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環境・エネルギー問題に挑む冒険的なアプローチ シバニア・イーサンさん【海を越えてきた研究者たち】

2023.02.22

「京都の雰囲気が好き」というシバニア・イーサンさん
「京都の雰囲気が好き」というシバニア・イーサンさん

 特集「海を越えてきた研究者たち」の第4回は、京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点教授のシバニア・イーサンさんを紹介する。イギリスで育ち、名門大学でキャリアを重ねたシバニアさんは、環境・エネルギー問題の解決に研究者としての目標を見いだし、古都・京都で研究を展開。失敗を恐れず、常に新しい環境に飛び込み、冒険的なアプローチを続けている。同時にスタートアップ企業を立ち上げ、開発した技術の実装を目指している。

目標がなかった青年時代

 「実はサイエンスよりもアートの方が好きだったんです」と、シバニアさんは少年時代を振り返って語る。故郷はイギリスのノッティンガム。両親はスリランカからの移民で、決して裕福とはいえなかった。「それで、アートではなくお金になることをしなければと思い、サイエンスの道に進みました」

ケンブリッジ大学の卒業式でのシバニアさん(シバニアさん提供)
ケンブリッジ大学の卒業式でのシバニアさん(シバニアさん提供)

 勉学に励んだシバニアさんは、イギリス屈指の名門として知られるインペリアル・カレッジ・ロンドンの工学部化学工学科に入学。卒業後は同じく名門のケンブリッジ大学に進み、博士号を取得した。順風満帆に研究者の道を進んでいたが、青年時代はまだ何のために研究するのかわかっていなかったという。「アートに比べるとサイエンスで結果を出すのは簡単でした。でも、成績は良くても研究者としての目標はありませんでした。人生で何をすればよいのか、気づいていなかったんです」とシバニアさん。

 自らの経験から、シバニアさんはこう語る。「20代の時点では、自分が何をやりたいかわからない人がほとんどだと思います。でも、今できることを頑張ることが大切。基礎をしっかり学び、いろいろな経験を積んでいけば、やりたいことが見つかった時に、それまで蓄積したものが役立つはずです」

世界各地でキャリアを重ね、38歳で自分の道を発見

 シバニアさんが初めて日本に来たのはポスドク時代の2000年、カリフォルニア大学サンタバーバラ校での任期が終わった後のことだった。京都大学で研究することを選んだのは、未知の環境であることに魅力を感じたためだという。それまでと異なる世界にこそ、新しい可能性があることをシバニアさんは知っている。

 イギリスやアメリカでも指導者に恵まれたというシバニアさんは、日本でも恩師と出会う。高分子化学の専門家として知られる橋本竹治教授(当時)だ。「橋本先生は、私たちが悩んでいても特にプッシュしないで『自分の道を見つけてください』というスタンスでした。それも大事なことなんですね。そういう経験があるので、私も後輩が悩んでいたら忍耐強く待ってあげるようにしています」とシバニアさんは語る。

 それからテキサス大学などでキャリアを重ね、ケンブリッジ大学で自分の研究室を持った38歳の時、自分が研究者としてやるべきことに気づいたという。「これまでは机上のことばかりで、自分の知識にしかなっていない。だから、わかったことを環境やエネルギーの問題など、社会の役に立てるよう応用しようと思ったんです」とシバニアさんは振り返る。

 シバニアさんが考えたのは、高分子化合物で作られた膜を用いて物質を分離することだった。「膜にはそれぞれたくさんの孔(あな)があって、小さな分子は通し、大きな分子は通さないようにできます。ですから、膜を用いてウイルスや細菌などの有害物質を除去することで、空気や水を浄化する技術を開発できると考えました」

 2013年、シバニアさんは再び来日を決めた。「オーストラリアの大学から好条件で誘いがありましたが、欧米出身の研究者がたくさんいるところよりも、日本で文化や背景の違いを活かす方が、より成功のチャンスが大きいと考えたのです」とシバニアさん。一貫して、未知の世界でのチャレンジにこだわっているのだ。

「純粋」と「好奇心」をかけあわせ研究室を命名

 シバニアさんが再来日したきっかけは、ケンブリッジ大学の先輩の紹介で、京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の拠点長を務める北川進特別教授から、任期付きの准教授のオファーを受けたことだったという。

 3年後に教授となったシバニアさんは、自らの研究室を「Pureosity」と命名。「Pure」と「Curiosity」を合わせた造語で、シバニアさんの研究に対する姿勢を示しており、その姿勢に賛同する人々が国籍や分野を超えて集まり、1つのチームとなって環境・エネルギー問題の解決を目指している。

 2017年にはCO2を効率的に分離する、新しい高分子膜の開発を発表した。膜による二酸化炭素分離が抱えている処理速度と精度の課題をともにクリアする、画期的な材料だった。その後もPureosityは多くの成果を出しているが、基本的な姿勢に変わりはない。

シバニアさんの研究室には高分子膜を作製する装置があり、目的に応じてさまざまな分離膜が作られている
シバニアさんの研究室には高分子膜を作製する装置があり、目的に応じてさまざまな分離膜が作られている

