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Society5.0の実現を支えるIoTとは?≪原祐子さんインタビュー≫<特集 令和3年版科学技術・イノベーション白書>

2021.08.05

超小型・省電力CPUの開発に成功した東京工業大学工学院准教授の原祐子さん
超小型・省電力CPUの開発に成功した東京工業大学工学院准教授の原祐子さん

 『令和3年版科学技術・イノベーション白書』で示された、目指すべき社会「Society 5.0」。一体どんな社会であり、その実現のためには、どのような科学技術が求められるのだろう。超小型・省電力CPU(中央演算処理装置/コンピューターの頭脳)の開発に成功して世界的に注目を集めている東京工業大学工学院准教授の原祐子さんに、Society5.0はどのような社会なのか、また、研究とSociety 5.0との関わりなどについて聞いた。

わずか1ミリの超小型・省電力CPU

 Society 5.0として描かれる社会は、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題解決を両立する人間中心の社会」だ。言い換えると、コンピューターやインターネットなどの科学技術が実現したサービスをすべての人が平等に受けられて、より安全性で安心して生活が送れる社会、人によってさまざまに形が違う幸せを、誰もが実現できる社会だ。

 原さんは、誰もが公平、平等で、情報やサービスが偏らないというのがとても重要なコンセプトだととらえて研究を進めている。科学技術的にはSociety 5.0はIoT(あらゆるものがネットにつながる社会)と重なると考えている。どういうことか、原さんの研究内容とあわせてみてみよう。

 パソコンやタブレットなどの端末は、人によって動画の編集をする、インターネットの閲覧しかしないというように使い方が違う。こうした幅広い用途に対応できることを「汎用(はんよう)」という。これに対し、原さんが研究しているのは、設計の時点で何のために使われるかが決まっている「組み込み(システム)」といわれるもので、ハードウエアもソフトウエアも特定の用途にだけ絞って作り込むことで無駄を減らし、小型化や省電力化が実現できる。

 研究は超小型・省電力CPUという形で実を結び、2021年の2月に発表された。縦横わずか1ミリのCPUに約9000個の論理ゲート(電子回路の超微小な単位部品)が搭載され、約6キロバイトのメモリも載っている。しかも、このCPUはボタン電池1個で約100日も機能し続ける。省電力の面でも超優等生なのだ。

原さんが開発した超小型・省電力CPU(写真の右側にある小さな3つの四角いもの)。写真の左は外部にアクセスする配線を施したパッケージ。右はレイアウト図。全面積の半分程度しか使用していない(東京工業大学提供)

自律分散的なエッジ端末に不可欠

 こうした超小型・省電力のCPUが、なぜ求められるのだろうか。

 現在は身の回りのネットワークにつながった端末(エッジ端末)から収集されたデータは主にクラウド(離れた場所にある計算機群)に集められ、クラウド上で集中的に解析やシミュレーションが行われ、処理結果が返ってくる(クラウドコンピューティング)。情報はクラウドに集約され、エッジ端末では処理されていない。

 しかし、今後さらにIoTが進展し、さまざまなものがインターネットにつながってデータ量が膨大になると、エッジ端末が処理結果を受信するのに時間やコストがかかるため、エッジ端末またはそれに近いところでも自律分散的に情報処理するエッジコンピューティングが重要となる。

 「あくまでたとえですが、もし地震が起きたらどこまで津波がくるのかというシミュレーションなどは、クラウド上のスーパーコンピューターでないとできません。でも実際に地震が起きて津波がくるときには、みんながパニックになってネットワークが混雑するし、リアルタイムの判断が必要なのでクラウドは頼れません。そういう中でも安全に誘導できるような仕組みや技術が必要で、それはエッジ側の処理になるのです」と、原さんは防災を例にクラウドとエッジの役割について説明する。

クラウドコンピューティング(左)とエッジコンピューティングのイメージ(出典:総務省「平成の情報化に関する調査研究」〈2019年3月〉)
クラウドコンピューティング(左)とエッジコンピューティングのイメージ(出典:総務省「平成の情報化に関する調査研究」〈2019年3月〉)

 実際、エッジコンピューティングの世界市場は急速な伸びが見込まれる。これまでのエッジ端末向けのCPUは、高性能化する代わりに消費電力が上がってきているが、これからは、用途に応じて低電力・軽量でデータ処理を効率よく実現するシステム、CPUが必要だと原さんは考えている。今回、開発されたような超小型・省電力のCPUは、小型エッジ端末のIoT化には不可欠だ。

ヘルスケアはIoTの重要なサービスになる

 原さんは今回開発したCPUの主要な用途として、ヘルスケア(健康管理)を思い描いている。開発したCPUと、心拍数、血圧、脳波、筋電図などのセンサーを組み合わせ、ウエアラブルな端末に組み込む、といった用途だ。端末をいつも身に着けていれば早めに身体の異常に気づくことができる。その情報をスマートフォン経由で家族やかかりつけ医に連絡することも可能となる。

今回開発したCPUの説明をする原さん
今回開発したCPUの説明をする原さん

 「Society5.0が実現しても、誰もが気になるのは自分や家族の健康ではないでしょうか。重大な病気に気づかなかったり、住んでいる場所によって専門医にかかれず病名や原因がわからなかったり、という不安やストレスから、みんなが解放されてほしい。私自身、家族の病気が何かずっとわからずつらい思いをしました。ヘルスケアはIoTのとても重要なサービスになると考えています」(原さん)。

