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イノベーション加速の原動力に<行木陽子さんインタビュー>【ダイバーシティーで目指すもの】

2022.07.27

現在は中央大学特任教授として若い世代の育成に努める行木さん。熱心な学生たちから刺激を受けることも多いという
現在は中央大学特任教授として若い世代の育成に努める行木さん。熱心な学生たちから刺激を受けることも多いという

 多様な人々が活躍できる環境をつくるダイバーシティーの推進は世界中で重要視されている。それがイノベーションを加速する大きな原動力になる。しかしながら、日本は特に女性の社会参画などで諸外国に大きく後れを取っている。企業や大学での活動を通じてダイバーシティーに取り組む行木陽子さんに、現状と改善に向けたアプローチ、科学技術との関わりなどについて伺った。

社会の変革は新たな組み合わせから

 「ダイバーシティーって、何のために必要なんでしょうね」と行木さんは切り出した。

 ダイバーシティーという英語を直訳すると「多様性」となる。すなわちダイバーシティーが実現している状態とは、年齢や性別、人種、宗教などによる差別がなく、多様な人々が共存している状態のことを指す。

 そのルーツはアメリカにあり、人種や性別による差別の解消を求める運動の高まりを受けて、1964年に公民権法が成立。翌年には米国雇用機会均等委員会(EEOC)が設置され、あらゆる人々に対し平等に雇用機会を与えることが義務付けられた。当時は差別の解消が目的だったが、やがてダイバーシティーを積極的に推進することで社会や企業がさらに発展するという考え方が浸透していく。

 「イノベーション、つまり社会の変革というのは全く新しい発想で生まれるものではなく、それまで蓄えられていた複数の知識が新たな組み合わせを形成することで起きるものだといわれています。それができる環境をつくるためには、多様性が非常に重要なんです」と行木さんは続ける。

 これから持続可能な社会を築くためには、従来の発想だけでは不十分。新たなものを創造し、社会に新たな価値を生み出すイノベーションが必要で、そこに多様性を活用しようというのが「ダイバーシティー&インクルージョン」という考え方。組織内に多様な人材を抱え、それぞれの特性を生かして組織を発展させていくというものだ。

ダイバーシティーに含まれるさまざまな要素
ダイバーシティーに含まれるさまざまな要素

日本の女性活躍促進は先進国で最下位

 日本の現状に目を向けると、世界の中で大きく後れをとっているのが、女性の活躍促進だ。世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2022」において、日本の順位は146カ国中116位(前回は156カ国中120位)と、先進国では最低となっている。

先進7カ国(G7)各国におけるジェンダー・ギャップ指数(GGI)の比較(世界経済フォーラムのデータをもとに編集部作成)
先進7カ国(G7)各国におけるジェンダー・ギャップ指数(GGI)の比較(世界経済フォーラムのデータをもとに編集部作成)

 一例として、欧米では男性も育児休暇を取得することが当然になりつつあるが、日本では制度が整っていても取得する人はようやく1割を超えたところだ。ではこの現状をどう変えていけばよいのだろうか。

育児休業取得率の推移(厚生労働省「2020(令和2)年度雇用均等基本調査」より。2011年度は岩手県、宮城県および福島県を除く全国の結果)
育児休業取得率の推移(厚生労働省「2020(令和2)年度雇用均等基本調査」より。2011年度は岩手県、宮城県および福島県を除く全国の結果)

 統計的に見ても、育休を取得した男性の方が、家庭に目を向ける人の割合が高いというデータも出ており、その経験を広く発信し、啓発していくことが大切だと行木さんは言う。

 組織内でマイノリティーの立場から発信すると、1人の意見がその属性全体の意見であると誤解されがちだ。例えば、企業の経営会議に女性が1人しかいないと、その人の発言が女性の総意であるとみなされる恐れがある。しかし、スイスのビジネススクールIMDのギンカ・トーゲル教授によると、組織内での割合が25パーセント程度なら、マイノリティーの中にもさまざまな人がいると認識されるようになり、35パーセント程度になればマイノリティーとはみなされず、属性の違いを気にしない文化が形成される傾向にあるという。

 これは女性が活躍できる環境をつくるうえで重要なポイントで、日本政府は2003年に「社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%程度にする」という目標を発表している。

障がい者向けに考えられたツールが新サービスを生む

 多様性がイノベーションの創出を後押しした事例として、もともと障がいがある人向けに考えられたツールが広く普及したケースがある。例えば、グラハム・ベルは聴覚障がい者とのコミュニケーション手段を研究している中で電話を発明した。また、聴覚障がい者のために開発された字幕は、翻訳ツールとして広く活用されている。このように、新たな視点と発想がイノベーションに結びつき、新サービスを生み出していくのだ。

アクセシビリティとイノベーション(行木さん提供の図をもとに編集部作成)
アクセシビリティとイノベーション(行木さん提供の図をもとに編集部作成)

