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新種の古細菌の発見から探る「私たちはどこから来たのか?」の謎≪特集 令和2年版科学技術白書≫

2020.10.15

潜水調査船による深海探査で見つかった、新種の古細菌のCGイメージ。 ※画像提供:JAMSTEC
潜水調査船による深海探査で見つかった、新種の古細菌のCGイメージ。 ※画像提供:JAMSTEC

「私たちはどこから来たのか?」このシンプルな問いは、2020年の今もなお解明されていない。ヒトを含むすべての生命は、どのように地球に生まれてきたのか、そしてどのように進化し、繁栄を遂げてきたのか。誰しも一度は考える謎は、これまで多くの科学者たちを引きつけ、そして悩ませてきた。海洋研究開発機構(JAMSTEC)と産業技術総合研究所 (AIST)の研究グループは、深海底に眠る新種の古細菌「MK-D1」を探ることで生命の謎説きに挑んでいる。
※ 令和2年版科学技術白書のトピックとなった研究を詳しくご紹介します。

 地球上の全ての生き物は真核生物、細菌、古細菌の3種類に分けられる。この中で真核生物は、生命の設計図であるゲノムを収納する核や、エネルギーを作り出すミトコンドリアといった細胞小器官を持つ。対して、細胞小器官を持たない細菌や古細菌は、原核生物と呼ばれ、これらはヒトを含む真核生物の祖先にあたると考えられている。ちなみに教科書などでもよく出てくる「微生物」という言葉は、肉眼で見えないほど小さな生物をまとめて指す総称で、原核生物と一部の真核生物が含まれる。

 細菌と「古」細菌。文字だけ見れば、後者はいかにも古くから地球に生きる、ヒトとは異質な生物という印象を受けるかもしれない。しかし実のところ私たちとより近縁にあたるのは意外にも、古細菌の方なのだ。近年、それぞれが持つ遺伝子の内容を分析した結果、古細菌の方が細菌よりヒトと共通する部分が多いことが分かってきた。この発見からは、生物進化の重要な流れが浮かび上がる。つまり、全ての生物は最初に細菌と古細菌に分かれ、その後、古細菌から真核生物が誕生したというシナリオだ。

今回新しく発見された「MK-D1」は、我々ヒトに最も近縁な古細菌であることが分かった。
今回新しく発見された「MK-D1」は、我々ヒトに最も近縁な古細菌であることが分かった。

謎を解くカギは深海にあり

 では、古細菌は真核生物へどのようにして進化したのだろう。遺伝子が比較的似ていると言っても、古細菌と真核生物はその姿形も、生命を維持する仕組みも大きく違う。ヒトの祖先が、古細菌から真核生物に変化するその間に、一体何が起こったのだろうか。

 その謎を解くカギは、四国の南沖に位置する深い溝、いわゆる南海トラフと呼ばれる海域にある。ここの水深およそ2500メートルには、太古の地球に豊富に存在したと考えられるメタンが湧き出る場所がある。酸素が極めて少ないために、生命進化の初期に近い環境が保たれているのだ。

 JAMSTEC主任研究員の井町寛之 (いまち・ひろゆき) さんは、この地から採取される堆積物に注目した。内部を調べた結果、それまで発見されていなかった古細菌が大量に見つかったのである。ただその時点ではその古細菌について「今まで知られていない新種だということと、その分類しか分からなかった」という。

 ただ「特定の古細菌が堆積物にたくさんいることから、その古細菌が堆積物の中で何か重要な役割を担っていることが想像できました。それを培養することができれば、新たな生物学的・生態学的な発見がある、そう考えました」と、井町さんは2006年にスタートした研究をそう振り返る。こうして、深海で発見された新種の古細菌の正体を探る挑戦の日々が始まった。

古細菌を含む堆積物を深海底から採取する様子。 ※画像提供:JAMSTEC
古細菌を含む堆積物を深海底から採取する様子。 ※画像提供:JAMSTEC

未知の古細菌を培養せよ −10年を超えたミッション

 培養とは、特定の生物を人工的に生育・増殖させる技術のことだ。例えば、ある微生物の性質を調べたければ、基本的にはその微生物だけを一定数になるまで増やす必要がある。そのため、途中で別の生物が増えてきたり、目的の生物が死んだりした場合、実験は始めからやり直しとなってしまう。今回は未知の古細菌が相手ということもあって、井町さんたちの研究は、培養向けの特別な装置を開発するところからのスタートとなった。

