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福島原発事故についての政府事故調・最終報告書の要旨〈その10〉

2012.09.18

 「福島県災害対策本部」

  • 福島県は3月11日、県庁舎に隣接する福島県自治会館3階に、知事を本部長とする福島県災害対策本部を設置し、原発事故の対応に当たったが、県災対本部内外の連携等が十分ではなかったために、幾つかの問題が発生した。
  • そのうちの1つが、避難区域内に取り残された双葉病院の入院患者等の避難・救出における対応である。
    1. 「福島県地域防災計画」では、住民避難・安全班(避難用車両の手配などを担当)や救援班(残留患者の把握やその避難先病院の確保などを担当)などと、避難の担当部署が県災対本部内の複数の班にまたがり、かつ、その各班を統括できる班が存在しなかった。そのため、3月13日まで、いずれの班も避難区域内の入院患者を把握するのは自班の業務ではないかとの問題意識に欠け、かつ、互いに確認することもしなかった。
    2. 県災対本部は、双葉病院の入院患者の多くが寝たきり状態にあるとの情報を得ていながら、その情報を県災対本部内で共有せず、そのため14日の搬送において、寝たきり患者の輸送には適さない乗換えが必要となる車両手配をした。
    3. 県災対本部とは別に、県の保健福祉部障がい福祉課が独自に搬送先病院を手配していながら、そのことについて県災対本部と連絡を取らなかったため、搬送先は遠方の高等学校の体育館となってしまった。
    4. 14日夜、双葉病院長は、警察官と共に割山峠に退避して自衛隊の救出部隊を待っていたが、福島県警察本部から連絡を受けた県災対本部内でこの情報が共有されなかったため、同院長らは自衛隊と合流できず、15日の救出に立ち会えなかった。そのため、同日2回目の救出に当たった自衛隊は、同病院別棟に35 名の患者が残されていることに気付かず、患者はそのまま残された。
    5. 県災対本部救援班は、同病院患者の避難のオペレーションの全体を統括していたわけではなく、全体についての情報を正確に把握していないのに、断片的な情報を基に、あたかも双葉病院関係者などが陸上自衛隊の救出を待たずに現場から逃走したかのような印象を与える不適切な広報を行った。
  • 被災地からの避難・救出における今回のような事態の再発を防ぐためには、第1に、県が設置する災害対策本部の班編成を、平時の組織を単に縦割り的に寄せ集めたものでなく、対応すべき措置に応じた横断的、機能的なものにするとともに、全体を統括・調整できる仕組みを設け、かつ、各班相互の意思疎通の強化を図ること、第2に、防災計画においても、県の災害対策本部に詰める職員のみならず、必要に応じ、いつでも他の職員も災害対応に当たる全庁態勢をとることなどが必要である。
  • 原子力災害においては、その規模の大きさから、県が前面に出て対応に当たらなければならず、この点を踏まえた防災計画を策定する必要がある。

 〈原子力緊急事態宣言の発出〉

  • 原子力災害においては、事態が急速に進展することがあり得る。今回のケースにおいても、当時、特に1号機については冷却がなされておらず、事態が急速に悪化していく過程にあった。15条事態が発生した旨の報告を受けたときは、15 条事態が起きたこと自体が明らかであれば、まず宣言を発出し、事態などの詳細についての把握はその後で行うというのが原災法の趣旨にも合致すると考えられる。したがって、進行している事態や関連法令の詳細についての把握より、まず緊急事態宣言の発出を優先すべきであったと思われる。

 〈福島第一原発視察〉

  • 菅総理は、3月12日未明、当時、福島第一原発事故に関する情報が十分に入っていなかったことなどから、総理大臣秘書官らに対し、福島第一原発視察の準備を指示した。菅総理は、この視察について、枝野幸男内閣官房長官から「後に政治的批判を受ける可能性がある」旨の指摘を受けた。
  • しかし、福島第一原発の状況が十分に把握できない状況にあったことから、原子力の分野については他の閣僚よりも「土地鑑がある」と自負していた菅総理は、現地まで出向いて現地責任者である吉田昌郎福島第一原発所長と直接に話をする必要があると判断し、視察を実行した。
  • 今回のような大規模災害・事故が発生した場合において、最高指揮官としての立場にある内閣総理大臣が、長時間にわたって官邸を離れ、危険が伴う現地視察を行い、緊急対応に追われていた現地を訪れたことについては、他の代わりとなる人物を派遣して状況を確認させるなど、より問題の少ない方法によるべきではなかったのかという点で、なお疑問が残る。

