レビュー

多くの国民の支持を求めるなら

2009.11.27

 行政刷新会議の事業仕分けに対し、学術界が激しく反発している。25日、ノーベル賞受賞学者、フィールズ賞受賞学者5人が記者会見し声明を発表したのに続き、翌26日にはこの声明に名を連ねていなかった2人を含むノーベル賞受賞者6人が鳩山首相に直談判した。受賞者たちは官邸に来られなかったさらに2人を加えたノーベル賞受賞者8人連名の要望書「卓越した科学技術こそ我が国の生命線」を首相に手渡し、「新政権が高い見識に基づき、次の世代の豊かな未来への投資である科学技術に対して格別な配慮をする」よう求めた。

 この問題に関する連日の新聞報道からみるとこうした学術界の反撃が功を奏しつつあるように見える。ただし、学界、大学、研究機関などが注意しなければならないこともあるのではないだろうか。事業仕分けそのものに対する一般国民の支持は依然強いように見えるからだ。各紙の記事の中にも数は少ないとはいえそれをうかがわせるものがある。

 日経新聞は26日朝刊で「『スパコン』機に科学技術予算をメスに」という社説を掲載した。「スーパーコンピューターは気候変動の予測や自動車の設計などで欠かせない技術だ」と評価する一方、「『世界一を目指す』という文科省の説明は、「研究者にとって使いやすい装置にする発想を欠く」と批判している。競争的研究費の効果を認める一方で「8府省で44もの制度が乱立する」事実などを指摘し、「似通った事業を整理、再編し」「政府の研究開発投資の質を高めメリハリの利いた予算配分」を求めている。

 同紙は翌27日の朝刊一面コラム「春秋」でも「科学の分野はとりわけ世間の目が届きにくい。ノーベル賞の業績を聞いてぽかんとするほかない門外漢にも、税金の行方を詮索する権利はあろう」と念を押している。

 朝日新聞も27日朝刊社説に「国の基盤、ゆえに精査を」という社説を載せ、「今回の仕分けは、あまりに一方的との批判も強いが、意味もあった。一つは、予算を求める側には本来、その必要性をきちんと説明する責任があると示したことだ」と書いている。「国立大学の法人化の是非が問われ、各省ばらばらの研究費の配分態勢にも注文がついた。もっともな指摘だ」とも。

 日本のメディアはノーベル賞受賞学者に大きな敬意を払ってきている。今回も受賞者たちの動きを詳しく報道しており、結果的に学術界の肩を持つことになりそうだ。ただし、次世代スーパーコンピューター開発計画などが息を吹き返す結果になったとしてもそれで学術、科学技術に対する国民全体の確たる支持も得た、あるいは国民の科学リテラシーも相当なところにあるなどと思うのはどうだろうか。

 ノーベル賞受賞者の一人として緊急声明発表、首相への直談判と積極的に動いている野依良治 氏・理化学研究所理事長が開発実施本部長を務める渦中の次世代スーパーコンピューター開発プロジェクトは毎年、シンポジウムを開き、研究者、技術者たちへの情報共有と一般国民への説明責任を果たす努力を続けている。前者はともかく後者の効果はどうだろうか。10月7日に都内で開かれたことしのシンポジウムがどのようなものだったか、理化学研究所のホームページを開いてみた。

 シンポジウム概要報告というサイトがある。プログラムが再録されており当日の基調報告者、パネリストの一人一人にPDFマーク付き、クリックすると話した内容を見ることができるようになっている。しかし、これは講演者が当日使用したパワーポイントだ。それ以外は全体討議(パネルディスカッション)の結果が「提言」として掲載されているだけである。パワーポイントはシンポジウムの前に用意されていたもので、普通の人がこれから話の内容を十分理解することは困難ではないか。「提言」も関係者ならプロジェクトの進展で問題になっていることを推測できる内容かもしれないが、一般国民にも分かりやすいとは言えない。シンポジウムでどのようなことが議論の焦点になったか、次世代コンピューター計画が着実に進んでいるかどうかを一般国民にも納得させるような内容とは言えないのではないか。

 一般国民に対する説明責任の重要性が科学技術基本計画に盛り込まれたおかげで、各研究機関、プロジェクトに関するシンポジウムや成果報告会は一昔に比べると非常に盛んに開かれるようになっている。しかし、開催しっぱなしと言う印象のところがほとんどなのはどうしてだろうか。せっかくいろいろな人が報告や意見を述べたのに、詳しい内容がホームページなどで報告されている例があまりに少なすぎる。開催費用の一部を回すだけで、どのようなことが基調報告で話されたか、パネルディスカッションで論議されたかを詳しく丁寧にホームページに掲載することなどできるのではないか。そうすれば誰でもウェブサイトで後からプロジェクトの進捗状態や、そもそもの開発意義も知ることができる。会場に足を運んだ数百人にだけ分かってもらえればよいとでも考えているとしたら、不親切でもったいない話だ。

 行政刷新会議の事業仕分けであらためて一般国民の理解と支持の大切さに気づくくらいなら、シンポジウムや成果報告会の内容をきちんと、かつ分かりやすくホームページで報告するくらいの日ごろの努力もまた十分に払うことも考えてはどうだろうか。次世代スーパーコンピュータープロジェクトに限らず。

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