繰り返し使える2次電池において、分子イオンであるヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)が、リチウムイオン(Li+)よりも電極内を速く移動することを産業技術総合研究所(産総研)などのチームが明らかにした。正極と負極の間を分子イオンが行き来する「分子イオン電池」であれば急速な充放電ができることを示しており、すでに普及しているリチウムイオン電池と並ぶ、新たな2次電池開発につながる可能性がある。

2次電池は充電池とも呼ばれ、リチウムイオン電池が携帯電話やパソコン、電気自動車などに広く使われている。その開発者である吉野彰氏らには2019年にノーベル化学賞が贈られた。
産総研電池技術研究部門の八尾勝研究グループ長(分子化学)は、リチウムイオン電池内に含まれているPF6-に注目。PF6-が2次電池において電気の運び手になり得ることを2015年に実証した。イオン半径が小さいLi+より溶液中での伝導度が高いことから、PF6-がLi+よりも速く電気を運べると予想したが、電極内で陽イオンと陰イオンの2つの移動速度を直接比較する方法がなかった。
同じ頃、電池に関わる別の研究をしていた佐野光上級主任研究員(分析化学)は、PF6-とLi+を別々の場所で授受できる2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンが連なる高分子材料を発見。直接比較に用いることができるのではないかと八尾研究グループ長に提案した。
実際にこの高分子材料を電極として用いると、電圧や電気の量の条件によってPF6-とLi+の片方の移動だけを計測できた。計測により、放電時の抵抗はPF6-がLi+より低く、PF6-の移動がLi+より速いことが分かった。イオン半径は単原子イオンであるLi+の方が小さいものの、表面電荷密度が高いために動きが遅くなると考えられる。

八尾研究グループ長は「リチウムイオンは有名人が単体で雑踏を歩くイメージ。ファンを引き寄せて動けなくなる。それに比べて、リンの周りにフッ素が6つついた分子イオンは、有名人の6方向についたボディーガードが周りをさばいて移動をスムーズにするイメージ」と話す。
今回電極として用いた2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンは、繰り返しの充電に耐える可能性がある。また、分子イオン電池は、原理的には熱暴走が起こらない材料で構成できる。まだ基礎研究段階だが、分子イオン電池の開発が進めば、リチウムイオン電池の普及によるレアメタル不足や発火事故を解決する糸口にもなるかもしれないという。

研究は、大阪公立大学工業高等専門学校と愛媛大学と共同で行い、欧州化学会の学術誌「ケムサスケム」電子版に7月25日掲載された。
関連リンク
- 産業技術総合研究所「二次電池の電極内で分子イオンPF6-は単原子イオンLi+よりも高速に移動する」