オピニオン

研究者が科学広報を行う意義(小泉 周 氏 / 生理学研究所 広報展開推進室 准教授)

2009.10.13

小泉 周 氏 / 生理学研究所 広報展開推進室 准教授

生理学研究所 広報展開推進室 准教授 小泉 周 氏
小泉 周 氏

 昨今、研究者コミュニティーの中にも、科学を国民にわかりやすく伝える科学広報や、科学を国民とともに考え議論する科学コミュニケーションの機運が高まり、その機会が増えてきている。その一方で、大学や研究所の法人化に伴う事務仕事の増大や、短期間で成果を求められことに研究者は疲弊しており、さらにその上、科学広報は重々しい負担と受け止められている現実もある。

 しかし、科学広報は、研究者にとって、また研究者コミュニティーにとって、多くの社会的な意義と価値を持っている。

 ここで、研究者が科学広報を行うことの意義について考えてみたい。

自身の研究に広い視野も

 1つ目は、科学広報は、研究者が自分自身の研究を俯瞰(ふかん)し社会的・科学的に広い視野を持つきっかけとなる、ことだ。

 科学広報のために自分の研究をあらためて見返すことは、社会とのかかわりや研究者コミュニティーの中での自分の研究の位置・将来性について、さまざまな角度から俯瞰し、客観的に研究について知る良い機会となる。

 研究者は多くの場合自分の世界に入り込み、じっくりと時間をかけて集中して自身の研究を考える。しかしその一方で、自分の研究を突き詰めるあまり、そこから抜け出せず、研究の背景や行く末、また研究者コミュニティーの中での研究の大局的な意義やその社会的意義について見失うこともしばしばある。そうならないためにも、ときに研究者は立ち止まり、客観的にかつ大局的に自分の研究を見つめ直す必要がある。そのとき、科学広報を研究者自ら行うことによって、自分自身のこだわりや狭い興味から離れ、社会や研究者コミュニティーの中での自分の研究の意義を広い視野で知るきっかけを得ることができる。

 つまり、研究者は、科学広報によって、自分の研究を客観視するという重要なきっかっけと手段を得ることができるのである。

 実際に、科学広報をしていて、何よりも自分にとっての収穫は、これまで接点もなかったような研究所内外の多くの研究者と幅広い研究の話をし、専門以外にも広い知識と考え方を知り得たことである。

最先端科学と人材生み出す最善の道

 2つ目は、科学広報によって研究の裾野を広げ、最先端科学と将来の人材を生み出すことだ。

 研究者の仕事は、「誰もこれまで知り得なかった」前人未到な最先端の知識をもとめ、人類の知的好奇心を満たし、社会に貢献することである。

 社会として最先端の研究を生み出すためには、一点集中でそこだけ高くなればよいというような細く高い塔を作っては駄目だ。土台が小さくて高みを作ろうとしても必ず足をすくわれるし、高みは崩れる。高い頂を作ろうと思うのであれば、まずはじっくりと裾野を広げることが重要である。科学者による科学広報の最大の目的は、国民の科学リテラシーを高め、科学を理解する社会の裾野を広げ、ピラミッドのような堅固な土台を作り、それを基礎として時間をかけて高みを作りだすことであろう。時間がかかったとしても広く強固な土台を作ることこそ、最先端科学と将来の優秀な研究者という人材を生み出す最善かつ唯一の道である。

 とはいえ、実際、科学広報を研究者が独自に行おうとしても、研究者一人一人が行うには負担が重すぎるし、何を行うべきか困難に多々直面する。そのためにも、まずは科学広報の人材を育て、科学広報のための組織の基礎を作り、ノウハウを蓄積することが必要とされることである。