 〈具体的事故対処についての官邸の関与〉

  • 菅総理は、3月12日18時過ぎ、海江田経産大臣から、その直前の同日17時55分に同大臣が発した福島第一原発1号機原子炉への海水注入命令について報告を受けた際、「炉内に海水を注入すると再臨界の可能性があるのではないか」との疑問を発し、その場に同席した班目春樹原子力安全委員会委員長がその可能性を否定しなかったことから、さらに海水注入の是非を検討させることとした。
  • その場に同席していた東京電力の武黒一郎フェローは、同日19時過ぎ、福島第一原発の吉田所長に電話し、「今官邸で検討中だから、海水注入を待ってほしい」と強く要請した。
  • 菅総理が海水注入による再臨界の可能性についての質問を発した際、その場には、班目委員長のほか、平岡英治原子力安全・保安院次長、武黒フェローなどの原子炉に関する専門的知見を有する関係者が複数いたが、その問いに対して直ちに再臨界の可能性を否定する応答を行った者はいなかった。
  • また、海水注入しないことによるリスクと海水注入による再臨界のリスクを比較衡量し、前者のリスクが明らかに大きいので直ちに海水注入すべきである、といった意見を述べた者もいなかった。
  • つまり、その場に同席した者のうち、誰一人として専門家としての役割を果たしていなかった。また、菅総理がそのような疑問を呈しただけで、安易に海水注入を中止させようとした東京電力幹部の姿勢にも問題があった。
  • この海水注入問題に関しては、淡水を注入するか海水を注入するかというような、すぐれて現場対処に関わる事柄について、そもそも官邸がどこまで関わるべきかについても検討する必要がある。
  • このような事柄は、まず、現場の状況を最も把握し、専門的・技術的知識も持ち合わせている事業者がその責任で判断すべきものであり、政府・官邸は、その対応を把握し適否についても吟味しつつも、事業者として適切な対応をとっているのであれば事業者に任せ、対応が不適切・不十分と認められる場合に限って必要な措置を講じることを命ずるべきである。
  • 当初から政府や官邸が陣頭指揮をとるような形で、現場の対応に介入することは適切ではないと言えよう。

◆ 被害の拡大防止策に関する分析

 「モニタリングの在り方」

  • オフサイトセンターにある現地対策本部を拠点としたモニタリング活動が十分に行われていなかったことから、3月16日朝、改めて、政府が中心となってモニタリング態勢の強化を図り、文部科学省、安全委員会および原災本部の役割分担を決め直した。
  • その際、各機関が実施しているモニタリングの、データの取りまとめおよび公表は文部科学省が、データの評価は安全委員会が、安全委員会が行った評価に基づく対応は原災本部が、それぞれ行うことが取り決められた。しかし、急を要する状況の中で、データ評価の範囲などについて、関係機関の間で事前に十分な調整が行われた上で取決めがなされたとは言い難い状況にあった。
  • 現地対策本部(オフサイトセンター)が機能しない事態が生ずることを想定していなかったためと考えられる。今回の事態を教訓に、モニタリング態勢整備の見直しが必要である。

 「SPEEDIの活用の在り方」

  • SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)は、原子力事故発生時、緊急時対策支援システム(ERSS)から伝送される放出源情報を前提に、周辺環境における放射線量率等を予測することができる装置である。
  • ERSSが機能しない場合のSPEEDIの活用方法についてあらかじめ検討し、その検討結果を事故対応に当たるべき関係者間で共有しておくべきであった。
  • 事故対応に当たっていた多くの者は、ERSSが機能しなくなるやSPEEDIを避難に活用する余地はないものと考えていた。環境放射線モニタリング指針には、放出源情報が得られない場合(ERSSが機能しない場合)のSPEEDIの活用方法も記載されていたが、これを避難に活用できるとのコンセンサスもなかった。
  • また、オフサイトセンターが機能しなくなった場合におけるSPEEDIの活用主体(運用及び公表の責任を負う機関)についても、明確になっていなかった。
  • SPEEDIが有効に活用されなかった大きな原因は、SPEEDIを避難に活用することはできないという認識の下、これを避難の実施に役立てるという発想を持ち合わせていなかった点にあった。
  • しかし、放出源情報が得られない状況でも、SPEEDIにより単位量放出を仮定した予測結果を得ることは可能であり、現に得ていたのであるから、仮に単位量放出予測の情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切に避難のタイミングや避難の方向を選択できた可能性があったと言えよう。
  • 3月15日中に避難を開始した南相馬市や浪江町の住民のうち、同日夕刻(15時ごろ)以降に避難を開始した住民は、その避難経路と放射性物質の飛散予測方向が重なっていた可能性がある。その時点で、SPEEDI情報に基づく避難経路や避難のタイミングに関するアドバイスをきめ細かに広報しておけば、こうした事態に陥るのを避けることは可能であった。

