海に囲まれた島国である日本は膨大な海底資源を有している。これらの資源を活用するためには海中での移動や通信をスムーズに行う必要があり、国際連携によって新たな技術の開発が進められている。本記事では、世界各地で広く学び、無線でコントロール可能な「水中ドローン」の実用化を目指す、琉球大学大学院の大城史帆さんとマーシャル諸島からの留学生ユキコ・ムラー(Yukiko K. Muller)さんのコンビに注目した。
海底に眠る資源を活用するために
大城さんとユキコさんの2人が実験を行うのは、東シナ海を臨む琉球大学瀬底研究施設。大城さんは「自分で組み立てたドローンには、とても愛着があります」と笑顔を見せる。この2人がタッグを組むようになった背景には必然性がある。
日本は太平洋に浮かぶ島国で、国土は狭く、しかもその大半は山林だ。そのため、日本人は限られた土地を活用して産業を発展させてきたが、石油などのエネルギーや鉱物はほとんど海外からの輸入に頼っている。
一方で、日本の排他的経済水域(EEZ)の面積は世界6位と非常に広大だ。そして、その底には豊富なエネルギー資源や鉱物資源が眠っていることが明らかになっている。これらの海底資源を活用できれば、エネルギー問題の改善や産業の活性化に結びつくだろう。
そのためには、海中の移動や通信が陸上と同じようにできるようになる必要がある。琉球大学工学部長の和田知久さんはアジア・太平洋の国々と連携してその技術の確立を目指しており、無線での通信を担う水中ドローンの研究開発を行っている。その現場で奮闘しているのが、大城さんとユキコさんだ。
マーシャル諸島から専門性を追求して来日
マーシャル諸島出身のユキコさんは、台湾でコンピューターサイエンスを専攻し、理学の学士号を取得。さらに専門性を追求するため、モロッコの教育プログラムに参加後、日本政府からの援助を受けて来日した。
マーシャル諸島は、ハワイとオーストラリアの中間に位置する島国だ。1200もの島々で構成され、人口はおよそ5万人と少ない。「マーシャルでは、コンピューターサイエンスを専門とする人がほとんどいませんでしたが、興味があったので学び始めました」とユキコさん。好奇心に従い行動した結果、今に至るのだと話す。
さらに、切実な理由もある。国土の97パーセントが海洋にあたり、平均海抜が6フィート(182センチ)しかないマーシャル諸島では、国を豊かにするには海底資源の活用が不可欠で、水中通信はそれを支える技術になる。ユキコさんの問題意識が和田さんたちの研究課題と一致したことから、2020年10月から博士課程に進み、大城さんと席を並べるようになった。
このプロジェクトの中で、大城さんとユキコさんは、それぞれが異なる基盤技術の研究に取り組んでいる。「今はあまり知られていない水中通信技術ですが、20年後には当たり前に使われる技術になると聞き、未来を先取りする研究に強い魅力を感じました」と話す大城さんは、音波を用いた水中通信の高度化、高速化をテーマに、学部生時代からの研究を継続している。
対するユキコさんは、コンピューターサイエンスのアプローチで、水中における測位計算のアルゴリズムを確立しようとしている。「2人の研究テーマを合わせると、まさに無線でコントロールできる水中ドローンという具合に結び付いたのです」と話す。
インドやカンボジアへ研修留学
水中ドローンの開発を視野に入れた当初、研究室にはドローンを扱うノウハウがなかった。そこで大城さんは、和田さんとともにドローン・ジャパン株式会社が企画運営する「ドローンエンジニア養成塾」に参加。ほとんどのチームが空中ドローンを扱う中、沖縄高専の学生や社会人とチームを組んで、水中で複数のドローンを同時に動かす群制御のシミュレーションなどを行ったという。その取り組みが評価され、通常は設けられていないベストチーム賞を獲得するに至った。
このように、学ぶ機会を自らつかみ取る意志は人一倍強い大城さん。その姿勢が沖縄高専や企業との協働体制の構築に寄与しているのは間違いない。インドやカンボジアへの研修留学の話が出た際にも、率先して手を挙げたという。
初めて赴いたインドでは、早口で飛び交う英語に苦戦しながらも、積極的にコミュニケーションを図ろうとする現地の学生に助けられた。「単語を話すだけでも、相手が意味をくみ取り、返事をしてくれれば会話は成り立ちます。それでいいのだと考えるようになってからは、吸収がかなり早くなりました」と大城さん。現在は、得意となった英語を活かし、留学生の世話役を任されるなど、多忙な様子だ。
