サイエンスウィンドウ

柔らかいロボットで人と協働する社会を ホ アン ヴァンさん【海を越えてきた研究者たち】

2023.02.15

トンボにヒントを得て作られた、柔らかい素材のドローンを持つホ アン ヴァンさん
トンボにヒントを得て作られた、柔らかい素材のドローンを持つホ アン ヴァンさん

 特集「海を越えてきた研究者たち」の第3回は、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)人間情報学研究領域准教授のホ アン ヴァンさんを紹介する。ベトナムで生まれ育ち、日本のものづくりに魅せられ、日本に渡ってソフトロボットの研究開発に尽力する。ホさんが目指しているのは、人や物を傷つけない、柔らかいロボットを使った、人とロボットが協働する社会だ。

ドラえもんの道具を再現したい

 近年急速に開発が進み、製造業や物流などさまざまな分野で社会を支えているロボット。人口減少時代の到来に伴って今後さらに活躍の場を広げることが予想されているが、一方新たな課題もある。既存のロボットは金属などの硬い素材で作られていて、それゆえに人やさまざまな器具と接触した際に傷つけてしまう、あるいはロボットが破損してしまう恐れがある。

 そこで注目を集めているのが、シリコンなどの柔らかい素材を使用したロボットである。ホさんは自然界の事象をヒントにしてさまざまなソフトロボットを開発し、実用化を目指して研究に取り組んでいる。

幼い頃のホさん(ホさん提供)
幼い頃のホさん(ホさん提供)

 ホさんの出身地は、ベトナムの首都ハノイの東方に位置するハロン市。世界自然遺産に登録されているハロン湾までわずか数百メートルという場所で育ったという。国内有数の観光名所で昔から外国人観光客も多く、街にはベトナム語だけでなく英語やフランス語、中国語、日本語などさまざまな言語があふれていた。そんな環境ゆえに「小さい頃から外国語の大切さが感じられたように思います」とホさんは振り返る。

 そんなホさんが科学に関心を持ったきっかけは日本の漫画だった。「小学3年生の時に『ドラえもん』のベトナム語版が出たんです。漫画を読むのも初めてだったんですけど、それがとても面白くて、科学技術に興味を持ちました。今でも、夢はドラえもんの道具を再現することです」とのことだ。

ホさんの故郷であるハロンはベトナムの北部、中国との国境近くに位置する。ハロン湾はベトナムを代表する観光名所のひとつだ
ホさんの故郷であるハロンはベトナムの北部、中国との国境近くに位置する。ハロン湾はベトナムを代表する観光名所のひとつだ

京都でロボティクスを研究、近隣の大学生とも交流

 それから勉学に励み、ハノイ工科大学に入学。ベトナムでは有数の名門で、日本をはじめ世界各国の研究者と交流を持つことができたという。そして、指導教官が立命館大学理工学部ロボティクス学科の出身だったことから、ホさんは恩師と同じ立命館大学、大学院への進学を考えるようになった。

 学部を卒業したホさんが日本に来たのは23歳の時。ロボティクスの研究に加え、日本の文化にも関心があったことから、留学生向けのイベントに積極的に参加。京都大学や龍谷大学など近隣の大学生とも交流し、日本語のコミュニケーションの経験を積んだ。

 柔らかい素材の可能性を感じたのもこの頃だった。ロボットの指先を人間と同様にできるか考えた際に、柔軟性が大切なのではないかと思い立ったという。ただ、当時は柔らかい素材でロボットを作るという発想は浸透しておらず、具体化には至らなかった。

 博士課程修了後、1年間のポスドク生活を経て三菱電機に就職。職場ではモーターの制御に関する研究に取り組んでいたというホさんだが、このとき研修で電話やメールなど日本社会での基本的な応対を学んだことは、キャリアを積むうえで大いに役立っているという。「企業にいたのは2年だけですけど、ここで社会経験を積めたのは非常にありがたかったです」とホさんは振り返る。

動物の適応力に注目

 企業に所属していた2年間で柔らかいロボットのポテンシャルが徐々に認識されるようになり、かねてアイデアを温めていたホさんは大学に戻ることを決意。龍谷大学の助教を経て、2017年よりJAISTの准教授となった。「ここは材料が豊富ですし、今まで見たことがなかった設備もいっぱいあって、素晴らしい環境だと思いました」と語るホさんは、この環境を生かして開発を加速させていく。

 ホさんのアイデアの起点は「もし柔軟性があったら?」と考えることだという。現時点では、電池や回路に硬い素材を使うしかないので、すべてを柔らかくするのは不可能だ。しかし、少しでも柔らかくできれば、新たな機能を生み出せるのではないか。

 そのヒントを得るために、ホさんは自然の中で暮らす動物に着目した。動物は周囲の環境の変化に対し、特に考えることなく適応している。ただし、それと同じことをロボットで実現するのは容易ではない。硬い素材のロボットだと位置や力などを制御するのに途方もない量の計算が必要だ。