 「住民に対する避難指示」

  • 3月12日17時39分、福島第二原発から半径10km圏外への避難指示が発出されたが、この避難指示の必要性については若干の留保が必要である。
  • この避難指示は、同日15時36分の福島第一原発1号機における爆発を受け、官邸5階において、福島第二原発についても同様の事象が発生する可能性があるので万一の事態に備える必要があるという判断に基づいて発出されたものである。
  • しかし実際には、このころ(12日18時)、福島第二原発の各号機は、同日早朝に緊急事態宣言が発せられた時点とほぼ変わりはなかった。また、いずれの原子炉についても、水量は十分であり、炉圧やドライウェル(D/W)圧力は、急変したという事情もなく比較的安定的に推移していた。前記避難指示は、これらの福島第二原発の各号機の状況を踏まえて検討されたものではなかった。

 〈病院患者などの避難〉

  • 寝たきりの患者が多く入院していた双葉病院については、入院患者の救出が大きく遅れ、かつ、搬送先が遠方の高等学校の体育館とされるなど、不適切と言わざるを得ない事態が生じた。
  • こうした事態の再発を防ぐためには、避難を担当する自衛隊が、警察無線を有する県警に協力を求めるなどして外部との連絡体制の確保に留意する必要がある。また、言うまでもなく、人命救助に当たる者は、改めてその責任の重さを自覚し、強い責任感を持って任務に当たるべきである。

 「被ばくへの対応」

 〈警報付きポケット線量計(APD)未装着問題〉

  • 福島第一原発には、(1)柏崎刈羽原発から大量のAPDが届いているのに、充電器がないとしてそのまま放置し、充電器の取寄せも班長への報告もしていないこと、(2)四国電力から提供されたAPDについては、警報設定器がなくとも線量の測定自体は可能であるにもかかわらず、保安班班長は、警報設定器がないとして大量のAPDを返送するのみで警報設定器の取寄せをしていないこと、(3)同保安班班長は、その理由について「代表者のみがAPDを装着する運用を行うことによりAPDは足りていた」と述べるなど、法令上やむを得ない事情がある場合にのみ認められる例外的運用を原則的に許される運用と都合よく解釈し、その解消を図ろうとしていないことなどをみると、現場作業員の被ばく防止に関する東京電力社員の意識は低かった。「被ばく線量はできる限り小さくすべきである」という広く受け入れられている国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方が十分に理解されていないことをうかがわせ、東京電力における被ばく回避の放射線教育の在り方に問題があったと言わざるを得ない。

 〈国のヨウ素剤服用指示〉

  • 現地対策本部医療班は、3月13日午前、スクリーニングレベルに関する現地対策本部長指示を発出するための準備を始めた。その過程で、安全委員会は3月13日10時40分ごろ、経産省内の緊急時対応センター(ERC)に対し、「スクリーニングレベルを超えた者に対しては安定ヨウ素剤を投与すべきだ」とのコメントをFAX送信し、安全委員会からERCに派遣されていたリエゾンがこれを受け取った。しかし、リエゾンは本部長指示に盛り込むことの重要性・必要性を認識せず、コメントはERC医療班内で共有されず、検討も行われず、現地対策本部にも伝えられなかった。本部長指示の変更はできないとの連絡を受けた安全委員会は、「委員会はあくまでも助言機関である。助言すべき事項は既に助言した」との理由から、さらなる助言などを行わなかった。国民の安全に関わる重要な事項について、それだけの理由で、何らそれ以上のアクションを起こさなかったことは、国民の安全を所管する行政機関としての責任感に欠けていたと言わざるを得ない。

