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基礎科学は国が本気にならないと(小柴昌俊 氏 / 平成基礎科学財団 理事長、東京大学 特別栄誉教授)

2008.12.01

小柴昌俊 氏 / 平成基礎科学財団 理事長、東京大学 特別栄誉教授

科学技術政策シンポジウム「科学技術の危機とポスドク問題 ~高学歴ワーキングプアの解消をめざして」(2008年11月16日、科学技術政策シンポジウム実行委員会 主催)記念講演から

平成基礎科学財団 理事長、東京大学 特別栄誉教授 小柴昌俊 氏
小柴昌俊 氏

 皆さんよくご存知だと思うんですけれども、基礎科学と応用科学を一緒にして「科学技術」とまとめて言われる。例えば、総合科学技術会議。これは内閣総理大臣が座長をやる、この国で一番上のレベルの決定機関であるようですけれども。そこでも「科学技術」と一緒にしちゃっている。

 でも、皆さんちゃんと心に留めて置いていただきたいのは、技術というのは役に立つことに対して言うでしょう。役に立たない技術というものは意味がない。そういった意味で、いい技術を新しく開発したいという意識は、どの産業界でも持っているものです。ですから、先を見る産業界の指導者、いろんな会社の社長といった方々は、何か新しい技術ができないか、そういう人はどこにいるだろう、そういう人がいたら資金の応援をしたい、としょっちゅう考えているはずなんです。

ところが、基礎科学の方になりますと、産業界に役立つというふうな結果は出さないんです。例えば宇宙のはじめのころの様子がもう少しよく分かったところで、だれのもうけにもならないし、どの産業の役にも立たないですよね。

 じゃあどういうことになるのかと言いますと、世界人類の共通の知的財産をちょびっと増やす、それだけのことでしょう。じゃあ、何もいいことはないのかというと、そういうことではないんですね。例えば、この国ですばらしい基礎科学の成果が出て、それが世界に認められたなら、この国の国民は鼻がちょびっと高くなるか、いい気分になるか、それくらいのことです。

 だからといって、産業界がそういう研究にどっと資金を出すのかというと、そういうことにはなりません。結局、基礎科学というのは国家によってどうするのか、ということを考えて実行していかなければならない学問です。これをはっきり頭に置いていただきたいのです。国家がそういうことを考えないようになったら、その国は文明国ではないということなんですよね。

 素粒子の研究なんてやったところで何の役にも立たないよというのは、98パーセント、いや96パーセントかな(笑い)、それくらいは正しいんだけれども、2パーセントくらいは媒介粒子の光子、電子、陽電子など(いずれも、電気をもった素粒子)、すごく役に立っているんです。これは、例えば国家にこういう研究をやればすごいことができますよ、もうかりますよということは言えないんです。後になってみないとわからない。

 それでは、電気をもたないニュートリノの場合はどうか。だいたい電気をもたないニュートリノをどうやって観測するのか、知らない方のほうが大部分だと思うんです。電気をもった素粒子は飛行機雲をつくらせ、その飛行機雲を観測することによって飛行機雲をつくった素粒子のふるまいを知ることができます。

 ところが電気的に中性なニュートリノは、種になるイオンを残してくれないわけです。どうしようもないんですね。で、どうするかというと、毎秒千億個以上のニュートリノが太陽から皆さん1人1人の頭の上に降り注いでいる。でも、誰も痛いともかゆいとも言わんでしょう。頭やからだの中を通り過ぎても、何もしないので誰も気がつかない。

 ところが、ニュートリノは全然ほかの粒子と衝突しない、相互作用しないというではなく、ただその頻度がぐんと低いだけなんです。人間みたいな小さな的じゃあね、何百年待ったって何もやってくれない。だけれども、例えば千トンの水の中には電子がうじゃうじゃいます。その電子に向けて太陽がニュートリノを降り注いだとすると、1週間に1発くらいの頻度でニュートリノが水のなかの電子をコツンとたたく。

 たたいたらしめたもので、電子があっちからこっちへ動いた、ここで止まったからエネルギーはこれだけ、それらがちゃんと測れればニュートリノの到来時刻、到来方向、エネルギー分布が分かるわけです。だから、ニュートリノの動きを電気の粒子に焼き直して、そして観測できるわけです。ただその焼き直しがなかなか起きないから、まわりのウラニウムとかトリウムといった放射性元素が出しているガンマ線が電子をコツンとたたくのが、ニュートリノがたたいたのと同じように見えるわけです(これをコンプトン効果という)。そういう雑音をけた違いにうんと押さえ込まないと太陽のニュートリノがたたき出した電子は観測できないという困難さがあるんですが、そのようにしてカミオカンデでは観測したんです。

 皆さん、これからの日本の基礎科学を創るということは、若い人がどれだけ本気で取り組むかによって決まるわけなんです。先ほども言いましたけれど、産業界にその応援を当てにはできないんです。国が本気になってそういう動きを応援する、そう願いたいものです。

(SciencePortal特派員 立花浩司)

平成基礎科学財団 理事長、東京大学 特別栄誉教授 小柴昌俊 氏
小柴昌俊 氏
(こしば まさとし)

小柴昌俊(こしば まさとし)氏のプロフィール
1926 年愛知県豊橋市生まれ。51年東京大学理学部物理学科卒、55年米ロチェスター大学大学院博士課程修了。58年東京大学原子核研究所助教授、63年同理学部助教授、70年東京大学理学部教授などを経て87年定年退官、同大名誉教授、2002年日本学士院会員、03年財団法人平成基礎科学財団設立、理事長就任。05年東京大学特別栄誉教授に。87年仁科記念賞、88年文化功労者、89年日本学士院賞、97年文化勲章、2000年Wolf賞、02年ノーベル物理学賞、03年ベンジャミンフランクリンメダルなど受賞(章)。著書に「ニュートリノ天体物理学入門-知られざる宇宙の姿を透視する」(ブルーバックス)、「心に夢のタマゴを持とう」(講談社文庫)、「物理屋になりたかったんだよ」(朝日選書)、「やれば、できる」(新潮文庫)、「『本気』になって自分をぶつけてみよう」(三笠書房)など多数。

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