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博士人材育成は教育百年の計 - 博士セミナーを開催して(府川伊三郎 氏 / 旭化成顧問、日本化学会博士セミナー実行委員長)

2008.07.09

府川伊三郎 氏 / 旭化成顧問、日本化学会博士セミナー実行委員長

旭化成顧問、日本化学会博士セミナー実行委員長 府川伊三郎 氏
府川伊三郎 氏

博士セミナーとは

 博士課程在学生にキャリアパスの一つとして産のことを早めに知ってもらう目的で、2007年度、日本化学会主催で博士セミナー(東京・大阪会場、各2日間)と拡大博士セミナー(年会時、1日)の計3回のセミナーを実施した。合計220名の学生が参加した。セミナーは博士1年生と博士課程進学が決まっている修士2年生を対象として、拡大博士セミナーは、博士課程、修士課程在籍者とポスドクに対象を拡大した。

 セミナー講師は化学企業のCTO(最高技術責任者)から若手博士卒社員まで多彩なメンバーで、化学企業22社が協力した。産の実際、おもしろさを研究開発事例などを通じて説明し、入社後の博士卒のキャリアパスについて紹介した。また、グループ討議・懇親会を通じて質疑を深めた。受講者より、今まで聞けなかったキャリアパスや企業の研究(思っていた以上に自由に研究できるなど)について直接聞けたこと、また、化学企業が博士の採用に積極的なことを知ることができたことなど、概ね好評であった。企業の人と気楽に話したり質問できたこともよかったようである。

 セミナーに参加した企業人は、受講に来た学生さんのレベルの高さに驚き、グループ討議も大いに盛り上がった。懇親会ではCTOの人から、受講者の皆さんは全員企業に来てほしいとのあいさつがあった(一部優秀な人の積極的質問や発言から、セミナーが大きく盛り上がった面もあろうが)。受講者アンケートにより、受講者の意識・考えを知ることができる(*1)。博士セミナーが博士卒の企業就職の太いパイプをつくるきっかけにしたいと思っている。今年度も、昨年度と同様にセミナーを実施する。

 これまでポスドクのキャリアパス多様化に少しかかわってきたが、最大の問題は、一部のポスドクが強いアカデミア志向に固まっていることである。そういう人にとっては企業に就職することは、人生の目標を捨てると同意義で大変困難なことである。少々待遇が悪くても志は捨てられない、“武士は喰わねど高楊枝”“肥った豚より、やせたソクラテスになれ”の心境である。

 ポスドクになってからでは遅い、早めに多様な価値観と多様なキャリアパスを知ってもらわなければとの考えから、博士セミナーを実施したのである。

博士人材育成についての問題意識と提案

 野依フォーラム分科会“プロジェクト博士”、経団連の“博士課程検討委員会”、日本化学会“博士セミナー”、産学人材パートナーシップ(*2)を通じて、産の立場から博士人材の育成と活用について微力ながら取り組んできたが、そこでの個人的問題認識とそれを解決する一つの提案をまとめた。

1.博士人材の分野別の人数の経年的マスバランスの把握と対策

今年の3月に英国化学会(Royal Society of Chemistry)、米国化学会(ACS)を訪問したが、大学・大学院人材の在籍者、卒業後の進路など経年的計数的把握がきちっとしており、知りたい数字がポンポン出てくるのに驚いた。人数の定量的把握は手間がかかる地味な仕事であるが、議論のベースとなる数字である。定量的数字がないと議論が情緒的に流れたり、散漫となる。化学・物理・バイオなど分野別の数字が必要となる(文科省の学校基本調査では専攻分野が「その他専攻」のところが多く、分野別を把握できない。ポスドクの人数自体が把握できない大学もある)。

専攻分野によって博士ポスドクの就職状況は異なる。化学分野は博士卒の企業就職のチャンスが多く、ポスドクはあまっておらず、よいポスドクは採用できないと聞くし、物理は優秀なポスドクが多いので本人が企業に就職したいと思えば、就職は難しいと聞く。

バイオ関係は、医薬以外大きな産業が生まれていないことからポスドクの出口が少なく相当過剰となっている。レベルの高くないポスドクも相当いるとも言われる。企業においてもバイオ専攻の人材は、バイオから別分野の仕事にシフトするのが難しく苦労しているという話はよく聞くところである。バイオの人には、定量的物の考え方が身についていない人が見受けられる。バイオ分野は国の研究予算の約半分を占め、それに依存するところが多い。国はバイオの博士卒ポスドクが今後経年的にどれくらい必要で、どれくらいの人が余分になるか、定量的(計数的)に把握、シミュレーションすることが必要となる。また、バイオの専門家を再トレーニングして、他分野で活躍できる人材に育成するプログラムが必要ではないか。

2.博士卒の質の確保―選ばれた人が切磋琢磨(せっさたくま)する博士課程の新設

これまでの活動の中で一貫して、現状の博士の悪循環化から優秀な人が博士課程に進む良循環にすべきことを提言してきた。

学からは、博士卒の給与などによる優遇策の要望が強いが、現状は難しい。厳しい選抜で博士課程に進学し、切磋琢磨して卒業し、周りから一目置かれる一流の人材であるとの評価が固まらないと難しい。

欧米並の博士卒人数を確保するという目標は一つの考えであるが、多様なキャリアパスが開拓されていない現状では、定員の確保のためレベルの低い博士卒もつくりだすことになってしまう。数の確保にこだわらず、いったん質の確保に特化すべきである。欧米の厳しい選抜試験や、米国などの博士課程(一貫5年)の2年位における資格試験(テーマを提案し、合格しななければ研究者の資格なしとドロップアウトして修士卒で卒業)が存在する。日本も全国レベルで選抜試験をし、合格者を決める。合格者は在学中の手厚い経済的支援を保証する。そして、大学院の中で資格試験を厳しく行うような制度をつくるべきでないだろうか。(企業団体から奨学金を拠出してもらい、企業で活躍する人材を養成するコースをつくることから始めたらどうだろうか。卒業生は企業が責任をもって採用する。入社時の待遇は優遇する)

優秀な人材は博士課程に進むという流れをつくることが、教育百年の計にぜひとも必要である。

旭化成顧問、日本化学会博士セミナー実行委員長 府川伊三郎 氏
府川伊三郎 氏
(ふかわ いさぶろう)

府川伊三郎(ふかわ いさぶろう)氏のプロフィール
1967年東京大学理学部化学科卒、69年東京大学理学系大学院化学専門課程(修士)修了、旭化成工業入社、89年水島技術開発研究所所長、98年取締役・中央技術研究所所長兼富士支社長、2003年専務理事・研究開発本部企画管理部長、05年顧問。日本化学会化学技術賞、大河内記念賞など受賞。工学博士。

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