インタビュー

第4回「流行先回りする備えを」(喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長)

2009.09.18

喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長

「新型インフルエンザ対策は地道に」

喜田 宏 氏
喜田 宏 氏

専門家が早くから予測していたように新型インフルエンザが猛威を振るい始めた。政府は国内で必要となるワクチンが国内生産では足りず、不足分は海外から輸入する意向を明らかにしている。しかし、新型インフルエンザ対策は、まさに季節性インフルエンザ対策と同じで地道な努力の積み重ねが大事。こうした考え方から、ワクチンの輸入に対し否定的な意見も専門家から聞かれる。長年、インフルエンザウイルスの研究で指導的な役割を果たしてきた喜田 宏・北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長に新型インフルエンザの実像と求められる対応策を聞いた。(2009年8月6日、科学技術振興機構主催、メディア向けレクチャー会講演から再構成)

いずれにしても、高病原性鳥インフルエンザウイルスもヒトの新型ウイルスもブタから分離されるウイルスも、遺伝子は全部カモが運んでくる北の営巣湖沼水中に凍結保存されてずっと存続しているウイルスに起源があります。従って過去の新型ウイルスも今回のウイルス(HINI)もブタから来ているということです。

―ウイルスライブラリーの重要性

昨年11月に自然界に存続しているすべてのインフルエンザAウイルス亜型のライブラリーができました。このライブラリーを使って研究開発を進めることを提案しています。インフルエンザといかに向き合うかということは、非常に地味なことをまじめにやるしかないのです。自然界、家禽、ブタとヒトのグローバルサーベイランス(疾病の発生状況や変化の継続的監視)をきちんとやって予測に役立てる。それから、鳥インフルエンザを家禽の中だけにとどめる、ワクチンに頼るようなことで摘発、淘汰を怠ってはいけない、ということです。

今回のブタ由来HINIウイルスが出てきたときに、これが季節性のインフルエンザになったときのことを考えて、従来の季節性インフルエンザウイルスワクチンにこのウイルス抗原を入れてはどうかと提案したのですが、政府は動いてくれません。タンパク量が増えるから、などとどうでもいい理由によってです。

ヒトの季節性インフルエンザ対策こそが新型ウイルス対策の基本になるべきですが、その季節性インフルエンザ対策が今のところなっていないと思います。ワクチンももっと効くものをつくらなければいけないし、抗原変異の予測もきちんとできていません。サーベイランス予測、迅速診断、ワクチン、抗ウイルス薬などの研究を地道にやるしかないということです。

こういう背景のもとで私たちはインフルエンザワクチン、迅速診断キットの開発、ヒト型化抗体の開発などをやってきました。例えばH5NIウイルスを昨年11月につくったライブラリーの中から選んで増殖させ、ヒト用のワクチンを試製しました。この不活化ウイルスワクチンをサルの鼻から垂らし、器官に摂取させるといずれも十分にその効果を示しました。H7N7、H9N2、H2N2ウイルスについても一部実験中ですが、サルできちんと効果があることを確認しています。

後は診断の方法ですが、いろいろな会社と共同で抗原検出の診断キットをつくって改良してきました。市販されているキットの中で最高の感度のものに比べても、同等以上の抗原検出感度であることを確認しています。

―次は抗体ライブラリーを

今回、さらに目標すべての新たなインフルエンザウイルスに対するモノクローナル抗体をそれぞれ作り、抗インフルエンザウイルス抗体ライブラリーを構築することを提案しました。作った抗体を活用して、新型インフルエンザウイルス出現に備え、診断、予防、治療法の開発基盤を確立し、将来のパンデミックインフルエンザの発生予測と先回り対策に資することを目指しています。

インフルエンザの診断は抗原抗体反応です。抗HAと抗NA亜型特異モノクローナル抗体が必須となります。また、抗体のエンジニアリング技術の進展によって、マウス抗体のヒト型化モノクローナル抗体を用いた抗体医薬もさまざまな疾病に対して実用化されつつあります。こうした技術的背景のもとにすべての亜型のインフルエンザAウイルスに対するモノクローナル抗体を作り出して、新型インフルエンザウイルスが出現した際に診断、予防、治療薬の開発に提供できる体制を確立することを目指しています。

そのためにはまず抗インフルエンザウイルス抗体ライブラリーの構築です。それから、バイオインフォマティクスを用いたウイルスたんぱく質機能解析は、今も膨大な遺伝子データがウェブ上に公開されています。それを利用すれば、抗原変異の予測、方向、大きさを推定することが可能ではないかと思われます。過去に起こった抗原変異を追跡して、これから起こる抗原変異はどうかを推定することによって、3年後、5年後の季節性インフルエンザワクチンの株をあらかじめ用意するということが可能ではないかと思われます。一大学でやることではないのですが、その仕事を始めています。

3つ目は、抗体を用いた診断キットと、ワクチンを開発し、インフルエンザウイルス感染動物モデルを使って検証することです。そして、抗原変異を予測し、こういうウイルスが流行するであろうと先回りしてワクチンを試製し、出てきたときに備えるということです。

新たに構築する抗体ライブラリーを活用することによって、将来は新たな新型インフルエンザウイルスがヒトに流行を開始した場合でも、このような対応が期待できるということです。

(完)

喜田 宏 氏
(きだ ひろし)
喜田 宏 氏
(きだ ひろし)

喜田 宏 (きだ ひろし)氏のプロフィール
1967年北海道大学獣医学部獣医学科卒、69年北海道大学大学院獣医学研究科予防治療学専攻修士課程修了、武田薬品工業入社、76年北海道大学獣医学部講師。同助教授、同教授、同大学院獣医学研究科長・学部長などを経て2005年から現職。専門はウイルス学、微生物生態学、感染病理学。05年「インフルエンザ制圧のための基礎的研究-家禽、家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立-」の業績に対し、日本学士院賞受賞。06年から科学技術振興機構の地域イノベーション創出総合支援事業「インフルエンザウイルス感染の新規診断キット、予防薬、治療薬の実用化研究」の代表研究者、09年6月から「インフルエンザウイルスライブラリーを活用した抗体作出および創薬応用に向けた基盤研究」の代表研究者も。日本学士院会員。

関連記事

ページトップへ