 〈県のヨウ素剤服用指示〉

  • 福島県三春町は、3月14日深夜、住民の被ばくが予想されたことから、安定ヨウ素剤の配布・服用指示を決定し、15日13時ごろ、防災無線などで町民に周知を行い、町の薬剤師の立会いの下、対象者の約95%に安定ヨウ素剤を配布した。県保健福祉部地域医療課の職員は、同日夕方、三春町に対し、国からの指示がないことを理由に配布中止と回収の指示を出したが、三春町はこれに従わなかった。安定ヨウ素剤の服用についての安全委員会の意見が、前述の経緯で葬られている点を考慮すると、国からの指示がなかったからという理由で三春町の判断を不適切であったと言うことはできない。各自治体などが独自の判断で住民に服用させることができる仕組み、事前に住民に安定ヨウ素剤を配布することの是非などについて、見直すことが必要であろう。

 〈スクリーニングレベルの引上げ〉

  • 福島県は3月13日、40Bq/cm2(1万3,000cpm相当)と設定していた全身除染のスクリーニングレベルを、放射線医学の専門家らの意見を踏まえて、10万cpmに引き上げた。安全委員会は、翌14日4時30 分、ERCに対し、スクリーニングレベルを1万3,000cpmに据え置くべきであるとの助言を行った。その後19日、安全委員会はERCに対し、福島県のスクリーニングレベルを追認するように、スクリーニングレベルを10 万cpmに引き上げることを是認する助言を行い、現地対策本部長は翌20日、スクリーニングレベルを10万cpmとする指示を発出した。しかし、この指示は、1 万3,000cpm 以上10万cpm 未満の者について除染を行うべきことを定めていなかったため、それまでの福島県の運用よりもより緩やかなものとなってしまった。当時は、県によるスクリーニングレベルの引上げや安全委員会の助言、それに基づく現地対策本部長の指示も必要なかった。線量などに応じたきめ細かな除染方法の策定(それを定めたマニュアルの確認)こそが必要であった。

 〈校舎・校庭などの利用基準〉

  • 文部科学省は、4月19日、学校などの校舎・校庭などの利用判断基準について、3.8μSv/h(年間にするとICRPが定める「現存被ばく状況」における参考レベルの上限値である20mSvに相当)以上の空間線量率が測定された学校などについては、校庭での活動を1日1時間程度に制限し、3.8μSv/h未満の空間線量率が測定された学校については、平常どおり利用して差し支えないとする考え方を公表した。「20mSv/年」は、校舎・校庭などの具体的な利用基準を算出するための数値であったが、文部科学省の当時の説明の仕方をみると、あたかもこの数値を校舎・校庭などの利用の基準値にしたと理解されてもやむを得ない面があり、放射線に対する強い不安を解消するものとは言い難く、かつ、リスクコミュニケーションの観点から見ても適切ではなかった。その後、文部科学省は5月12日に、より生活実態に合わせた再試算を行い、「1年間で10mSv以下」との数値を示した。我が国においては、自然放射線による被ばく量だけでも約2.1mSv/年に及んでおり、今回のような原発事故が発生していない状態での「計画被ばく状況」であれば、それに上乗せが許される線量限度は1mSv/年であるのに比して、この10mSv/年という数値は小さくない。国としては10mSv/年という数値に安心することなく、被ばく線量をできる限り低くするような方策をとるべきであった。3.8μSv/h未満の学校等についても、校庭等での活動に基準を設けるなどして、被ばく線量をより低く抑えるよう配慮するのが適当であったと思われる。

 〈緊急被ばく医療機関〉

  • 福島第一原発において事故が発生した場合の「初期被ばく医療機関」として6病院が指定されていたが、そのうち4病院は避難区域内に立地していたことから、被ばく医療機関としての機能を果たすことができなかった。「緊急被ばく医療機関」を原子力発電所周辺に集中させず、避難区域に含まれる可能性の低い地域を選定し、そこに相当数の「初期被ばく医療機関」を指定しておくとともに、「緊急被ばく医療機関」が都道府県を超えて広域的に連携する態勢を整える必要があると考えられる。

 〈放射線に関する国民の理解〉

  • 今回の事故を契機として、改めて放射線防護に万全を期する必要があることが再確認されたが、他方で、放射線を「正しく恐れる」必要性についても認識させられた。個々の国民が放射線のリスクについて正確な情報に基づいて判断できるよう、すなわち、情報がないためにいたずらに不安を感じたり、逆にリスクを軽視したりすることがないよう、できる限り国民が放射線に関する知識や理解を深める機会が多く設けられる必要がある。

