インタビュー

第2回「地球環境生かした化学反応を」(金井 求 氏 / ERATO「金井触媒分子生命プロジェクト」研究総括、東京大学大学院 薬学研究科 教授)

2011.10.12

金井 求 氏 / ERATO「金井触媒分子生命プロジェクト」研究総括、東京大学大学院 薬学研究科 教授

「目指すは第4の治療パラダイム」

金井 求 氏
金井 求 氏

欧米の基礎研究成果を専ら利用して工業国になったと言われていた日本が、自ら新たな科学技術を生み出す創造的な研究、特に基礎的研究に国費を投入し始めたのは古いことではない。科学技術の創造的な研究を充実させ、併せて国際的な貢献も果たしていくことを目標に創造科学技術推進事業(発足当時、現「戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)」)が新設されてちょうど今年で30年になる。今年もそれぞれ挑戦的な課題解決を掲げた5つの研究プロジェクトが採択された。研究総括の強力なリーダーシップが不可欠とされるERATOの新しい研究総括に選ばれた5人のうちの1人、金井 求・東京大学大学院薬学研究科教授に「金井触媒分子生命プロジェクト」の目指すところ、挑戦的な研究課題にのぞむ思いを聞いた。

―薬学で育てられた有機化学者ということを強調されておられますが、この点についてもう少し詳しくお話しください。

これは本当に偶然のことなのです。薬学部を選んだ理由は、生物の発生や形態形成に興味があったからです。東京大学の薬学部は、薬学は総合科学だという考え方が伝統的に強いのです。すべての分野がバランスよく発展していくことで薬学全体の発展もある、という考えが脈々と受け継がれています。ですから学生が4年生になって研究室を選ぶ際、全ての研究室に必ず1人(現在は2人)の学生は配属されるというのが決まりです。ある研究室に希望者が集中したらくじ引きで決め、負けた方は希望者がいなかった研究室に回されるというのが慣例です。

私は負けた口で、たまたま有機化学の研究室に配属となりました。そこが古賀憲司先生(故人)という素晴らしい指導者がいるとてもよい研究室で、結局、有機合成を20年間続ける結果となりました。20年続けて1年前に教授になり、自分の道をあらためて選べる段階になった時、思ったのです。20年間やった有機化学を生かして、これからは初めにあこがれていた生命にもっと積極的に関わり、その分野で貢献したい、と。具体的には触媒の研究を20年間続けてきたので、さらに優れた触媒というのを突き詰めたいということです。

生命といっても、物質科学と全く切り離されたものではなくて、物質科学がシステムになってできているのが生命だと思います。物質科学からのアプローチと、それを生命に結合させたユニークな切り口というものは、有機化学の研究を続けた私のようなものにこそ適した研究であって、むしろ使命といってもよいのではないかと考えました。今回採択されたプロジェクトでは、何よりも構造が複雑なために合成が難しいという創薬のネックに挑戦します。構造が複雑な故にやらなければならないことたくさんある。そんな薬の合成を簡単にできるような触媒をつくるのが大きな目的です。

高校生や学部生などにはよく言っているのですが、私たちの目指す反応は、地球の酸化的環境を生かして、安定な分子から酸素を吸いながら炭素-炭素(C-C)結合、つまり有機分子の骨格をつくれるような触媒をつくることです。炭素と炭素をくっつけるC-C結合というのを有機合成でつくるのは難しく、鈴木章先生、根岸英一先生の業績もまさにそれを可能にするよい方法を見つけたことなのです。炭素と水素がくっついたC-Hというごく普通に存在する結合が、別々に2つあって、地球上に普通に存在する酸素分子(O2)があると、これらをうまく反応させられれば水が出ていって炭素と炭素の結合であるC-Cが残る。つまり地球環境をうまく使って、しかもその辺にある簡単な化合物から有機分子の骨格をつくりだす反応を作り出せないかが、狙いです。それこそ鈴木、根岸両先生たちによる素晴らしいカップリング反応の次の世代の反応ではないかと確信しています。

―生命体の中では行われているような反応が何より優れている、ということでしょうか。そもそも酵素がどのような形で触媒の役割を果たしているかというのは分かっているのですか。

光合成は、二酸化炭素(CO2)を吸収して酸素(02)を出しますが、逆に酸素をもらって水を出すという反応も生体内では行われています。電子移動の反応で不活性な分子を活性化するということをしているので、そういう意味では私たちの研究の狙いも生体内の反応に近いものをつくることと言ってもよいかと思います。ただし、生体内の模倣化学だとは思っていません。生体での触媒の機構を学びながら、それを人類が持っている最も強力な有機合成法であるポリマー合成の考え方を組み合わせて複雑な分子を力強く作れるようにできないか。地球上の酸化的環境の中で、酸素を吸いながら水を出して炭素-炭素(C-C)結合をつくる、あるいは炭素-酸素(C-O)結合をつくるような反応の実現を目指しています。

―同じことを狙っている人たちは他にいないのでしょうか。どこが難しいのかもう少し分かりやすく説明願います。

炭素-水素(C-H)結合を活性化するということで言えば、はっきり言って私たちは後発です。ただし、複雑な化合物の合成を簡単にできる方法を狙うというのは私たちが独自に目指していることだと思っています。そうした狙いも全て創薬という目的があるからです。

この研究の難しいところは、安定な分子を選択性を兼ね備えて活性化するということです。安定な、というのは結局、反応性がないということで、反応性がないものを活性化するために、触媒の力が決定的な役割を果たすのです。そこのために私たちはできればパラジウムとかロジウムといった、いわゆる元素戦略的にあまり適当ではない希少な原子ではなく、銅とか鉄とかニッケルなどありふれた触媒を使った切り口で反応を開発したいと思っています。専門用語になって申しわけありませんが、1電子移動を得意とする元素戦略的に有利な触媒ということです。

―希少かどうかはともかく金属が介在するのは生体内の触媒である酵素も同じですか。

酵素も2種類あって、金属が関与するものも、関与しないものもあり、アミノ酸だけというのもありますね。それで、現在の有機化学の流れとして、有機分子だけで触媒の役割を果たすという反応もすごく行われています。私はどちらということはこだわりませんが、電子移動ということに関しては、金属が関与しないとなかなかできないんじゃないかと思っています。

シトクロムp450という酵素は、炭素-水素(C-H)結合を炭素-酸素-水素(C-O-H)結合に変える水酸化酵素ですが、鉄を主要な成分として含んでいます。これまでパラジウムとかロジウムといった高価な金属は効率がいいというか、きれいに反応が進みますから、わざわざ鉄を使う必要がないというのがあるのかもしれないですね、パラジウムなどの反応はすばらしい反応だと思います。しかし、次の世代としては、反応のメカニズムを変えながら、より安価で毒性の低い金属を使う方向を目指すべきだと思います。

(続く)

金井 求 氏
(かない もとむ)
金井 求 氏
(かない もとむ)

金井 求(かない もとむ) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1989年東京大学薬学部卒、92年東京大学大学院薬学系研究科博士課程を中退し、大阪大学産業科学研究所助手。1995年に理学博士号取得。米ウィスコンシン大学博士研究員を経て97年東京大学大学院薬学系研究科助手。講師、助教授、准教授を経て2010年教授。専門分野は有機合成化学、触媒、医薬科学など。新規不斉触媒の開発、触媒を活用した効果的な合成法の開発で多くの業績があり、抗アルツハイマー病作用を有する天然物ガルスベリンAを初めて全合成したほか、抗うつ作用を有する天然物ハイパーフォリンの触媒的不斉合成も初めて成し遂げている。

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