう たてお)

伊藤たてお(いとう たてお) 氏のプロフィール
1945年室蘭市生まれ。重症筋無力症の患者として1973年北海道難病団体協議会を設立、代表・事務局長に(82年まで)。82年財団法人北海道難病連設立、代表理事・専務理事(2006年まで)、86年日本患者・家族団体協議会設立、代表幹事(05年まで)。03年全国難病センター研究会設立、事務局長、05年日本難病・疾病団体協議会(JPA)設立、代表、特定非営利活動法人障害者就労支援の会理事長、07年難病支援ネット北海道設立、代表、08年全国筋無力症友の会代表。厚生科学審議会難病対策委員、厚生労働者終末期医療のあり方に関する懇談会委員、同再生医療における制度的枠組みに関する検討会委員も。最近12年間は若年性アルツハイマー病の夫人の介護も1人でこなす。北海道立衛生学院非常勤講師。

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