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地球環境イデオロギーの時代(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2009.06.26

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2009年6月22日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 今の日本そして世界にとって、最も包括的で長期にわたる未来への投資は地球環境への投資であろう。すでに世界は、資本主義や社会主義に代わる「地球環境イデオロギー」の時代に入ったと私は見ている。好むと好まざるとにかかわらずそれは各国に波及し、各国民の日常生活にまで影響を与える。

 100年に一度とされる世界の金融危機が、日本にとっては100年に一度のチャンスにもなりそうである。必ずしも日本が主体的に動いたわけではないところに不満も残るが、たとえ受け身であるにしても、それをバネにできる潜在力が日本にあることを多として、これからの動きを見ていきたい。

 チャンスの理由は以下のようである。1986年の前川リポート以来、日本の経済政策の大きな課題となってきた「内需拡大」が、かなりの規模で始まろうとしている。世界金融危機の中で日本が「応分の負担」として約束した15兆円の景気刺激策が実行されるのが第1。第2に地球温暖化ガス排出削減に向けた目標を国が定め、実施される。この動きは10年や20年で終わるものではない。輸入や途上国支援の面でも大きな経済規模に達しよう。

 これまで日本は貿易黒字を海外に貯(た)め、国内のインフラ充実は後回しになっていた。20年以上にわたり毎年約10兆円規模に及んできた黒字を、海外に投資して世界トップの海外純資産を築いた。ここから得られる所得が2007年には16兆円にも達した。その国が国内では何を達成し、世界に何をしたのだろう。

 若者たちが誇りを持てるのは、未来に向けた挑戦を始めるビジョンを持った日本の姿である。地球が直面する多くの課題の解決に向けて、途上国を資金的・技術的に支援しつつ、世界に率先して努力する日本の姿とでもいえよう。さらにその後に生まれてくる子供たちのことを思い、世界への貢献として何をしていけるかを考えるとき、日本は地球環境イデオロギー時代にこの道を受け入れることが有利でもある。それは、拡大しなければならない内需の大きさに近い努力が、環境から要求されているからだ。

 今年は幸いなことに、景気刺激策の予算の中に、未来の夢を実現するためのプロジェクトがさまざまに仕込まれることになりそうである。日本の科学技術の潜在能力の高さが、地球の夢プロジェクトを可能にすることを信じている。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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