その姿にユキコさんは「自分ももっと頑張らなければならない」と鼓舞されているという。一方の大城さんはこう話す。「いつも陽気なユキコですが、学習面になると違います。とことん集中し、突き詰めます。その姿勢にいつも刺激を受けています」
また、彼女たちを見守る和田さんは「誰にでも好かれる人柄が、さまざまな人や組織とのつながりを生んでいます。2人がいなければ、できないプロジェクトだと思っています」と誇らしげに語る。
現在は1台目の水中ドローンを用いて、ユキコさんの研究するプログラムと、大城さんの通信技術を組み合わせた実証実験が進もうとしている。協働する企業も、その成果を心待ちにしているという。
水中で位置情報等、音波を用いて測定
空中ドローンは無線システムを使って、衛星利用測位システム(GPS)が示す現在位置と目的地の情報を読み取るのに対して、水中ドローンは有線での航行がいまだ主流となっている。GPSは情報の伝送を電波により行うので、水中には到達できないのだ。そこで、大城さんたちは音波を用いて無線下の測位システムを新たに確立しようとしている。
「センサーを搭載した自律型無人潜水機(AUV)の研究開発も行われていますが、大型の機材が必要な高額のプロジェクトです。私たちはこれを、市販のドローンを元に作ろうとしています」と大城さんは説明。ゆくゆくは、無線コントロール下で海中や海底を探索、画像データを取得して、海上の基地局へ速やかに伝送するシステムを作りたいと展望している。
研究者を目指す女性を増やしたい
来年9月に博士課程を終え、ユキコさんは母国に帰国する予定だ。すでに、世界銀行プロジェクトへの参加が決まっているという。
男性優位が根強いマーシャル諸島で、こうした国家プロジェクトに、女性が専門のエンジニアとして配属されるケースは非常にまれだ。「まず教育を受けたいと考え続けてきました、そして私にはそのチャンスがあったのです」と話すユキコさん。母国では、女性初の博士課程修了者である前大統領のヒルダ・ハイネ(Hilda Heine)さんに続く、2人目となる貴重な人材として期待されている。
さらにユキコさんは、このような未来像を描いている。「具体的な将来計画はまだありませんが、子どもたちの教育に貢献したいと考えています。それが国づくりにつながっていくものだからです」
一方、大城さんは「私の夢は琉球大学の教員になることです」と話す。工学は女性の少ない分野だが、「出産や育児など、女性ならではの課題がある中で、女性でも博士課程に進んでアカデミックに活躍できることを示し、女性研究員を増やしていくきっかけになればと思っています」
高校時代は物理を選択していなかったという大城さんだが、難しいと考えられた工学部への入学をAO入試でクリアした。その後も、目標とする恩師との出会いや留学のチャンスをものにしながら、とことん専門性を追求し現在に至った。
その背景に並々ならぬ情熱と努力があるのは言うまでもない。修士課程でしっかりと成果を出し、優秀な成績を収めたことによって、博士課程の学費は全額免除になった。そのほか、女子大学院生対象グローバル人材育成事業によって留学費用の援助も受けることができた。
ユキコさんは「自分の守備範囲から出ることを恐れず、大変なことでも前向きな心で前進することが大切です」と話す。そして、教員となった大城さんとともに、マーシャル諸島で水中通信のビジネスを行う夢を抱いていると明かす。
多様なバックグラウンドを持ち、国家という枠組みを超えて経験を積んだ人材が集い、互いの知見やノウハウを共有できれば、研究開発は加速していくに違いない。大城さん、ユキコさん、そして彼女たちに続く若者たちが、豊かな未来への道筋を切り開いていく。
大城 史帆(おおしろ しほ)
琉球⼤学⼯学部情報⼯学科卒業。同大学院理⼯学研究科情報⼯学専攻(現 知能情報プログラム)修士課程を経て、同研究科総合知能⼯学専攻博士課程に入学。修士課程在学時より、台湾、インド、カンボジアの研修プログラムに参加。
Yukiko K. Muller(ユキコ ムラー)
マーシャル諸島出身。台湾、モロッコでコンピューターサイエンスを専攻し、学士号を取得。2020年、琉球⼤学大学院理⼯学研究科総合知能⼯学専攻博士課程に入学。
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