ニュース

福島原発事故についての政府事故調・最終報告書の要旨〈その3〉

2012.09.18

《事故発生後の東京電力の対応》

◆福島原子力発電所事故対策統合本部の設置

 「設置の経緯」

  • 3月14日夜、吉田所長は、2号機の圧力容器や格納容器の破壊などにより、多数の東京電力社員や関連企業の社員に危害が生じることが懸念される事態に至っていたことから、福島第一原発には、各号機のプラント制御に必要な人員のみを残し、その余の者を福島第一原発の敷地外に退避させるべきであると考え、東京電力本店に設置された緊急時対策本部と相談し、その認識を共有した。
  • 清水正孝東京電力社長は、同日夜、吉田所長が状況次第では必要人員を残して退避することも視野に入れて現場対応に当たっていることを武藤副社長から聞かされ、同日夜から15日未明にかけて、順次、寺坂保安院長、海江田経産大臣、枝野官房長官に電話をかけ、「2号機が厳しい状況であり、今後、ますます事態が厳しくなる場合には、退避も考えている」旨報告し、その了承を求めた。この時、清水社長は「プラント制御に必要な人員を残す」旨を明示しなかった。
  • 清水社長からの電話を受け、東京電力が福島第一原発から全員撤退することを考えているものと理解した枝野官房長官、海江田経産大臣らは、協議の上、この全員撤退の申入れを受け入れた場合、福島第一原発周辺のみならず、より広い範囲の国民の生命・財産を脅かす事態に至ることから、同15日未明、その場にいた福山官房副長官、細野補佐官及び寺田補佐官に加え、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らを官邸5階の総理応接室に集め、「清水社長から、福島第一原発がプラント制御を放棄して全員撤退したいという申入れの電話があった」旨の説明を行うとともに、今後の対応について協議した。その結果、この協議においては、「プラント対応について、まだやるべきことはある」との見解で一致した。
  • この協議は、14日深夜から翌15日3時ごろにかけて行われたが、その頃の福島第一原発2号機の状況は、15日1時台から、原子炉圧力が継続的に注水可能な0.6MPa gage 台を推移するようになり、依然として危険ではあるものの、注水の可能性が全くないという状態ではなく、さらに安定的注水が可能と考えられていた「0.6MPa gage 以下」に減圧するため主蒸気逃し弁(SR弁)の開操作が試みられていた。しかし、官邸5階にいたメンバーは、このような2号機の状況や対処状況を十分把握しないまま前記協議を行っていた。
  • 枝野官房長官らは、原子炉の状態が依然として極めて危険な状態にあるとの認識の下、引き続き事故対処に当たる必要があるものの、清水社長の前記申入れを拒否することは福島第一原発の作業員を死の危険にさらすことを求めるという重い問題であり、最終判断者である菅総理の判断を仰ぐ必要があると考え、同日3時ごろ、総理執務室において、菅総理に報告した。
  • これに対し、菅総理は、東京電力が福島第一原発から全員撤退した場合、福島第一原発の各原子炉などのみならず、福島第二原発のそれも制御不能となり、その結果、大量の放射性物質が大気中に放出される事態に至る可能性があると考え、即座に「撤退は認められない」旨述べた。
  • 菅総理ら総理執務室にいたメンバーは、総理応接室に移動し、ここには、松本龍内閣府特命担当大臣(防災担当)、藤井裕久内閣官房副長官らも加わって、改めて協議を行い、全面撤退は認められないことを確認した。
  • これを受け、菅総理は、東京電力の意思を確認するため、清水社長を官邸に呼ぶよう指示した。
  • 菅総理は、この時の撤退(退避)申入れを契機として、東京電力の事故対応についての考え方に強い不信感を抱いたが、それ以前においても、東京電力から事故に関する十分な情報提供が受けられておらず、また、東京電力との間で十分な意思疎通ができていなかったことから、適切に事故対応に当たるには、東京電力本店に統合本部(後に設置された「福島原子力発電所事故対策統合本部」、以下「統合本部」)を設置し、そこに詰めて、情報収集に努めるとともに、東京電力と直接意思疎通を図ることが必須であると考え、この協議の同席者に対し、その旨述べた。
  • 菅総理は、15日4時ごろ、前記メンバーが同席する中で、官邸に到着した清水社長に対し、東京電力は福島第一原発から撤退するつもりであるのか尋ねた。清水社長は、「撤退」という言葉を聞き、菅総理が、発電所から全員が完全に引き上げてプラント制御も放棄するのかという意味で尋ねているものと理解し、「そんなことは考えていません」と明確に否定した。
  • さらに、菅総理は、政府と東京電力との間の情報共有の迅速化や意思疎通を図る一方法として、東京電力本店内に政府と東京電力が一体となった「統合本部」を設置して福島第一原発の事故の収束に向けた対応を進めていきたい旨の提案を行い、清水社長はこれを了承した。
  • 同5時30分頃、菅総理らは、東京電力本店2階の本店緊急時対策本部を訪れ、同本部にいた勝俣恒久東京電力会長、清水社長、武藤副社長その他の東京電力役員及び社員らに対し、自らを本部長とし、海江田経産大臣と清水社長を副本部長とする「統合本部」の立ち上げを宣言するとともに、「日本が潰れるかもしれない時に撤退などあり得ない。命がけで事故対処に当たられたい。撤退すれば、東京電力は必ず潰れる」旨強い口調で述べた。

