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必要な「納得」の共有-進歩する救急医療の現場で(行岡哲男 氏 / 東京医科大学 救急医学講座 主任教授)

2009.05.13

行岡哲男 氏 / 東京医科大学 救急医学講座 主任教授

「科学技術と社会の相互作用」第2回シンポジウム(2009年4月25日、科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 主催)報告から

東京医科大学 救急医学講座 主任教授 行岡哲男 氏
行岡哲男 氏

 この国で、一年間に救急車で運ばれる方は500万人いる。そのうち、重症とされる方は全体の10分の1にあたる50万人。さらに、自宅や勤務先、路上などで急に心臓が止まる方の数が10万人、つまり1時間に12人、5分に1人の方が、この国のどこかで救急車で心臓マッサージを受けながら搬送されている。これが救命救急医療と呼ばれているもので、救命救急センターが対応している。

 一般に医療の現場では、最初に医療サイドから患者さんに説明が行われ、それに対して患者さんからの納得と合意がなされて初めて、医療行為が行われるというふうに説明される。ところが、救急医療の場合はそのほとんどの場合、傷病者は自分で病院を決めることができずに、救急車によってご本人の同意なしに搬送されている。医療側も、傷病者のご家族が到着するまで待っているわけには行かない。傷病者の方の生命が脅威にさらされている場合であればあるほど、説明と同意のプロセスがはっきりしないまま、事がどんどん先へ進んでいってしまい、結果としてご本人やご家族の方は事後的にしか説明を受けることができない。

 救急医療では、まず医療行為ありき。やらざるを得ない。その後に説明がある。患者さん本人は、行われた医療行為に対して「納得せざるを得ない」ということになってしまう。私は救急医療に携わって30年余りになるが、この間に救命医学は著しい進歩を遂げた。それにもかかわらず、事後手続きの説明の手段や方法に関しては過去30年間ほとんど変化していない。当事者間で納得を確かめ合うリソース、ここで納得というのはみなさんがハッピーで満足することではなく、たとえ「納得せざるを得ない」状態だったとしても、それに至るまでのリソースもしくはプロセスの共有が非常に少ない。

 この問題を解決するために、私は「多視点化による『共有する医療』の実現に向けた研究」のプロジェクトを立ち上げた。ここでは、全体の状況を医療関係者だけではなく、関係する当事者すべてが共有できるようにしようと考えた。産業技術総合研究所・情報技術研究部門で開発された「ユビキタスビジョン」とよばれる光学的な手法と、会話分析とよばれる社会学的な手法を組み合わせ、当事者間の「納得」の共有を試みた。

 救命救急センターで患者さんに説明しても、実際にはほとんど記憶されていない。誰が話したのかも、何を話されたのかも、ご家族の方も記憶していない。それを「こうだったでしょう」というリソースに使えるという可能性がある。消防庁との情報のやり取り、医療者だけではなく患者さんやご家族の方も含めた動線の分析、チーム医療のコミュニケーションの分析、システムを用いた情報共有プログラム、建築を含めた医療施設の設計にも反映させて、得られた成果を社会に還元させていこうと考えている。

 これまで、医療は病院の中でしか行われていなかった。ところが、最近では救急救命士の医療活動が救急現場まで拡張されるようになってきた。さらに、一般の方にも医療行為が認められるようになってきた。これは、科学が進歩してきたことの結果であると思う。AED(自動除細動器)による除細動や、アナフィラキシーショックの際のアドレナリン注射といったものだ。医療が現場にまで下りてきて、さらにこれまでもっぱら医療を受ける側だった一般の方が、突如医療をする側に回ってしまうこともある。

 社会のありようと、すべての人がハッピーに満足することの両立はありえない。けれども、みんなが納得を共有できるようなプロセスをどう考えるのかということに関しては、この研究プロジェクトを通じてお互いにインスパイアされるものが多いように感じた。

東京医科大学 救急医学講座 主任教授 行岡哲男 氏
行岡哲男 氏
(ゆきおか てつお)

行岡哲男(ゆきおか てつお)氏のプロフィール
1951年大阪生まれ。1976年東京医科大学卒業、1986年医学博士(大阪大学)。大阪大学医学部附属病院・特殊救急部、米軍陸軍・外科学研究所(実験外科部門)、杏林大学医学部救急医学を経て、2000年から現職。日本救急医学会理事、日本熱傷学会理事、米国外傷外科学会名誉会員。国際熱傷学会副会長。救急専門医指導医、日本外科学会指導医。

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