「テニュアトラック制の定着目指し」
若手研究者の能力をいかに引き出すかが、日本の科学技術政策上、最優先課題の一つになっている。パーマネントのポストに就けるかどうかは5年後の評価次第。その代わりできるだけ研究に専念できる環境を若手研究者に用意する、という文部科学省の若手研究者支援プログラム「テニュアトラック制」がスタートして4年目に入った。これまで採択された30大学の中で、この制度をもっともうまく活用していると評価されている東京農工大学の小畑秀文学長に、プログラムの進展状況や意義について聞いた。
―テニュアトラック制とは何か、ということからうかがいます。
若手研究者が助手(助教)から助(准)教授、教授と階段を上がる際、これまで競争がなかったかというとそういうことはありません。特に助手(助教)から助(准)教授になるにはこれまでも厳しい競争がありました。助手(助教)については10年以上前から任期付きとする制度が、当大学だけでなくほかの大学でも取り入れられています。従来は定年まで助手(助教)のままという例があり、これは本人にとっても大学にとっても良いことではない、という理由からです。ですから、テニュアトラック制に近い制度は、すでに実態としてかなりあったと言えます。
では、新たに始まったテニュアトラック制度が、これまでの任期付きポストと違うところは何か、ということです。それは、自立した研究ができる環境がきちんと整備されていることと、研究者・教育者としての評価基準がきちんと決められており、それに合格すればパーマネントのポストに就ける保証があることです。これまではそれらが無かったわけですね。
大学にとって、大学をより発展させる基本中の基本は人材です。とにかく少しでも優れた人材を採ることが至上命題です。その有力な手段として、テニュアトラック制を取り入れようということです。5年間での業績が評価されますが、その期間が研究者としての本当の力を見抜くのに最適な期間かどうかは必ずしもはっきりしません。しかし、10年ならよいとも言えませんから、5年くらいが適当なところでしょう。
本学は、この制度が始まった2006年に採択された9つの大学の一つですが、22人のテニュアトラック教員を初年度一斉に公募によって選び、准教授として採用しました。うち外国人が3人、女性が5人います。学内から選ばれたのは3人しかいません。選考に当たっては内部と外部を区別せず平等に行いました。海外を含めさまざまなところから採用した方がこの制度の主旨に合っているわけで、自分の大学からの採用が多く、中間評価の際に問題にされた大学もあったと聞いております。テニュアトラック制の狙いは、研究者の流動性を高めることにもありますから。22人の中には他の大学で助手(助教)という安定したポストにいたにもかかわらず、自立した研究ができる任期付きのテニュアトラック教員に魅力を感じて応募して採用された人もおります。
―テニュアトラック教員に与えられる研究環境は具体的にどのようなものですか。
本学のテニュアトラック教員には、スタートアップ資金として初年度に700万円の研究資金と研究室の改修費などとして100万円、2年目からは300万円の研究資金が提供され、専用の研究スペースとして最低50平方メートルの場所が用意されます。本人の研究テーマに近い専門分野の教授を協力教員としてつけますが、いろいろな相談に乗るアドバイザー的な役割だけで、研究には口出ししません。通常の若手研究者の場合、講義の担当や学生の実習や実験の指導、学内の委員会活動などの仕事があり、研究に専念できる時間に制約があります。テニュアトラック教員の場合は、研究以外の仕事をあまりしなくてもよく、研究に専念できるのが大きな違いです。その上で、実力が認められればパーマネントのポストに就けるということですから、透明性の高い教員採用の形になったと言えます。
テニュアトラック教員に採用されると、5年間で達成する目標を自ら設定してもらいます。ただし、安易な目標にならないよう専門に近い学科の先生に妥当かどうか判断してもらい、必要があれば修正し、お互いに納得できるものにします。研究に専念とは言っても、教育者としての適正もチェックする必要がありますから、1年に1科目程度の講義も担当してもらい、本人の希望によって学生、大学院生の卒論、修論の指導もしてもらいます。学生との触れあいが苦手でトラブルになったりするようでは、教員として適格とは言えませんから。大学の教員として重要な教育能力も評価の対象となります。
(続く)
小畑秀文(こばたけ ひでふみ) 氏のプロフィール
1967年東京大学工学部卒、72年同大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学宇宙航空研究所助手(助教)、75年東京農工大学工学部助(准)教授、86年同教授。副学長、大学院生物システム応用科学研究科長などを経て、2005年から現職。専門分野はディジタル信号処理、パターン情報工学 、計測工学 。工学博士。著書に「計測・制御テクノロジーシリーズ 信号処理入門 」(共著、コロナ社)、「モルフォロジー」(コロナ社)、「音声認識のはなし」(日刊工業新聞社)など。