ハイライト

世界最強「ネオジム磁石はこうして見つけた」(佐川眞人 氏 / インターメタリックス株式会社 代表取締役社長)

2012.06.05

佐川眞人 氏 / インターメタリックス株式会社 代表取締役社長

2012年(第28回)日本国際賞・受賞記念講演(2012年4月26日)から

インターメタリックス株式会社 代表取締役社長 佐川眞人 氏
佐川眞人 氏

 ネオジム磁石は例えば、みなさんが肌身離さず持っておられる携帯電話に使われています。中に入っている超小型振動モーターには、100%ネオジム磁石が使われております。ネオジム磁石は現在最強の磁石です。計算では1グラムのネオジム磁石で1キログラムほどの鉄を持ち上げることが出来ます。そのような磁石をどのようにして見つけたのか、これからお話しします。

1. 新しい磁石を見つけるには

 まず原理的なことから。これは元素の周期表です。私たちの体を含めたあらゆる物は、この周期表に書かれている100余りの元素から出来ています。磁石の基になっているのは、元素番号26の鉄(Fe)、27番のコバルト(Co)、28番のニッケル(Ni)で、これらは「鉄属元素」(あるいは遷移元素:transitional metal)と呼ばれています。もう1つ、磁石の基になっているグループが「レア・アース」(Rare earth)と呼ばれる16種類の元素です。このうち磁石に関係の深い元素が60番目のネオジム(Nd)、62番目のサマリウム(Sm)、66番目のディスプロシウム(Dy)です。磁石を補佐する大事な役割をするのが5番目のボロン(B)。6番目のカーボン(C)も今日のお話ではよく出てきます。

 では、磁石をミクロで見ると、どんな物質なのか。磁石の元はすべて電子です。例えば、鉄族元素の周囲にネオジム磁石などの永久磁石を近づけながらグルリと回すと、いつでも鉄族元素の電子はすべて同じ磁界の方向に向いているという性質があります。強い磁石となるためには、すべての電子がつねに一定の向き(N極、S極)で、変化しないということ。つまり磁石には磁気方向の頑固さ(磁気異方性)が必要で、レアアースがその役割を果たすのです。

 分かりやすく言えば、みんなが同じ方向を向く「仲良し電子ちゃん」の中で、一定の間隔で「頑固電子ちゃん」が配置されている構造となっていることが必要です。1970年代の最強の磁石は「サマリウム・コバルト(SmCo)磁石」でした。これは鉄属元素であるコバルトの元素の間に、サマリウムが規則的な間隔で並んでいるような化合物(Sm2Co17)です。「仲良し電子ちゃん」の集団の間に、サマリウムの「頑固電子ちゃん」が並んでいる構造ですね。これに磁界をかけると、一方にN極、もう片方がS極となって方向がつねに変わらない、永久磁石となったのです。

 ところが人間の作るものには必ず欠陥があります。本来あるべき所の「頑固電子ちゃん」がなくて、空いてしまった部分が出来ます。こうした欠陥部分が出来ると、永久磁石はその部分から磁性の変化が起きて、周囲に段々と広がり、ついにはその磁石全体が磁性体ではなくなってしまいます。純粋、無垢(むく)な化合物というものはなかなか作れませんから、どうしてもこうしたことが起きてきます。この問題を解決したのが、磁石の中を「セル状構造」にすることでした。これは元の化合物に別の元素などを加えて「合金化」し、製法などの条件を工夫することでセル状構造を作ります。セル状構造というのは、小さなセル(細胞)に区分けしてやることです。セルとセルの間は別の層、非磁性体の元素による「磁気の壁」を作ってやるのです。そうすることで、例え1つのセルに欠陥があっても、隣のセルには影響しない。1個のセルはかなり小さいので、全体としては磁石の性質を維持したままとなります。こうした方法で人類は磁石を作ってきたのです。

 そのため、新しい磁石を見るけるためには、まず磁石に適したR-T(レアアース・鉄属元素)の新化合物を見つけること。そしてそれを元に、セル状構造を作るための合金組成や製法を見つけることです。こうした流れに沿って、私が新磁石を見つけ、1982年に誕生させたのがネオジム磁石です。