 しかし、素材が柔らかいと必要な計算量は格段に少なくなる。例えば、進路上に障害物があっても、それに合わせて少し変形させるだけで済むなら、避ける必要はない。柔らかくすることで耐久性が落ちることも考えられるが、モジュラー化するなどしてパーツを交換できるようにすればカバーできる。

 「柔らかいロボットが広く受け入れられるようにすることが自分の使命だと思っています」と語るホさん。そのために「まずポテンシャルをアピールして、ソフトロボットに興味を持ってもらわないといけません。そして『私たちの課題をソフトロボットで解決できますか』という問い合わせがどんどん来るようになってほしいですね。そこからいろいろと展開できるのではないでしょうか」という道筋を描いている。

安全性と信頼性が何よりも大切

 実際に外部との共同開発が進んでいるロボットもある。そのきっかけになったのが、ウナギの水中での推進力を再現したロボットだ。この技術を関節鏡に応用しようというプロジェクトが、名古屋大学医学部付属病院と共同で行われている。開発中のロボットは直径4ミリメートル。皮膚を切開して関節内に入るので、それが可能なサイズにしなければならない。

水中を進むウナギにヒントを得て作られたウナギ型ロボット
水中を進むウナギにヒントを得て作られたウナギ型ロボット

 このように医療や介護などの現場でロボットを利用する場合、何よりも大切なのは安全性と信頼性だ。それを確保するためには、人と接触してもけがをしない柔らかい素材を用いるのが良いだろう。

 また、人間の皮膚に近い機能をロボットに搭載しようという試みも進んでいる。皮膚は周りの環境を把握する触覚であると同時に、触れた相手に対して柔らかさや温かさを伝える役割も担う。その機能を持たせることができれば、ロボットの可能性は大きく広がるに違いない。「言葉でのコミュニケーションが難しい人でも、接触でセンシングしてユーザーの要望に対応するとか、さまざまな場面で役立つと思います」とホさん。

 そのほか、ドローンに使用するプロペラも柔らかい素材を使うことで安全性・信頼性の向上に結びつく。このプロペラはトンボのはねにヒントを得て作られたもので、障害物にぶつかっても変形して衝撃を吸収し、すぐに元の位置に復帰して動き続ける。また、搭載されたセンサーで障害物の情報を検知し、制御に生かせるようにもなっている。

トンボ型プロペラはさまざまな大きさのものが作られている
トンボ型プロペラはさまざまな大きさのものが作られている

日本のものづくりの良さを、世界のニーズに活かす

 ホさんの研究室にはおよそ20人の院生が在籍しているが、出身国も言語もさまざまだ。そして、各人がそれぞれのアイデアに基づいて社会の役に立つロボットの開発を目指している。皆で切磋琢磨(せっさたくま)することで多様なアイデアが生み出されるため、さまざまな部材を成型する3Dプリンターはほぼ常時稼働しているという。

「ROSEハンド」と名付けた特許申請中の包み込みロボットハンド(ホさん提供)
バラの花のように見えることから「ROSEハンド」と名付けた包み込みロボットハンド(特許申請中)。缶コーヒーを掴んだり(上)、ヌルヌルする油の中から丸いゆで卵を包み込み、持ち上げたりできる(ホさん提供)

 「ここは大学院大学で学部がないので、みんな他の大学を卒業した人です。ですから、しっかりした目的意識を持って入ってきます」とホさん。例えば、実家が農家で果樹を栽培しているという院生は、選果や収穫を行うとともにデータの収集・分析もできるロボットを世に出そうとしている。大切な商品である果物を傷つけないためには、柔らかい素材が好ましいのは言うまでもない。

 ホさんはベトナムにいた時から日本製品の良さを感じていたという。これは、改善に改善を重ねて品質を向上させていく日本のものづくりに原点がある。その日本のものづくりの良さを活かし、日本だけでなく、世界の多様なニーズに対応する製品開発が必要だとホさんは考えている。加えて「今は最新技術でも、5年から10年もすると使われなくなります。ですから考えの柔軟性が大切です」とホさんは語る。そのために大切なのは、さまざまな場所で経験を積んでさまざまな考え方に触れることだろう。

 ゆえに、研究室の院生には短期でも海外に行って研究してほしいと言っているとのこと。そして「海外で研究するのなら、現地の言葉を勉強した方がいいと思います。英語だけでも研究はできますけど、活躍したいとか文化を理解したいという思いがあるなら、勉強することをおすすめします。言語を習得できれば、世界が大きく広がりますから」とアドバイスを送る。

 柔軟な考えで、柔軟なロボットの開発を目指すホさん。その視線の先には、人とロボットがそれぞれの特長を生かしてともに活躍する未来がある。

ホさんの研究室のメンバー。出身地は日本、ベトナム、中国など多岐にわたる
ホさんの研究室のメンバー。出身地は日本、ベトナム、中国など多岐にわたる
ホ アン ヴァン

ホ アン ヴァン
北陸先端科学技術大学院大学人間情報学研究領域准教授。
ハノイ工科大学を卒業後、2007年に来日。立命館大学博士(工学)。
日本学術振興会特別研究員、三菱電機先端総合研究所研究員、龍谷大学理工学部助教を経て、2017年より現職。

関連記事

ページトップへ