「国力に合った科学技術国際協力を」
国際協力の重要性は科学技術分野でも高まりつつある。しかし、東日本大震災では日本から発信される福島第一原子力発電所事故に関する情報があまりに少なく、海外諸国の日本に対する不信感を高めてしまった。地球環境、防災、感染症対策など世界共通の課題に関しては国際協力を進め、知識を共有すべきだというのが国際社会の常識になりつつある中で、日本の政府、産業界、学界に対する評価は大きく低下したことが心配される。科学技術分野における日本の国際協力の実態はどうなのだろうか。1月に、経済協力開発機構(OECD)科学技術政策委員会の小委員会である「グローバル・サイエンス・フォーラム」の議長に就任した永野 博・政策研究大学院大学教授に聞いた。
―日本は科学技術分野における国際協力できちんと成果を挙げてきたのか、単刀直入にうかがいます。
日本は地政学的にみて特殊な位置にあり、また、国の規模がそれなりに大きいから国際協力がへただといわれてもしようがない現実があります。米国もある意味ではへたです。欧州はGDP(国内総生産)の規模から言うと全部合わせると日本よりやや大きいのですが、一つ一つの国は日本より小さい。ですから国際協力はうまいのです。
すばる望遠鏡、iPS細胞、発光ダイオードなど日本が主導した研究や、日本が大きな役割を果たしている国際宇宙ステーション、ヒューマンフロンティア・サイエンスプログラムなど、評価されている国際協力は幾つかあります。しかし、こうした特別の部分を除くと日本の動きというのは国際的によく知られていません。国際関係のお金はそこそこ出しているにもかかわらずです。大きな理由の一つに、日本の場合、国際協力というとすぐ2国間でやろうとしてきたことが挙げられます。多国間ですと言語の制約が増え、2国間に比べると面倒なことが多いと敬遠してきたから、良いアイデアを多国間で実現するための交渉をリードすることもうまくできないのが現実です。もっと多国間協力の場に出て行くべきだと思います。
―お金を出して、労力もそれなりに投じているのに、外国からはよく見えないことによって、具体的にはどのような損をしていたのでしょうか。
一般の人には分かりにくいことですが、日本の研究投資の効率が悪いことが挙げられます。科学技術に投じている予算に対するアウトプット(生産活動)が悪いのです。例えば非常に質の高い論文の数を政府が投じている研究資金で割ってみると、いかに悪いか分かります。簡単な計算です。国際協力をもっとやっていれば、他国との比較ですぐに気がつくと思います。
英国政府の主席科学顧問だったメイ卿という人が出した数字があります。それ以前の3年間で政府が投じた研究資金に対する質の高い論文数の比率を欧米先進国、オーストラリア、日本で比較しています。英国を100として、1987年から1999年まで3年おきに各国の数値を並べてあります。日本は1987年で31と明らかに見劣りしており、1999年になるとようやく改善しているのですが、それでも37でしかありません。ちなみに1999年時点で一番にランクされている英国に続いて研究投資に対する論文の数が多い国はスウェーデン(97)、スイス(91)、デンマーク(87)の順で、カナダ、オーストラリア、オランダ、イタリア、米国、ドイツ、フランスの各国も軒並み日本を上回った評価を得ています。
この資料は、日本をたたくことが目的ではありません。英国の予算がよく使われていることを言いたかったのですが、それにしても日本の数字は悪過ぎます。データの取り方がどうとか言う声もありますが、それを変えたところで本質は変わりません。日本国内の誰も積極的に日本が劣ると言いたくないだけです。
科学にもともと国境などありません。言語のハンデがあるなどと言って国境をつくっているのはおかしいのです。ちゃんとした人が論文を書こうとすればもともと英語で書いているわけです。にもかかわらずこれだけ悪い数字が出ているということは、本当に悪いと考えなければいけません。ちゃんと世界の土俵の中で闘うようにしないといけないということです。
―さらにその背景には、日本が積極的に国際協力をやらない実態があるということですか。研究者の姿勢だけでなく、行政府、例えば外務官僚などにも一国の大使にはなりたがるけれど、国際機関で働くことを好まない気風があると聞いたことがありますが。
外務省も人によるのではないでしょうか。ただ、潘基文 氏が国連事務総長を務めるなど、韓国の人たちが頑張っているのは確かです。韓国は、日本に比べ国の規模が小さいから、もともと外に目が向いているのです。海外に売らないと発展できないサムソン電子が強いのも同じ理由からです。韓国人が日本人より優秀だという話ではなくて、もともと考え方の前提が違うのです。
国内にそれなりの市場がある日本企業は、技術標準なども国際基準ではなく日本国内に合わせたりしているから、世界市場での戦いでは敗れてしまっているというように。自動車のように最初から世界をターゲットにしているところは、ちゃんと発展しているわけです。ただし、自動車のように日本の強い分野は、非常に限られています。
(続く)
永野 博(ながの ひろし) 氏のプロフィール
慶應義塾高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、73年同大学法学部卒、科学技術庁入庁。在ドイツ日本大使館一等書記官、文部科学省国際統括官、日本ユネスコ国内委員会事務総長、文部科学省科学技術政策研究所長などを経て、2005年科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、06年科学技術振興機構理事、07年政策研究大学院大学教授。科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェローも。経済協力開発機構(OECD)では06年から科学技術政策委員会(CSTP)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)副議長、11年1月から現職。この世代では珍しい工学部と法学部を卒業したダブルディグリー。大学時代1年休学して海外経験も。2002年のヨハネスベルク・サミットに出席し、持続的発展、国内外の民間運動の重要性を認識。専門分野は科学技術政策、若手研究者支援、科学技術国際関係など。