 「全員撤退か一部退避かについての当委員会の認定について」

  • いわゆる東京電力の撤退問題は、原子力発電を担う事業者としての在り方にも関わる重要な問題であることから、当委員会は、東京電力のテレビ会議の録画内容を子細に分析するとともに、この経緯に関わった関係者から幅広くヒアリングを行い、事実関係の確認に努めた。
  • その結果、前記のとおり、吉田所長をはじめ福島第一原発や東京電力本店で事故対処に当たっていた関係者が、3月14日夜から翌15日にかけて検討・準備していたのは、2号機のプラントの状況如何により、各プラントの制御に必要な人員のみを残し、その余の者を福島第一原発の敷地外に退避させることであったと認められた。
  • これら関係者が、いずれもそのように供述しているだけでなく、テレビ会議においては、14日夜から翌15日3時頃までの間、同日以降も福島第一原発において事故対応を継続することを前提とする発言、例えば、福島第一原発への電気系統の専門家などの派遣要請、官邸への消防車の手配の要請、16日以降に外部電源復旧のための接続作業が可能となる見込みなどに関する発言が繰り返されていることからも、全員の撤退を考えていたと認めることはできないと判断された。
  • 他方、清水社長は、14日夜、寺坂保安院長、海江田経産大臣および枝野官房長官に対して電話をかけ、福島第一原発からの退避(撤退)について説明しているところ、海江田経産大臣及び枝野官房長官は、全員が退避(撤退)するという趣旨に受け取っており、その後、官邸においては、東京電力が福島第一原発からの全員撤退を考えていることを前提として、これに対する対応が協議されていることから、「清水社長や東京電力の一部関係者においては全面撤退をも考えていたのではないか」「清水社長は海江田経産大臣らに対してどのように説明したのか」「清水社長と官邸側との間に認識の違いが生じたとすれば、なぜ生じたのか」などについて、さらに検討する必要があると考えられる。
  • そこで、客観的な証拠といえるテレビ会議の録画内容を確認した。福島第一原発からの撤退や退避に関係する発言としては
    1. オフサイトセンターにいた小森明生常務取締役が14日19時28分ごろ、「中操に居続けることができるかどうか、どこかで判断しないとすごいことになる。退避基準の検討を進めてください」と述べ、中央制御室(中操)の作業員が同室から退避する場合もあり得ることを前提として、その退避の基準づくりについて言及している。
    2. 東京電力本店にいた東京電力の高橋明男フェローが、同19時55分ごろ、同所にいた武藤副社長に対し「武藤さん、これ、全員のサイトからの避難ってのは何時ごろになるんですかね」と話をし、また、同20時16分ごろ、会議参加者に対し、「今ね、1Fからですね、いる人たちみんな2Fのビジターホールに避難するんですよね」と発言している。
    3. 高橋フェローの前記発言の少し後の同20時20分ごろ、清水社長が「現時点でまだ最終避難を決定しているわけではないということを、まず確認してください」と発言している。
  • このうち(1)については、全員撤退を前提としたものか、一部撤退を前提としたものかは、発言自体からは判断できないものの、(2)については「全員の・・・避難」「みんな・・・避難」と述べている点で、また(3)については「最終避難」と述べている点で、福島第一原発から全員が撤退するという趣旨で発言されたのではないかとも受け取れ、清水社長や東京電力の一部関係者において全員撤退を考えていたのではないかとも考えられる。