2.どうやってネオジム磁石を見つけたか

 私は神戸大学工学部の電気工学科を卒業後、大学院に進むときには材料科学者を志しました。今でも私は材料科学者だと思っているのですが、神戸大学大学院博士課程(1966-68年)と東北大学大学院博士課程(68-72年)では材料科学の研究室に所属し、勉強しました。研究テーマはどちらの大学院でも似たようなもので、「固体表面の性質、構造、結晶成長の電子顕微鏡による研究」でした。しかし、よい研究成果が出ず、よくできる研究者にはなれなかったのです。でも自分の所属する研究室以外の、特に基礎的な研究分野の研究室に積極的に出向いて、他の分野の勉強をして、材料科学者としての実力と感覚を身に付けたと思っています。

 博士課程を終えた後は大学に残りたかったのですが、その願いかなわず、富士通研究所の材料研究部(72-82年)に入りました。そこで会社から与えられた研究テーマが「リレーやスイッチに使う磁性材料の開発」というものでした。大学院時代にいろいろな他の分野の研究室に出入りしたと言っても、基礎的な研究であって材料など具体的な開発の研究をしている所ではありませんし、私も磁性材料の勉強をしたことはなかったのです。

 「自信がないなぁ、困ったなぁ」と思いつつも、会社から言われたのだから、やることにしました。そして入社して5年目に、私単独に与えられた研究テーマが「フライングスイッチ用サマリウム・コバルト(SmCo)磁石を開発せよ」というものでした。「フライングスイッチ」というのは、直径が1-1.5ミリメートルの極めて細いガラス管の中に小さな円柱形のSmCo磁石を入れ、外から中の鉄ニッケル合金の針金で作ったコイルに電流を流して、磁石が動くことによって電流を断続させる高性能のスイッチのことです。しかし使う回数が増えてくると磁石も壊れてくる。そこで私への研究テーマとなったのが、「何回使っても壊れないSmCo磁石を開発せよ」というものでした。

 勉強したことがないし、私1人へのテーマなので、リーダーもいないし困ったなぁと思ったのですが、やり出したらこれが面白い。自分に合っていたのだと思うのですが、それからは磁石の勉強、さらに勉強・・・と、朝から晩まで、家に帰ってからも勉強しました。全部独学です。磁石の製造の装置も、会社の遊休設備を集めてきて自分で作りました。こうしたことに、大学院時代の実力養成が生きたのです。基礎的な勉強をしていたし、いろいろな実験装置を作ることもやっていたのです。とにかく楽しくて、どんどん研究にのめり込んで行きました。

 当時の磁石研究の主流はSmCo磁石でしたし、さらに勉強し、機械的な強度を改善するためのアイディアもいくつか考えました。サンプルも作って強度や特性を測ったりしながら開発は順調に進んで行ったのです。そうした中で考えていたのは、「なぜR-Fe(レアメタル・鉄)磁石はできないのか?」ということでした。鉄の資源はコバルトよりも無尽蔵にあります。鉄はコバルトよりも電子の密度が濃く、「電子ちゃん」をたくさん持っている。いわゆる、大きな“磁石の素”を持っていたのです。ですから鉄で作ればより強力な磁石ができるはずですが、だれもやろうとしない。「コバルトでなければ磁石はできない」と、だれもが思い込んでいたのです。私は初心者ですから、いろいろなことには囚われていなかったのです。

 さらに勉強する中でヒントになったのが、1978年1月に日本金属学会が主催して東京都内で開かれたシンポジウム「希土類磁石の基礎から応用まで」でした。その時に出席された浜野正昭先生の講演は、ほとんどがR-Co系化合物の性質や状態などの金属学的な基礎的な説明をされたのですが、ほんの数分だけ、R-Fe化合物が磁石にならない理由を説明されました。つまり、「鉄と鉄の原子間距離が近すぎるので、強磁性が不安定になる」ということでした。

