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宇宙エレベーター構想と実現の意義(夏目秀行 氏 / 宇宙エレベーター協会 理事)

2009.07.08

夏目秀行 氏 / 宇宙エレベーター協会 理事

宇宙エレベーター協会 理事 夏目秀行 氏
夏目秀行 氏

 有史以来人類は神話に登場する「バベルの塔」のように“天”に憧れを抱き続け、ひらめきと知恵を使って空へ飛び、そして宇宙へと歩みを進めてきた。現在のロケットやスペースシャトルによる宇宙開発もその道程であるが、打ち上げ時のコストの問題や環境への配慮などから次世代型の宇宙輸送機関が期待されるようになった。その一つとして考えられているのが「宇宙エレベーター構想」である。

 宇宙エレベーターは地上(海上)から宇宙へと伸びたケーブルを「クライマー」と呼ばれる駆動機構付の籠(かご)で昇降し、人や荷物を運ぶ。システム全体の重心は高度約36,000キロの静止軌道上にあり、静止衛星と同じようにその位置やバランスを保っている。完成すればその全長は5万-10万キロにもおよぶ史上最大の建造物となる。

 宇宙エレベーター構想のコンセプトは、「われわれの世代」で「既存の技術」を応用した「誰もが利用できる」宇宙輸送機関の実現。安全でコストパフォーマンスの高い輸送システムを目指し、米国をはじめ欧州の科学者や学術関係者が研究を進めている。また日本でも一昨年ごろから大学や民間団体が中心となってシステム全体や個々の要素技術について研究開発が進められている。

 1990年代に米国宇宙エレベーター研究の第一人者B.エドワーズ博士が米航空宇宙局(NASA)の依頼を受け、宇宙エレベーターに必要な要素技術やコストについて試算した。その結果によると、最初の一基目の建設費用は約1兆円(現在では研究開発を含めもう少しかかると言われている)である。これは秋葉原-つくば間を走る電車「つくばエクスプレス」の総工費が約8,000億円であったことを考えると決して高くない金額と言える。また二基目以降は既設の宇宙エレベーターを利用することでより安価に建設が可能と考えられている。

 さらに運用時にはクライマー昇降に必要とされるエネルギーは上昇時に位置エネルギーとして保存される。下降時や次回昇降時の運動エネルギーへ転用することで高効率、かつ鉄道機関と同様に軌道上を走行するために、比較的安全な運行が可能と考えられており、この点が現在のロケット輸送と一線を画するものとされている。

 しかしながら宇宙エレベーターの建設とその運用にはさまざまな課題が挙げられる。技術的な面ではケーブル強度や飛翔物体との衝突を回避する技術あるいは補修方法、クライマーへの駆動エネルギー供給や風などの外乱抑圧制御などが必要とされる。これらは実証実験を繰り返して解決されるべき問題ではあるが、カーボンナノチューブやグラフェンなど新素材の発見や現在運用されている人工衛星や国際宇宙ステーションが持つ制御技術、身近なところでは高層ビルに施設されたエレベーターの制振昇降技術など既存の技術を応用することで解決できる問題である。

 むしろ技術的問題以外の側面が宇宙エレベーターの実現を遅らせる可能性もある。国際秩序の問題である。地球よりも大きな建造物に対し、その立地や使用に際してとても一国の力で御することはできないと想像する。日本でも昨年の「宇宙基本法」の制定やその後に宇宙基本計画案が発表されたが、国際法のようなもっと大きな枠組みでの法律や条約の策定が必要とされる。これらも運用までには少々時間があるので今から取り組んでいけば十分解決できる課題と願う。

 昨今、世界的な不況で製造業の景気低迷などが騒がれている中で、なぜ今宇宙エレベーターの実現を目指すのかと言えば、その研究開発を進める過程にはさまざまなスピンアウト技術が期待できるからである。
さらにそれが実現し運用される世界では、かつての輸送機関産業やIT産業がもたらしたようにある種のパラダイムシフトが起こると考えられる。安価な宇宙開発環境が提供されれば民間レベルでの宇宙産業への参入が活発になり市場は拡大し、地力のある企業などが持つ技術力を応用、転換することでさらなる宇宙開発の発展が遂げられると想像する。
もちろん新しい経験や未知なるものへの挑戦も私たちを動かす重要なファクターと思うが、新しい産業の開拓、市場の活性化にこそ意義を見いだせると考える。

 最後に最近の宇宙エレベーター開発の動向だが、8月上旬に米国カリフォルニア州で宇宙エレベーターモデルによる競技会が予定されている。また日本でも8月8、9日に弊協会と日本大学理工学部協力によるクライマー昇降技術に着目した技術競技会の開催が予定されている。身近に宇宙エレベーターを感じ、開発動向をうかがえる機会である。ぜひ注目してほしい。

 宇宙エレベーターはツールでありゴールではない。私たちはまだその小さな一歩を踏み出したばかりである。

宇宙エレベーターの想像図宇宙エレベーターの想像図宇宙エレベーターの基本構造
宇宙エレベーターの想像図
(© Space Elevator Visualization Group)
宇宙エレベーターの基本構造
(© Shigeo Saito(JSEA))

参考文献(順不同)
宇宙エレベーター協会
日本大学理工学部精密機械工学科 青木研究室
「宇宙列車構想」Earth-Track Corporation
The Space Elevator Games
「グラフェンの現状と宇宙エレベーターテザーとしての可能性について」NTT物性科学基礎研究所 永瀬雅夫 博士
「宇宙エレベーター条約について」日本大学 法学部 甲斐素直 教授
「テザー衛星の現状と展望 宇宙エレベーターを目指して」日本大学 理工学部 藤井裕矩 教授
「The Space Elevator」B. C. Edwards, Ph.D./Eric A. Westling

宇宙エレベーター協会 理事 夏目秀行 氏
夏目秀行 氏
(なつめ ひでゆき)

夏目秀行(なつめ ひでゆき) 氏のプロフィール
1968年 愛知県豊橋市生まれ。92年 神奈川大学工学部機械工学科卒。愛知県の工作機械メーカに勤務。96年 「夏目鉄工所」設立、同代表。09年から一般社団法人「宇宙エレベーター協会」理事。

 

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