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空はどうして青いの?(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2008.09.16

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2008年9月15日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 子どもから「空はどうして青いの?」と聞かれたら、普通お父さんやお母さんは絶句してしまうだろう。こんな時、質問に答えるのではなく、質問を言い換えてみると、意外と楽しめる。

 理科の先生であろうと科学者であろうと、このような質問にはうまく答えられない方が普通だ。「なぜ」と3回続けられると、まずそれ以上は答えられない。大学の講義でもそんな時には人に問い合わせたりして、翌週答えるのが誠実な教員だ。典型的な難問には多くのQ&A本が出ているが、読んでもピンと来ない場合がしばしばだ。

 東京お台場に、日本科学未来館という博物館があり、多くの子どもたちの安全な遊び場になっている。科学や技術の過去を見せるのではなく、科学者や技術者が未来にどのような夢を持って挑戦しているのかを見せる博物館である。「毛利衛宇宙飛行士が館長さんの博物館」という方が分かりやすいだろう。

 ここには来館者に接するコミュニケーターという人たちがいる。多くは若い女性である。ある時、彼らが「空はなぜ青い?」という質問について話し合っていた。私なら「光は波で、波長は…」と説明を始めるだろう。しかしながら、小学生に波長などと言っても分からない。さて?

 一人が体験談を紹介した。彼女は逆に、子どもに問い掛けけたという。「君は何年生?」「小学校5年生」「では、お月さまに行ったら空は何色でしょう?」

 意外にも子供たちはその答えを知っていた。「お月さまでは空は真っ暗なんじゃないの」「ピンポーン! ではお空が青いのはどこでしょう?」「地球」「ピンポーン! お月さまではお空は真っ暗、それなのに地球ではお空は青いよね。地球とお月さまは何が違うんだろう?」「うーん」「地球には空気があって、お月さまには空気がないからかなぁ」「ピンポーン!」

 会話はこう締めくくられた。「空気があると空は青く見えて、空気がないと空は暗黒なのね。毛利さんが宇宙船から見た地球は『青かった』んですって。真っ暗闇の宇宙の中に青い地球がぽっかり浮かんでいるってすごいよね。地球には空気や水があって、本当に良かったね」

 私はすっかり感心してしまった。この会話で、子どもたちは「空気の存在」と「空が青い」こととの関連を印象付けられる。コミュニケーターは、空気が赤い光よりも青い光を優先的に反射することについて触れていない。しかしながら、科学は「空気があると空の色が違う」をまず第一歩として進んできた。その意味で、まさにこのコミュニケーターの接し方は「科学の進歩」の先端はどうであったかを、子どもたちとたどろうとしているように感じた。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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