  • しかし、その反面、前記のとおり、清水社長から14日夜に電話を受けた寺坂保安院長は、一部作業員の退避の趣旨と受け止めており、その後の官邸での議論においても、そのような理解に基づいて発言したと述べていることからすると、清水社長は、寺坂保安院長に対しては、一部の作業員を退避させたい旨を説明したと認められ、そうすると、清水社長が海江田経産大臣や枝野官房長官に対して異なる趣旨の説明をする必要はないことから、清水社長の意図としては、一部退避の趣旨での説明をしたつもりであったと考えざるを得ないという問題がある。
  • また、海江田経産大臣は、当委員会のヒアリングにおいて、「清水社長は、作業員を福島第一原発から退避させたいと話していた。その際、清水社長は『撤退』ではなく『退避』という言葉を使っていた」旨述べており、この点は清水社長の供述とも一致することから、「退避」という言葉での説明がなされたと認められるところ、一般に「退避」という言葉は一時的な避難としての意味で使われるので、仮に清水社長が全員撤退してプラントの放棄を考えていたとすれば、「退避」という言葉を使うことには不自然さが残ると言わざるを得ないという問題もある。
  • このように、清水社長が考えていたのは一部退避であったことをうかがわせる根拠も存在する上、全員撤退を考えていたのではないかと疑う根拠となり得る前記(2)および(3)についてさらに検討すると、前記(2)について、高橋フェローは、当委員会のヒアリングにおいて、「この時期は、まだまだやれることがあったので、所長を含めプラント対応していた者まで現場を離れるということは全く念頭になかった。『全員』又は『みんな』と発言しているのは、プラント対応に当たっている者以外の避難予定者について述べたものである」旨述べており、翌日以降も事故対処を継続することを前提とした発言が繰り返されていた状況などを考えると、あながち不自然とまでは言い難い。
  • また、前記(3)については、「最終」の意味が一義的に明らかとは言い難い上、清水社長自身も、当委員会のヒアリングにおいて、「当時、全員撤退という考えは全くなかった。この『最終』という発言も言葉足らずではあるが、『全員』という意味ではもちろんなく、最終的な決定には至っていないということを言おうとしてこの表現になった」旨述べており、この「最終避難」という発話のみを捉えて全員撤退の趣旨と断定することは困難と考えられる。
  • このほか、全員撤退でなければわざわざ社長自ら電話してくる必要性がなく、清水社長が海江田経産大臣や枝野官房長官に電話してきたこと自体から、全員撤退の趣旨であったと考えられるのではないかとの指摘も考えられる。実際に、複数の官邸関係者は、当委員会のヒアリングにおいて、一部作業員の退避ならわざわざ社長自ら連絡してくるはずはないので一部退避ではあり得ないと述べている。これは傾聴すべき指摘ではあるが、清水社長は、12日から13日にかけて、菅総理および枝野官房長官から、東京電力が福島第一原発に関する情報を迅速に官邸に入れていなかったことについて厳しく注意されていることから、一部退避にすぎないとしても、その判断が社会一般に与える印象・影響は小さくないことなども考慮した上、清水社長自ら主務大臣である海江田経産大臣らに直接連絡をしたとしても不自然とは言えないように思われる。
  • このように様々な観点から検討した結果、清水社長や東京電力の一部関係者において全面撤退をも考えていたのではないか、という疑問に関しては、そのように疑わせるものはあるものの、当委員会として、そのように断定することはできず、一部退避を考えていた可能性を否定することはできないとの結論に至った。
  • したがって、清水社長の説明の仕方が原因で清水社長と海江田経産大臣および枝野官房長官との間に認識の齟齬(そご)が生まれた可能性も否定できないと思われるが、具体的にどのような説明をしたのか、また、なぜ認識の違いが生じたのかについては、十分解明するに至らなかった。