 最近、科学広報や科学コミュニケーションを行える人材を確保しようと、大学や研究所でもそうしたポジションが増えてきている。博士号を持ち国民と対話しながら科学を広める科学コミュニケーターを研究者コミュニティーとして育て、そうした環境を整備しようとする機運が高まっているのはとても好ましいことだ。しかし、実際には、科学広報のための基盤整備はまちまちで、研究者コミュニティーの中でも科学広報の在り方についてコンセンサスもないし、サポートも不十分である。

 私自身は、ちょうど2年前に生理学研究所(生理研)に広報を担当する専任の准教授として赴任した。それまでの生理研の科学広報は研究者が個々人で行っているような状態で、広報室には実質的に何もなかった。また、もともと網膜の視覚生理学者として慶應義塾大学医学部とハーバード大学医学部で第一線の研究を行っていた自分にとっては、広報の素養など何もなく、右も左もわからない状態から広報を立ち上げることになった。つまり、広報という組織をZEROからスタートさせたわけであったが、そこから一般向け広報誌(“せいりけんニュース”)や市民公開講座(“せいりけん市民講座”)の立ち上げと企画運営、さらに、メディアへのプレスリリースや教育機関向けの情報提供を開始した。はじめは手探りであったが、徐々に軌道に乗りはじめ、現在では一般広報誌8,000部を隔月で発行し、市民講座(年4-5回開催)も毎回、地元愛知県岡崎市で100-200人を集め大盛況である。先日、私自身が行った夏休みの科学実験教室では、300人を超える小中学生が集まりさまざまな実験を研究者とともに行った。

研究者の説明責任

 3つ目は、そもそも科学研究費の多くは国民の税金であり、研究者には自らの研究を説明する義務があることだ。

 最後に忘れてはいけないことは、日本の場合、基本的に科学研究費の多くは国民の税金でまかなわれているという事実である。研究者は国民の税金の最終消費者であり、研究者は、国民に対してその研究の意義と成果について説明する義務(説明責任)を負っている。昨今の金融危機もあり国民は自分たちの税金の使われ方に対して非常に厳しい目をもって見つめている。そのことを考えると、研究に使われる税金について、研究者は説明責任を全うしなければならないのだ。

 実際に一般国民の方々や地元の小中学生・高校生と話しをしてみると、意外なほどに研究者にも負けず劣らぬ科学に対する純粋な興味と知的好奇心を持っていることに驚かされる。国民は科学について何も分かっていないわけではなく、科学を一緒に育てていくべき同志でもあると感じられる。最近は「社会的な研究の意義をせちがらく求められる」と研究者は不満をもらすが、必ずしも社会は社会的意義という明確な答えを要求しているわけではない。知的好奇心を満足させるだけの十分な情報を国民と共有することができれば、同じ土俵で同じ興味で研究者と社会が肩を並べて科学を推進することができると感じている。

 研究者は自らに課された義務としての科学広報を常に忘れず、社会の人々と真摯(しんし)に向き合う必要がある。そのためにも、研究者コミュニティーは、博士号をもった科学コミュニケーターを育て、さらに、個々の研究者自らが社会と向かい合って、自分の研究を大局的に俯瞰し広める努力をしなければならない。そして、将来の研究の発展のためにも、そうした科学広報を行うべく、持続可能な組織づくりのための基盤整備と環境整備が早急に必要なのである。

せいりけんニュース
一般科学広報誌「せいりけんニュース」。
希望者に無料で配布している。
生理学研究所 広報展開推進室 准教授 小泉 周 氏
小泉 周 氏
(こいずみ あまね)

小泉 周(こいずみ あまね) 氏のプロフィール
1997年慶応義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。同大生理学教室(金子章道・教授=当時)で、電気生理学と網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院・ハワード・ヒューズ医学研究所のリチャード・マスランド教授に師事。07年10月、自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授に。同研究所・機能協関部門准教授併任、総合研究大学院大学・生理学専攻准教授も兼任。09年8月から文部科学省研究振興局学術調査官(非常勤)も。02-06年日本生理学会の常任幹事などを務める。

関連記事

ページトップへ