 それを聞いて私は、「それなら炭素(C)やボロン(B)を合金化すれば、原子間距離を広げてくれるのではないか」というアイディアを持ったのです。当時の私には、すぐに実験するという習性がありましたので、帰ってすぐにアーク溶解炉で合金を作り、磁力を計測したり、X線回析で結晶構造を解明したりしました。すると短期間で「これは何かあるぞ」と思いました。

 新磁石を見つけるには、磁石に適したR-T新化合物を見つけること、それを基にセル状構造を作るということです。これについては早く発見していました。私がヒントを得た1978年には、ネオジム(Nd)-鉄(Fe)-ボロン(B)の組み合わせが磁石として有望であることを見つけていたのです。ところがそれを他の人に説明しても、合金の粒を見せても、だれも関心を持ってくれない。それは、磁石としての構造をもっていないため、つまり磁石になっていないからでした。

 その一方で、壊れないSmCo磁石の研究についてはどんどん進み、1979年には開発目標を達成して、国際会議などで発表しました。ところが発表したら、「磁石の研究は終わりだ」と富士通研究所のトップから言われたのです。私は「新しい磁石(Nd-Fe-B磁石)の開発の糸口をつかんでいるので、何とか研究を続けたい」と言ったのですが、「ダメです。もっと富士通らしい研究をしなさい」と言われてしまいました。それは会社とすればもっともなことで、磁石ではなくてコンピューターを作る会社ですからね。結局、私も従わざるを得なかったわけです。

 こうして私の、Nd-Fe-B化合物を基にセル状構造を作り、新しいNd-Fe-B磁石を作る研究は、公式テーマとして取り上げられることなく、1980年までに修了してしまいましたが、決してあきらめていた訳ではありません。頭の中で研究を進め、時には余ったサンプルで溶かしてみたりしていました。そうしているうちに、上司との決定的な事件が起きてしまいました。ふだんからよく怒る上司で、その人にものすごい大声で怒鳴られたことを契機に私は辞表を出して、富士通研究所を退職しました。そして住友特殊金属に入社し、それからすぐの1982年5月に、住友特殊金属の実験室で、世界最強の磁気特性をもつ「ネオジム磁石(Nd-Fe-B磁石)」ができたのです。

 よく「発明は1人でできる。製品化には10人かかる。量産化には100人かかる」とも言われますが、実際に、私はネオジム磁石を1人で発明しました。製品化、量産化については住友特殊金属の仲間たちと一緒に、短期間のうちに成功させました。82年に発明し、83年から生産が始まったのですから、非常に早いです。そしてネオジム磁石は、ハードディスクのVCM(ボイスコイルモーター)の部品などの電子機器を主な用途として大歓迎を受け、生産量も年々倍増して、2000年には世界で1万トンを超えました。

3.さらなる発展を支える

 ネオジム磁石の今の、あるいはこれからの重要な用途はハイブリッド自動車や電気自動車、エアコンなどの比較的大きな発電機やモーターなどです。ハイブリッド自動車1台には1キログラムのネオジム磁石が使われますので、さらにハイブリッド自動車が作られていけば、使われるネオジム磁石も増えていきます。エネルギー消費の大きいエアコンでも、ネオジム磁石を使えばコンプレッサー部分のエネルギー効率が上がって、消費をかなり抑える効果があります。風力発電では、ネオジム磁石を発電機に使うと高効率になり、音も静かになるなど高性能になります。特にこれからのエネルギー問題では、洋上風力発電が日本の主力電力源になると考え、運動していきたいと思っています。それとエレベーターでは、モーターにネオジム磁石を使うと、あるメーカーのものでは、かなりのスペースの節約になり、電力消費も半減する効果があります。

 これらの用途が広がり、ネオジム磁石の需要が伸びていけば、生産量も2015年には1年間に10万トンに達すると予想されています。ところがこうした需要に応えるためには、レア・アースなどの資源問題を解決しておかないと実現できません。

 ネオジム磁石の「磁気特性マップ」に対応する応用について、縦軸に磁気の強さを表す「最大磁気エネルギー積」、横軸に「保磁力」に対応する耐熱温度を取り、考えてみましょう。

