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ホモ・サピエンスを自称するなら(星 元紀 氏 / 放送大学 教授)

2007.09.10

星 元紀 氏 / 放送大学 教授

シンポジウム「21世紀を豊かに生きるための科学技術の智」(2007年8月27日、日本学術会議科学力増進分科会 主催)報告から

放送大学 教授 星 元紀 氏
星 元紀 氏

 地球の重さが1人の大人程度とすると、地球上の生物すべてを合わせても、まつげ1本にも及ばないほどの重さでしかない。誠に微々たるものにしか過ぎないが、しかしその中は、数千万とも数十億ともいわれる「種」に分かれている。驚くほど多彩だ。明治神宮の森に動物がどれくらいいるか? 横浜国立大学の青木淳一教授(当時)によると片足裏の土の中だけで平均して74,810匹もの線虫がいるという。世界にいる線虫類の中で名前がついているのが1万5千種ほどであるが、名前のないのが5,000万種から1億種はいると推定されている。名前がついている、いいかえれば種として認識されているものは0.03%以下しかいないということだ。

 生物学者がこれまで命名した生物は170万種程度にすぎず、生物学者でも種のほとんど、99%は知らない。にもかかわらず「生物科学」あるいは「生命科学」が成り立つのは、生物が単系統、つまり祖先をたどればすべて共通の祖先に由来し、基本はほとんど変わらないからだ。生物は非常に多様ではあるが、一様でもあり、一様にして多様な存在である。

 生命というシステムはその始まりから現在に至るまでにさまざまな形をとりながら継続し、しかも分子から生命圏全体にいたるまで明確な階層構造を示している。生命の誕生から現在に至るまでの生命システムのありようの総体を「生命系」としてとらえる視点も重要だ。花咲き鳥歌う現在の美しい世界も、生命系の現時点におけるありようを示しているに過ぎない。ヒトの世代は、数十万しかさかのぼれなく、われわれヒトはごくごく最近になって現れた生命系の一つのありように過ぎないともいえる。

 その全くの新参者が生命圏全体に激甚な影響を与えている。例えば水と二酸化炭素から糖をつくる光合成と、光合成の結果放出される酸素を使って糖を水と二酸化炭素に分解してエネルギーを得る呼吸の仕組みによって、この両者のバランスさえ保てれば、循環可能なシステムが出来上がった。

 ところが、ヒトという異常な勢いで増殖をし続けている種の活動によって、このシステムの継続にかげりが見られ出している。ヒトはこの40年で2倍に増えたが、種の誕生以来の積算総人口の約5%が現存していると推定されている。このような状況は他に例を見ない脳の発達がもたらした知性に負うものであるが、ヒトがホモ・サピエンス(知恵のあるヒト)と自称するに真に値するものであるならば、この絶望的に困難な状況を打破できるはずである。ここに、広い意味での生命倫理、すなわち種として何が許されるかを真剣に考えなければならない理由がある。

放送大学 教授 星 元紀 氏
星 元紀 氏
(ほし もとのり)

星 元紀(ほし もとのり)氏
1940年千葉県生まれ、1963年東京大学理学部卒業、65年東京大学大学院生物科学研究科修士課程修了、東京大学教養学部助手、73年北海道大学低温科学研究所助教授、81年名古屋大学理学部助教授、85年東京工業大学理学部教授、87年東京工業大学理学部・生命理工学部教授、96年同生命理工学部長、98年同学長特別補佐兼広報室長、2000年慶應義塾大学理工学部教授、東京工業大学名誉教授、2006年放送大学教授、専門は発生・生殖生物学および糖鎖生物学、著書に「精子学」(東京大学出版会;共著)など。

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