織田信長や足利義政などが求め、切り取ったとされる、正倉院に収蔵の「蘭奢待(らんじゃたい)」という香木の香りの成分と、木が生えていた年代が判明した。専門家が大型放射光施設「SPring-8」やガスクロマトグラフィーなど、最新の機器を用いて測定。8世紀後半~9世紀後半の樹木で、ラブダナムという植物の甘い香りをベースに、バニラなど約300種類の成分が混じったものだった。宮内庁正倉院事務所では「今回の研究成果を元に、他の香木についても調べられれば良い」としている。

奈良市にある正倉院には、奈良時代から、天皇の許可で宝物庫の扉の開閉を管理する「勅封制度(ちょくふうせいど)」の下で、多くの宝物(ほうもつ)が大切に保存されている。その中の一つである蘭奢待は、様々な権力者によって切り出された来歴がある香木で、黄熟香(おうじゅくこう)とも呼ばれる。東南アジアの山岳地帯に生える「沈香(じんこう)」という香木の一種で、重さ11.6キログラム、長さは156センチメートルある。蘭奢待という文字の中に「東大寺」という漢字が隠されており、室町時代に流行した「言葉遊び」による命名だと考えられている。

正倉院では宝物の点検・保存と記録を行っており、「香木なので香りの記録も大切。どうにかして後世に香りを伝えられないか」と、昨年からプロジェクトを開始した。正倉院事務所保存課長の中村力也さんは「蘭奢待は近づくとほんのり香りが分かる。1000年以上経っているのに、それだけ香りがするのはすごいこと。他の宝物にはにおいが残っているものはない」と話す。

調査すべき項目として、香木の年代・香りの発生源・香りの成分・どのような香りとして感じるか、を挙げた。まず、年代を放射性炭素年代測定で調べたところ、8世紀後半から9世紀後半にかけて生えていたということが分かった。蘭奢待の木の種類は日本にはないため、切られて東南アジアから船で持ち込まれたと考えられる。
次に、木のどの部分から香りが生じているかを京都大学の研究者に委嘱し、調べた。正倉院では蘭奢待の脱落した欠片を保管しているため、まず、欠片から切片を作り、顕微鏡で観察した。そして、欠片を兵庫県佐用町にある理化学研究所放射光科学研究センターが運用する「SPring-8」に持ち込み、マイクロX線CTで表面の微細な構造を撮影した。
その結果、材内師部(ざいないしぶ)といわれる、植物が二次成長する際に作られる維管束形成層から分化した組織が傷害を受け、香りの成分が合成されていた。維管束形成層は木を成長させるための分裂組織だ。

続いて、成分の解析を行った。ガスクロマトグラフィー質量分析法で詳しく見たところ、3-フェニルプロピオン酸が主たる成分だった。3-フェニルプロピオン酸は水に溶けにくく、エタノールに溶ける物質。その他に300以上の物質が検出されたため、それらを香りがあるものとないものに分けた。香り成分ではラブダナムという甘めの香りが多く検出されていた。
最後に香りを再現するため、人間の嗅覚に頼った。調香師といわれる香料を調合する専門家に協力を仰いだ。調香師に蘭奢待の香りをかいでもらい、香りを記憶してもらった。その嗅覚の記憶を元に、先ほど多く検出されたラブダナムに甘いバニラ系の香り、スパイシーなアニス系の香りなどを足していき、最終的に「令和に再現した蘭奢待の香り」ができあがった。
中村さんは「再現できるということは記録を後世に伝え、残すことができたということ。高い技術力と高精度の機器を使う体制が整っており、科学の力がすごく役に立った」と振り返った。正倉院には他にも香料となる原料が保存されており、今回の手法を応用して解析することができるかもしれないという。
この「再現した香り」は、上野の森美術館(東京都台東区)で開かれる「正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-」という特別展(9月20日~11月9日)で実際にかぐことができ、香りを紙にしみこませた「蘭奢待香りカード」(880円)をミュージアムショップでも販売する。
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