 また、科学技術の世界では、マイノリティーが参画し、これまでマジョリティーのみを対象としていた研究開発をマイノリティーに拡大することで、新たな成果が得られることも少なくない。例えば、実験用のマウスは主にオスが使われていたため、開発される薬は女性に対する効果が低かったことがある。ところが、女性が研究に加わることによって、当たり前と思われていたことに対する疑問が提示され、問題点が明らかになった。

ジェンダード・イノベーションのさまざまな事例(行木さん提供の図をもとに編集部作成)
ジェンダード・イノベーションのさまざまな事例(行木さん提供の図をもとに編集部作成)

 他にも、女性が建設の現場に入ったことで、それまで使われていた、金属製の重い安全帯を軽量化しようという動きが出て、ハーネス製の安全帯が開発されたという事例がある。これが男性にも負荷の軽減という恩恵をもたらしたのは言うまでもない。

 また、かつて自動車の購買層は男性がほとんどだったが、現在は運転免許保持者の約45パーセントが女性で、車購入時の意思決定に女性が関与する割合も約60パーセントを占めるという。これに対応するため、開発・設計・製造などすべての工程に女性を配置し、子どもを抱っこしたまま足先で開けられるハンズフリーのドアなどファミリー層に響く商品を開発し売り上げを伸ばした事例がある。製造の現場では、女性が働きやすいよう部品棚の位置を低くする工夫をし、上背の低い男性にとっても働きやすい職場環境が実現した。「プロダクト・イノベーションだけではなく、こうしたプロセス・イノベーションが、ダイバーシティーを進める起爆剤になると思っています」と行木さんは語る。

アンコンシャスバイアスの存在を認識することが大切

 日本における女性の活躍がまだまだ不十分な背景にはアンコンシャスバイアス、すなわち知らず知らずのうちに身についた無意識の偏見があるのではないかと考えられている。

 例えば、数学や理科の先生は男性の割合が高く、それが「理数系において女性は不利」というアンコンシャスバイアスに結びつく。実際、理数教育において女性教員の指導を受けると、アンコンシャスバイアスが薄まることによって「自分は理系タイプだと思う」という女子生徒が増えるというデータがある。

理数教員の性別と女子生徒の文理傾向(令和元年版男女共同参画白書より)
理数教員の性別と女子生徒の文理傾向(令和元年版男女共同参画白書より)

 そもそも、文系・理系という区分もイノベーションを阻害しているのかもしれない。多種多様な学問を単純に二元化し、自分の適性をどちらかであると決めつける必要はない。大学では社会学を専攻し、システムエンジニアになり、それから大学院に進んで工学の修士号を取得した行木さんのように、柔軟なチャレンジによって自らの可能性を広げることができるのだから。

 アンコンシャスバイアスを払しょくするのは容易ではない。ゆえに行木さんは「アンコンシャスバイアスを持っていると自覚することが、多様性を担保する社会をつくるための第一歩だと思っています」と語る。

 ちなみに、人間がアンコンシャスバイアスを持っている以上、人間が創り出すデータを学習して成長する人工知能(AI)も、人間と同じようなバイアスを持つ可能性が高い。例えばエンジニアの採用にAIを利用して公正な選考をしようとしても、過去の採用履歴が男性に偏っているとAIはそれを学習してしまい、的確な判断をできない可能性がある。学習するデータの公平性を上げることも、今後の大きな課題となっている。

必要なのは平等ではなく公正

 行木さんはダイバーシティー&インクルージョンを実現するために必要なのは、結果の「平等」ではなく、同じ機会を与える「公正」だという。公正な機会を与えてさまざまな人を活かしていくことが重要だ。高齢者が活躍できる環境作りや若者に積極的にチャンスを与えることにも行木さんは注力している。

EQUALITY(平等)とEQUITY(公正)の違い(行木さん提供の図をもとに編集部作成)
EQUALITY(平等)とEQUITY(公正)の違い(行木さん提供の図をもとに編集部作成)

 「経験不足や失敗を恐れず、やりたいことを自由にできる環境づくりも進めていかなければならないと思います」。そのために行木さんは産学連携のさらなる進展を期待している。共同研究をするだけでなく、企業が大学と一緒になって若者を育てていくことで、若い力を生かしたイノベーションは起こりやすくなるはずだ。

 「勇気を持って、自分が快適に感じる世界から一歩出て、新たに出会った人々とコミュニケーションをとってみてください。気づきがたくさん得られ、そこからイノベーションが生まれるはずです」と行木さんはメッセージを送る。それは若者に限らず、これからの時代を生きる全ての人々にとって大切なことだろう。

 一人一人が新たな出会いを見つけ、知見を融合させていけば、社会はきっと変わるに違いない。

行木 陽子(なめき ようこ)

行木 陽子(なめき ようこ)
中央大学商学部特任教授
大学卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社し技術理事として活躍。工学修士。出産・育児や大学院進学の経験を生かし、テクノロジーを活用して多様な人々が活躍できる社会の構築を目指す。2021年より現職。

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