《事故発生後のオフサイトセンターの対応》

◆オフサイトセンター(現地対策本部)の福島県庁への移転

  • オフサイトセンターにおいては、一部の参集要員により事故対応が行われていたが、避難範囲の拡大等に伴い物流が止まり、3月13日ごろから、避難区域内にあったオフサイトセンターにおいても、食糧、水、燃料などが不足し始めた。
  • また、福島第一原発の事態の進展を受け、オフサイトセンター周辺および内部の放射線量も上昇し始めた。すなわち、同月12 日15 時36 分の1 号機原子炉建屋の爆発直後、オフサイトセンター周辺の線量が一時的に上昇したほか、14日11時1分の3号機原子炉建屋の爆発後は、放射性物質を遮断する空気浄化フィルターが設置されていないオフサイトセンター内の線量も上昇した。
  • こうした事態を受け、現地対策本部は、経産省内の緊急時対応センター(ERC) に置かれた原災本部事務局と協議しつつ、オフサイトセンター(現地対策本部)の移転の検討を開始し、同日夜、池田現地対策本部長は、オフサイトセンター職員に対し、移転の準備を進めるよう指示するとともに、同日22時ごろ、福島県庁への移転に備え、福島県庁に先遣隊を派遣した。
  • その頃、池田現地対策本部長らの同本部幹部は、現地対策本部の移転について、海江田経産大臣の許可を得ようとした。これに対し、海江田経産大臣は、避難区域内の住民の避難が完了するまでは現地対策本部の移転は認められないと考え、即座には了承しなかった。
  • しかし、翌15日6時ごろに発生した福島第一原発4号機方向からの衝撃音の発生などを受け、同日朝、海江田経産大臣は、現地対策本部の移転を了承し、松永和夫経済産業事務次官を介し、池田現地対策本部長にその旨を伝えた。また、その後の同9時ごろ、海江田経産大臣は、池田現地対策本部長に対し、電話で移転を認める旨伝えた。
  • 現地対策本部は、海江田経産大臣から移転に係る了承を得た以降も、オフサイトセンターと同じく大熊町内にある双葉病院に患者が残っていたことから、現地対策本部住民安全班職員数名を同病院に派遣するなどして対応に当たった。
  • しかしながら、現地対策本部は、15日11時ごろ、福島県庁への移転を開始し、同病院に派遣されていた住民安全班職員も、自衛隊による患者の搬送活動終了前の同11時30 分ごろに同病院を去った。こうして、現地対策本部の移転は、同日中に完了した。

◆原災本部長権限の現地対策本部長への一部委任

  • 原災法第20条第8項は、緊急事態応急対策を的確かつ迅速に実施するため、原災本部長がその権限の一部を現地対策本部長に委任することができる旨規定しており、政府の原子力災害対策マニュアルにおいては、安全規制担当省庁(福島第一原発事故の場合は保安院)が、権限の委任について原災本部長の決裁を受け、委任が行われた旨を告示することとされている。また、国が毎年実施する原子力総合防災訓練のシナリオにも、原災本部長の権限の一部を現地対策本部長に委任する手続が記されている。
  • 原災法上、権限の委任がない場合、現地対策本部長が行うことができる事項は、現地対策本部の事務を掌理すること(同法第17条第12項)などに限られ、特に、同法に基づく地方公共団体などに対する指示などを行うことはできない。
  • 3月11日、保安院は、福島第一原発において15条事態が発生したことを受け、原子力緊急事態宣言の公示案などと併せて、原災本部長権限の現地対策本部長への一部委任に関する告示案を作成していた。同日17 時42分ごろ、海江田経産大臣は、官邸5階の総理執務室において、15条事態の発生につき菅総理に報告するとともに、原子力緊急事態宣言の発出について菅総理の了承を求めたが、その際、海江田経産大臣に同行した保安院職員は、原災本部長権限の現地対策本部長への一部委任に関する前記告示案を持参していたものの、これについて菅総理の了承を求めることはしなかった。
  • 他方、保安院は前記告示案を、内閣官房および内閣府に共有してほしい旨を記載して、内閣情報集約センターに電子メールで送付した。
  • その後、同日19時過ぎから開催された第1回原災本部会合においては、委任手続に関する言及はなく、その後も権限の委任に関する告示は行われなかった。
  • オフサイトセンターに置かれた現地対策本部は、権限の委任の有無により現地対策本部が地方公共団体に対して行うことができる措置の範囲等が異なることから、緊急時対応センター(ERC)に詰めていた保安院職員に対し、複数回にわたり政府内部での委任手続の進捗状況を確認したが、明確な回答を得られなかった。
  • そこで、現地対策本部は、ERCに置かれた原災本部事務局とも相談の上、必要な措置を漏れなく迅速に行うため、権限の委任手続が終了しているものとして、避難措置の実施などに関して種々の決定を行い、かつ、実施した。
  • なお、原災マニュアルにおいては、原災本部長権限の委任については、安全規制担当省庁(保安院)が原災本部長(内閣総理大臣)の決裁を受けた上、委任がなされた旨を告示することとされているが、保安院は、同12日以降、前記のとおり、現地対策本部から複数回にわたりこの委任手続の進捗状況の確認を受け、委任手続が終了していないことを知り得たにもかかわらず、主体的に動いて委任手続を完了させることをしなかった。また、前記電子メールを受け取った内閣官房および内閣府の職員も、保安院職員に対して、原災マニュアルの規定に従って手続を進めるよう指摘しなかった。

関連記事

ページトップへ