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科学技術の視点から日本社会を再構築しよう!-スマートソサエティの創造に向けて(鴨志田晃 氏 / 東京工業大学ソリューション研究機構 特任教授、ソーシャルブレインフォーラム代表)

2010.04.14

鴨志田晃 氏 / 東京工業大学ソリューション研究機構 特任教授、ソーシャルブレインフォーラム代表

東京工業大学ソリューション研究機構 特任教授、ソーシャルブレインフォーラム代表 鴨志田晃 氏
鴨志田晃 氏

 東京工業大学のソーシャルブレインフォーラム(SBF)は、超高齢時代を迎えた日本における新しい社会創造を目指すシンポジウム「スマートソサエティの創造〜超高齢時代におけるソリューション研究〜」を2月4日に開催した。

 ソーシャルブレインフォーラム(SBF)は、多様な学問分野の専門家、さらには産業界や市民団体(NPO)あるいは政策実行を担う政府・行政機関などの多様なプレイヤーがオープンに集う場として東工大がつくった。SBFを何のためにつくったかといえば、社会が複雑化し、科学技術と社会の関係が21世紀を迎えて、いよいよ大きく変容してきたからである。

 東工大は理工系大学だ。理工系大学といえば科学技術である。そういう観点からは、日本のそして世界の科学技術の発展に東工大が貢献してきたというささやかな自負を抱いている。けれども、かつてのように科学技術が社会を大きく変えるという単純な構造ばかりでは、もはやないという事実を直視するならば、科学技術の視点からあるべき社会を描き、ひいてはそうした社会づくりに積極的に関与してゆくべきではないだろうか。そう考えたのがSBFをつくった大きな理由である。

 つまり、科学技術と社会を結び付けるのは政策であり、科学技術をどう使うかはどういう社会を目指すのかによって決まる。言い換えると、科学技術にかかわる技術者や研究者も、従来のように市場で売れる技術とは何か、とか社会が技術をどのように利用してくれるのかという受身の立場ではあり得ない。自らがあるべき社会ビジョンを発信し、関係する人たちと共にあるべき社会をつくりあげるという姿勢が今後、ますます重要になってくるのだ、という考えがSBFの思想の底流にある。

 SBFでは、多様な学問分野の専門家、さらには産業界や市民団体(NPO)あるいは政策実行を担う政府・行政機関など多様なプレイヤーの参画を得ながら社会ビジョン創出、政策連携、技術開発、実証試験などに取り組み、精神性豊かで活力ある社会を実現することを目指している。

 先日のシンポジウムでは、超高齢時代を迎えた日本が目指すべき社会像=スマートソサエティを創造するために、科学技術を活かしながら、どのようにしてソーシャルイノベーションを推し進め、実現にこぎ着けるか?という大命題について議論を行った。ポイントは三つある。

 第一に、超高齢時代の社会ビジョンは、私たちがどのような社会を目指したいのか?という意思があってこそ成り立つものであり、皆が共感・共鳴できるビジョンが何より重要だ、ということ。

 第二に、科学技術は、そうした社会ビジョンを実現する上で重要な役割を担い得ること。

 第三に、そうしたスマートソサエティの創造は、産官学の枠を超え、NPOや市民をも巻き込む産官学民が結集する場を通じてこそ成就すること、である。

 ここで、大学の新たな役割についても触れておきたい。従来、産学連携と称して大学と産業界が連携をしてきた(今もだが)。しかし、このスキームはあくまでも産業界が依って立つ市場経済、すなわちマネタリー経済のもとで、乱暴な言い方をすれば、もうかるかもうからないか、という「お金がすべて」の発想を第一義としていた。

 けれども、社会というものはもともとお金がすべてではない。

 日本には向こう三軒両隣。互いに助け合う互助の精神があったにもかかわらず、戦後に米国市場経済を表層的にまね、結果としてマネタリー経済のみが大きく肥大した。かのマネタリズムの権化ともいうべき米国にはボランティア精神が社会に広く浸透しているにもかかわらずである。

 英国レスター大学の社会心理学者、エイドリアン・ホワイト教授が世界178カ国の国民の幸福度を調べた「幸福の世界地図」によると、1位にデンマーク、6位にフィンランド、23位に米国が位置する中で、日本は何と90位。これが世界第二の経済大国の幸福度なのか!とこの結果を見て愕然(がくぜん)としてしまうのは私だけではなかろう。

 21世紀に日本が進むべき方向は、マネタリー経済とボランタリー経済が両輪になって回る社会、すなわち、共感・参加・自発の社会であるべきだ。

 これは単純に古きよき社会への懐古主義ではもちろんない。私たちが目指す社会は、古き良き時代の互助精神をもった社会への「原点回帰」と最先端技術に導かれた新しい社会の創造という「未来進化」の二つが伴う社会であるべきであり、このような21世紀型社会をスマートソサエティと名付けた。

 SBFが主催した2月4日のシンポジウムでは、東工大の2つの技術、すなわち難聴者の聞きたい音を本人に直接届ける「聞こえ支援システム」(中村健太郎教授)と脳が手や腕に送る信号を増幅してパワーアシストする「ニューロリハビリテーション技術」(小池康晴教授)を紹介した。

 いずれの技術も技術的問題の解決だけでは社会に普及できない。なぜなら、公共インフラや公的サービスとして導入する施策や制度の整備、あるいは産業界の支援や利用者の理解が不可欠だからである。

 そして、NPOでもなく、市場原理にのみ委ねるだけでもないソーシャルビジネスのインキュベーション(経営技術・金銭・人材などの提供、育成)も必要だ。

 SBFでは、このシンポジウムにおいて、スマートソサエティの創造に向けて、さまざまな立場の人たちが集まって(輪)、語り合い(話)、智恵と力を合わせ(和)て取り組むため、「Wa!プロジェクト」の立ち上げを宣言した。

 あるべき社会ビジョンを掲げ、皆と共感・共鳴し、科学技術をうまく活用しながら、あるべき社会の創造に取り組む—。科学技術立国ニッポンの新たなチャレンジに読者諸 氏もぜひご参加いただければ幸いである。

東京工業大学ソリューション研究機構 特任教授、ソーシャルブレインフォーラム代表 鴨志田晃 氏
鴨志田晃 氏
(かもしだ あきら)

鴨志田晃(かもしだ あきら) 氏のプロフィール
私立城北高校卒。81年横浜国立大学工学部卒。90年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了、。ロンドン大学経営大学院IEP修了。経営学修士(MBA)。博士(工学)(東京工業大学)。東京電力株式会社を経て、90年日本総合研究所の設立とともに参画。以降、日本型インキュベーションを掲げて多数のエネルギー、インターネット分野の研究コンソーシアムを設立・運営。その後、外資系コンサルティングファーム統括パートナー(執行役員)、外資系IT企業日本統括マネージング・パートナーに就任。2006年から現職。コンサルティング会社社外取締役、複数の大学の客員教授も。経営情報学会理事(研究委員長)。著書に「金融eビジネス革命」(日刊工業新聞)、「コンサルタントの時代」(文春新書)など多数。

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