 「国民への情報提供に関する分析」

 〈官邸の事前了解〉

  • 3月12日、福島第一原発1号機の「炉心溶融」の可能性が中村幸一郎原子力安全・保安院審議官によって広報された。官邸に詰めていた関係者は、保安院が官邸の把握していない事実を事前告知することなく広報したとして問題視し、広報内容について官邸への事前連絡を求めた。このことが契機となって、寺坂保安院長の判断で、保安院においては、プレス発表に先立って、内容について官邸の事前了解を得ることとした。また東京電力も、13日以降、プレス発表に先立って、官邸の了解を得た上で広報することとし、これらが原因でプレス発表が遅れることがあった。広報に厳密な正確性や一元性を要求すると、その迅速性が犠牲になる場合がある。緊急性の高い情報については、各広報機関が独自の判断で広報することが必要となる場面もあり、情報の全てについて官邸の事前了解を求めることは必ずしも適切ではない。

 〈炉心溶融を積極的に否定した保安院の広報〉

  • 中村保安院審議官の「炉心溶融」発言の後、保安院広報官の一部には、「炉心溶融」に言及するのを避けるため、かなり無理のある広報をした形跡が認められる。3月14日の保安院のプレス発表において、西山英彦原子力安全・保安院付が炉心溶融の可能性を肯定し、または、炉心溶融の可能性を否定しない発言を行った際、同席した保安院職員が、西山保安院付の発言を取り消すかのように「まだ溶融とかそういう段階ではない」などと、炉心溶融の可能性を積極的に否定する趣旨の発言を行った。しかし当時、保安院内では、炉心が溶融していることはほぼ間違いないものと認識されていたか、または、少なくとも否定し難い事実として捉えられていた。この保安院職員の発言は理解に苦しむ。否定できない事実を否定することは、明らかに誤った広報と言うべきである。中央および現地の災害対策関係者や地域住民の切羽詰まった情報ニーズを誤った方向へ導く、極めて不適切なものであった。

 〈放射線の影響に関する広報〉

  • 政府は「直ちに(人体に影響を及ぼすものでない)」との表現をしばしば用いた。この表現については、「人体への影響を心配する必要はない」という意味と、反対に「直ちに人体に影響を及ぼすことはないが、長期的には人体への影響がある」という意味があり、いずれの意味で用いているのか必ずしも明らかではなかった。どちらの意味にも受け取れる表現は、緊急時における広報の在り方として避けるべきであり、リスクコミュニケーションの観点からも今後の重要な検討課題である。

 〈「不測事態シナリオの素描」の不公表問題〉

  • 3月22日、菅総理は、原子力委員会委員長である近藤駿介氏に対し、原発事故がさらに進展したと仮定した場合にどのような結果となるかを把握し、それに備えることを目的として、福島第一原発事故の最悪事態の想定とその場合の対策を検討するよう依頼した。近藤氏は、個人名で「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」を作成し、同25日、細野豪志内閣総理大臣補佐官へ提出した。細野補佐官は「素描」が示す対策についての検討を進めたが、「素描」自体を公表することはしなかった。起こった事柄を迅速・正確に公表することは、政府の重要な役割の一つである。また、最悪の事態がどのようなものになるかについてのシミュレーションを行うことも政府の重要な役割の一つである。細野補佐官が「素描」を公表しなかったことが不適切であったとまでは言えない。ただし、一般論として言えば、仮定の事実に基づくシミュレーション結果であっても、公表の必要性、シミュレーション結果に対する対策の有無、公表のタイミングを考慮し、前提条件を丁寧に説明した上で、公表するという選択肢もあり得ると考えられる。

 「国外への情報提供や諸外国などとの連携の在り方」

〈諸外国との情報共有〉

 

  • 諸外国、とりわけ日本国内に多数の市民が在住する国や近隣国に対する情報提供は、我が国の国民に対するそれと同様に極めて重要であり、迅速かつ正確な情報提供ができるよう、言語の違いにも配慮した上、積極的かつ丁寧な対応が求められる。

 〈諸外国からの支援の受入れ〉

  • 原子力災害発生時に諸外国から支援物資の提供があった場合は、できる限り早くこれを受け入れることが、国際礼譲の点からも、国内における支援物資の必要性を迅速に満たすという点からも必要である。今後は、今回のような初期段階での混乱と不適切な対応が生じないよう、支援物資の受入態勢について、担当官庁のマニュアルや原子力事業者防災業務計画などにおいて対応方法を定めておく必要がある。

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