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科学における日米研究者の関係

掲載日:2010年10月7日

鈴木章、根岸英一両氏のノーベル賞受賞を伝える記事に、科学の分野における米国とのつながりをあらためて感じさせられた人は多いのではないだろうか。もし、両氏がパデュー大学で研究生活を送らなかったら、そこでハーバート・ブラウンというノーベル化学賞を受賞した研究者と巡りあわなかったら、などと。

毎日新聞7日朝刊記事の中に「8年前にブラウン先生が鈴木章先生とともに(ノーベル賞に)ノミネートしてくれた。それが現実になった」という根岸氏の言葉が紹介されている。同紙の別の記事は「アキラとネギシをノーベル賞にノミネート(推薦)したい」とブラウン氏が語っていたことを、鈴木氏が明らかにしたことも伝えている。このブラウン氏の言葉は、2002年にパデュー大学で開かれた氏の90歳の誕生日を祝う会で語られたという。

Wikipediaのノーベル賞という項目を開くと、国別のノーベル賞受賞者数(自然科学系3賞)の表がある。断トツの1位が米国で232人。次いで英国75人、ドイツ68人、フランス30人、スイス17人、スウェーデン16人と続き、日本はその次の7位(14人)に位置する。物理学賞受賞者の南部陽一郎 氏は米国籍なので米国の数に含めたということだろう。

化学賞の選考機関はスウェーデン王立科学アカデミーである。物理学賞の選考もこの機関だ。医学生理学賞の選考はカロリンスカ研究所が担っている。ただし、それぞれの選考委員会がその年の適任者選びを一から始めるのではなく、まず全世界から推薦を募る。その際、今年はこの分野を対象にするということを選考委員会が決めたうえで、推薦を依頼している可能性がある。

だいぶ前の話になるが、1988年のノーベル賞受賞者発表の前に、日本の科学記者仲間うちで「小柴昌俊 氏に物理学賞受賞の可能性あり」といううわさが流れた。実際に小柴氏が受賞するのはそれよりだいぶ後(2002年)である。では、その年に受賞したのはだれか。レオン・レーダーマン・フェルミ米国立加速器研究所長ら米国人3人だ。授賞理由は「ニュートリノビーム法と、ミューニュートリノの発見によるレプトンの二重構造の発見」である。小柴氏受賞の可能性は根も葉もないうわさではなく、ニュートリノで受賞者が出るということを事前に知っていた人が、新聞記者に話したと思われる。

その年の物理学賞、化学賞、医学生理学賞がどういう分野の業績に対して授与されるか。これを知る人は、選考機関から候補者推薦を依頼された人間などに限られる。

過去の物理学賞、化学賞、医学生理学賞受賞者はすべて推薦者となり、米科学アカデミー会員も毎年、推薦を依頼されるらしい。鈴木、根岸両氏の師で1979年に化学賞を受賞しているブラウン教授も毎年、化学賞の候補者を推薦していたということだろう。鈴木、根岸両氏にだけでなく、両氏を推薦するということをブラウン氏がほかの米国の親しい有力研究者たちにも伝えていたことは十分考えられる。

ブラウン氏は既に亡くなっているので、ことしの教え子2人の受賞に氏の生前の言動がどのように影響したかは分からない。ただ、米国の有力研究者にどれだけ知られているかは、一般の人間が考えるより大きなノーベル賞受賞の要因となった可能性がある。そう考えた人も多いのではないだろうか。

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