 MRI(磁気共鳴画像装置)やハードディスクではあまり耐熱性は必要ないので(100℃程度)、最大磁気エネルギー積が大きい、つまり磁気の強い磁石を使います。ところが、ハイブリッドカーのモーターでは、200℃に耐える磁石が必要となります。

 これに対応するネオジム(Nd-Fe-B)磁石の合金組成をみると、100℃の耐熱温度を得るには「Nd-Fe-B」の各質量%が「31-68-1」の割合でよいのですが、より高い耐熱性を得るためにディスプロシウム(Dy)を加えることが必要となり、200℃の耐熱温度を得るための組成「Nd- Dy -Fe-B」は「21-10-68-1」となります。つまり必要となるディスプロシウムの量は全体の10%、ネオジム(Nd)の半分の量です。ところが自然界では、ディスプロシウムはネオジムの10の1の量しかありません。しかも中国南部の一地域にしかない。ですからこのディスプロシウムを使わないようにしないと、ハイブリッドカーを安定して生産することはできません。ディスプロシウムを使わずに耐熱性が得られる磁石を作ることが大事な課題であり、できたらネオジムだけでこれだけの耐熱性のある磁石を作りたい、というのが目標です。

 この「低ディスプロシウム・高耐熱ネオジム磁石」の開発に、当社「インターメタリックス(株)」が2004年から取り組み、さらに京都大学の「桂ベンチャープラザ」というインキュベーション施設に入居して進めてまいりました。そこではベンチャー・キャピタルや銀行などの投資家による投資のほか、三菱商事や大同特殊鋼といった大企業からの投資もありました。それから経産省やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の国家プロジェクト(2007-2012年)として大きな予算も頂き、この研究がある程度成功しました。つまりセル構造の微細化によって、低ディスプロシウムで高耐熱化する組成や、そうした新材料を作る方法を見つけたのです。この新材料は「Intermetallics Japan(IMJ)」という会社が2013年初からの量産開始の予定で現在工場を建設中です。

4.研究者になってよかった!

 何が私を研究に駆り立てたか?——私は子どもの頃、湯川秀樹先生に憧れていました。その憧れの気持ちが、いつも私を前向きにしてくれました。研究者として駆け出しの頃、学会や研究会の会場などで私はいつも先輩研究者から軽視され、挨拶も返してくれませんでした。「今に社会のためになる研究をして、人から認められるようになるぞ!」。この強い自己顕示欲、目立ちたいという気持ちが、私を研究に駆り立てたのです。

 研究者の仕事は素晴らしい!——人の最大の喜びは社会のためになることです。研究者は頭脳活動によって研究し、研究が成功すれば社会に貢献できます。研究者は地球温暖化問題など、様々な社会的難問を研究によって解決していけます。研究者、あるいは科学者ほど素晴らしい職業はないと思っています。

 最後になりますが、大学院時代には涙を流していた私が、日本国際賞という大きな賞を頂き、ここに立っているのは不思議なことです。何が違ったのでしょう。大学院時代は基礎研究をしていました。基礎研究というのは何を明らかにしたら、どんな成果につながるのか、分からない。ところが企業の研究では、「これこれを開発しなさい」というようにターゲットがはっきりしています。これが私には合っていたのです。ターゲットがはっきりすると、解決のためにいろいろなアイディアが出てくる。それが今ある理由だと思っています。

インターメタリックス株式会社 代表取締役社長 佐川眞人 氏
佐川眞人 氏
(さがわ まさと)

佐川眞人(さがわ まさと)氏プロフィール
1943年8月3日徳島県生まれ。66年神戸大学工学部卒業。同大学院、東北大学大学院を経て、72年富士通株式会社入社。82年同社退職、住友特殊金属株式会社(現日立金属株式会社)入社。88年同社を退職し、インターメタリックス株式会社設立(京都市西京区、代表取締役社長)。世界最高性能の永久磁石「ネオジム磁石」を開発し、2012年(第28回)日本国際賞を受賞。

関連記事

ページトップへ