 しかし、解決しなければならない問題が少なからずあるという。1つはセキュリティーの問題だ。例えば、病気の兆候を示す生体データが端末から漏れ出る電磁波などから読み取られてしまうと差別や偏見につながる可能性がある。そこでセキュリティーの技術も開発し、IoTの発展を支える考えだ。

豊かな社会へ向かう半面、懸念も

 情報通信技術の研究者として原さんがイメージする、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合した社会とはどのようなものだろうか。

 原さんは、仕事の担い手が人工知能(AI)に変わり、雇用が減るという心配はあるとしつつも、大きなメリットもあるという。「マニュアル化できるような仕事は機械に置き換わり、危険な災害や遭難現場での捜索や救助、事故の多い建設現場など、AIが人手を補えば、経済面や安全面でも大きなメリットがあると思います」。その分、人はマニュアル化できない仕事、新しいものを生み出すような仕事に集中できる、豊かな社会に向かうと予想する。

 一方、自己責任化が進むことへの懸念は大きいという。「IoTが進展し、どんどん個人や特定用途向けにシステムがカスタマイズされていくと考えられます。そのときにユーザーは、どんなメリットとデメリットがあるのか、よく理解しておかなければなりません。でも、問答無用で『よく調べなかったあなたの自己責任です』と言われたらたまりませんね。デメリットが個人の責任にならないような仕組みをつくっていく必要があります」。これは科学技術だけでは解決できないところだ。先に触れたセキュリティーもそうだが、法整備も含め人文・社会科学の知見も入れて社会を見直す必要があると原さんは考えている。

いろいろなものに興味を持ってほしい

 原さんに若い人へのメッセージを聞いた。「Society 5.0は、さまざまなもの・ことが複合的に絡み合った社会です。だから、工学部だから工学だけ、ではなくて、いろいろなものに興味を持つといいですね。興味が広がり過ぎて絞りきれない人は、それを失わないようにしながら自分の中の軸を決めていけばいいと思います」

 それぞれが求める幸せを実現し、技術が人に寄り添える社会をめざして、明確なビジョンを描きながら研究開発を進める原さん。次にはどんな研究成果を発表してくれるのか、期待がふくらむ。

原祐子

原祐子(はら・ゆうこ)
東京工業大学工学院 情報通信系 准教授
2010年名古屋大学大学院情報科学研究科博士課程修了。同特別研究員、日本学術振興会特別研究員、奈良先端科学技術大学院大学助教などを経て、東京工業大学理工学研究科准教授などを経て、2016年より現職。
研究テーマは、組み込み/IoTシステムを最適・自動設計する技術。ハードウエア・ソフトウエアの両面から広く研究している。

【コラム】 未来社会、Society5.0はどんな世界?

 Society 5.0として描かれる、サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間が高度に融合した社会とは、いったいどのような社会だろうか。ここでは、防災、医療、交通を例に見てみよう。イラストで描かれたのはごく一部だ。身近な社会課題をどのように解決して、一人一人が幸せを感じる社会を作っていけるか、一緒に考えてほしい。

◆防災

Society5.0で実現される防災に関するイメージ(編集部作成)
Society5.0で実現される防災に関するイメージ(編集部作成)

 気象情報や地形、地図などの情報、過去の災害などのデータはクラウド上のスーパーコンピューターで解析され、シミュレーションにより被害を予測。気候変動の予測や原因解明にも、スーパーコンピューターが活躍する。一方、災害が起きた際には、個人の持つ端末や街の中に備えられたシステムが比較的狭い地域の情報を自律的に分析し、最適な避難時期や避難路・避難場所を示す。また、身の回りの端末とクラウドの連携により、安全で迅速な被災者救助やスムーズな救援物資の配達などが実現される。

◆医療

Society5.0で実現される医療に関するイメージ(編集部作成)
Society5.0で実現される医療に関するイメージ(編集部作成)

 病院などの医療機関で得られた検査データや個人が身に着けた端末でリアルタイムに計測されるデータ、また世界各地から届く感染症の情報などはクラウド上で解析され、病気の発見や正確な診断、最適な治療、効果的な予防に役立てられる。専門医が遠隔地の患者を診察するオンライン診療や遠隔地からの手術なども可能になる。端末がリアルタイムで検知した情報をクラウド経由で家族や医療機関にも伝えることで、人に寄り添った暖かい医療にも結びつく。

◆交通

Society5.0で実現される交通に関するイメージ(編集部作成)
Society5.0で実現される交通に関するイメージ(編集部作成)

 道路や車に設置されたカメラやセンサーで交通量や道路の状態を監視して、そのデータをクラウド上の高性能コンピューターに集約。そこに気象データなども取り込み、人工知能(AI)による総合的な解析が行われて、走行中やこれから移動する自動車やドライバーに、スムーズな移動を実現する交通情報を提供する。個々の自動車や人に装備・装着された端末は、自動運転や衝突事故防止の機能を自律的に発揮し、必要に応じてクラウド上のシステムとデータのやり取りをして、より安全・快適な移動が実現される。

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