7年かけてスタートアップ企業を設立

 シバニアさんの研究室は、実用化への道筋を担う株式会社OOYOO(ウーユー)と共同研究を行っている。「ケンブリッジ大学はスタートアップ企業を立ち上げることにとても熱心で、私も日本に来てすぐ起業を目指すことにしたんです」とシバニアさんは説明する。

 OOYOOの設立までには7年の歳月を要したが、その後は順調に成長し、1人だった社員数は3年足らずで10人になったという。

 特に力を入れているのがCO2の分離・回収だ。「私たちの技術を使えば、自社で対策ができない中小の工場でも、現実的な価格で炭素の回収ができます」とシバニアさん。既に大手化学品メーカーと共同でのプロジェクトがスタートしており、幅広いステークホルダーの、カーボンニュートラルの実現に向けてまい進している。

美しいと思ってもらうことで技術を伝える

 また、Pureosityではインクを用いない印刷技術の開発にも取り組んでいる。これは透明な素材を折り曲げたときに発生する亀裂を細かくコントロールすることによって特定の色の光を反射させるもので、コガネムシの体やクジャクの羽が発する輝きと同じ原理だ。この技術を利用すれば、例えばペットボトルの表面に直接印刷できることでパッケージのプラスチックが不要になったり、紙幣などの透かしとして使うことで偽造が防げたり、さまざまな分野で社会に貢献できる可能性がある。

 そして2019年、全ての可視光の発色に成功。成果のプレスリリースに先立って、シバニアさんたちは葛飾北斎やフェルメールの作品を再現した。これはより多くの人々に興味を持ってもらうためだ。「技術はオタクだけがわかるのではダメで、オタクじゃない人に説明する必要があります」とシバニアさんは理由を説明する。「ですから、役に立つかどうかより前に、まず美しいと思ってもらうのです」

インクを使わずにフルカラー印刷された葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(シバニアさん提供)
インクを使わずにフルカラー印刷された葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(シバニアさん提供)

 ところが、その開発の過程において、緑色で絵を再現しようとしたにもかかわらず、白くなってしまったことがあった。実験室のみんなは、「これは失敗だった」と思ったが、シバニアさんは別のことを考えた。「緑は緑色の光だけ反射しているわけですが、白だと全ての色の光が反射します。だからこの方法を応用すると、暑さを防ぐ遮熱カーテンとか、そんな使い道があるかもしれません」。このように、シバニアさんは常に新たな可能性を模索している。そして、新たな可能性を模索できるのは、長年にわたって蓄積した知識と経験があるからだという。

シバニアさんたちが作製したフェルメール「真珠の耳飾りの少女」。右は全ての色が反射する
シバニアさんたちが作製したフェルメール「真珠の耳飾りの少女」。右は全ての色が反射する

「違い」を「強み」に変え、続く挑戦

 PureosityとOOYOOにはアジア、ヨーロッパ、アジアのさまざまな国や地域から人材が集まっていて、日本人は半分くらいだという。そのため研究室での会話は日本語と英語が混在していて、シバニアさんも相手によって使い分けている。

 そんなシバニアさんだが、2000年に初めて来日した時は全く日本語がわからなかった。しかし、再度来日した2013年以降は研究室の運営や外部との折衝などで日本語が必要になり、使っているうちに身に付いていったそうだ。

 自らの経験を踏まえて、シバニアさんは「日本の研究者も若いうちから海外に行った方がいいと思います」と語る。「大切なのは言葉を身に付けることではなく、新しい世界で違う経験をすることです。そういうチャレンジをしないと、いつまでたっても自分自身が何をすべきかわからないままだと思います」

 「予測可能な成功よりも冒険的な失敗という姿勢が大切です」とシバニアさんは強調する。移民としてスリランカからイギリスに渡った両親に続き、シバニアさん自身もイギリスから遠く離れた、極東での冒険的なチャレンジを選択した。そして「違い」を「強み」に変えてきた。思いもよらぬ失敗の中に、新たな発明の種を見つけることもある。好奇心を持って未知の世界に飛び出すことが、成功への近道かもしれない。

 各地で経験を積み自分の道を見つけたシバニアさんに、もはや迷いはない。地球環境を守るのに役立つ技術を生み出すために、世界中から集まる仲間たちとともに、シバニアさんはこれからも挑戦を続けていく。

シバニアさんの研究室では、国際色豊かなメンバーが環境・エネルギー問題の解決を目指して研究に励んでいる
シバニアさんの研究室では、国際色豊かなメンバーが環境・エネルギー問題の解決を目指して研究に励んでいる
シバニア・イーサン

シバニア・イーサン

京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点教授
インペリアル・カレッジ・ロンドン工学部化学工学科卒業。ケンブリッジ大学博士課程修了。カリフォルニア大学サンタバーバラ校研究員、京都大学特別研究員、テキサス工科大学助教、リーズ大学専任講師、ケンブリッジ大学研究グループリーダー、京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点准教授を経て、2016年より現職。

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