 採取された堆積物から目的の古細菌が初めて取り出されたのは、研究の開始から5年後のこと。だが、ここで大きな難題が持ち上がる。目的の古細菌をさらに増やすために別の容器に移しかえたところ、他の微生物が増殖し、ついには全滅してしまったのだ。

 井町さんたちは培養を成功させるべく、工程にさらなる工夫を加えた。目的とする古細菌以外の微生物の増殖を抑えるため、抗生物質の種類を増やした。さらに、古細菌の増減を正確に把握するために、1カ月ごとにその数を定量PCRで測定するようにした。通常、微生物が増えた液体はだんだんと濁るため、増殖が肉眼ではっきり確認できる。ところが新しく見つかった古細菌は増殖のスピードが極端に遅く、その上限界まで増えた状態でも濁り具合は水道水程度にしかならないことが分かった。

 「微生物学では、培養した菌が増えているかは見ればすぐ分かる、というのが常識。いくら増えても肉眼で判断ができないレベルにしか変化しないというのは予想していなかったので、そこに気づけたのは大きかったです」と語る。それだけに「1カ月ごとに古細菌が増えていくデータを取れた時は、勝ったと思いましたね」

DHSリアクターとは、様々な種類の微生物を自然環境に近い条件で培養できる装置。もともとは下水を処理する技術として開発された。 ※画像提供:JAMSTEC
DHSリアクターとは、様々な種類の微生物を自然環境に近い条件で培養できる装置。もともとは下水を処理する技術として開発された。 ※画像提供:JAMSTEC

触手を持つ古細菌MK-D1

 実に足掛け12年で培養にこぎ着けた新種の古細菌には「MK-D1」という名が与えられたが、その姿はこれまで知られていた古細菌とは全く異なっていた。高性能の顕微鏡で形を詳しく観察した結果、触手のような突起を周囲に延ばす姿が捉えられたのである。一方で、多くの古細菌と同じく内部には核などはなく、その構造は比較的単純だった。このMK-D1はどのように生活しているのか、言い換えれば生きるために必要なエネルギーをどうやって作り出しているのか、そのメカニズムの解明が研究グループの次なる目標となった。

 新たな問いを解くヒントは、冒頭でも少々触れた「ゲノム」にある。そもそも「ゲノム」とは、ある生物が持つ遺伝情報すべてを指す言葉。その中で、実際に生物の体を作るのに必要な部分が「遺伝子」と呼ばれる。実際の生物では、エネルギーを作るための化学反応は複数あり、しかもそれらがいくつもつながっている場合がほとんど。従って、どの反応がどう機能しているかを知るには、ひとつひとつの遺伝子だけでなく、遺伝情報の全体であるゲノムを丸ごと調べることが必要となる。

 ここで大きな力になったのが、AIST研究員の延優 (のぶ・まさる) さんだ。学生時代に工学を学んだ経験から、単にデータを解析するだけでなく、どう反応が進むか予測するよう意識しているという延さんは、MK-D1のゲノムを見てあることに気づいたという。

 「原核生物は自分の細胞内でエネルギーを作れるよう、自己完結した反応経路を持っていることが多いんです。でも今回新しく見つかったMK-D1は、エネルギーを作るためのいろいろな反応経路を、断片的にしか持っていない。そこから、今まで知られていたものとは全く違うエネルギー獲得の戦略を持っているのでは、と予想しました」

JAMSTEC主任研究員の井町寛之さん (右) とAIST研究員の延優さん (左) ※画像提供:JAMSTEC
JAMSTEC主任研究員の井町寛之さん (右) とAIST研究員の延優さん (左) ※画像提供:JAMSTEC

「不完全な」生物の生存戦略

 延さんが言う所の「全く違うエネルギー獲得の戦略」とは、一体何なのか。古細菌を含む多くの微生物は、外部から取り込んだ栄養を分解して得たエネルギーで自分の体を作り、やがて分裂して数を増やしていく。ところが今回見つかったMK-D1は、自力でエネルギーを合成できない。つまり、自分だけでは体を作ることも、増殖することもできないというのだ。井町さんの言葉を借りれば「ここまで不完全な生き物はない」MK-D1は、どうやって生きているのだろう?

 実は、培養方法を試行錯誤する過程で、MK-D1は別種のある微生物が周囲にいる状態でよく生育することが分かっていた。そして、これら周囲の微生物の生育には、MK-D1がエネルギーを合成する時に発生する水素が必要だった。さらに、MK-D1のように酸素の少ない環境で生きる古細菌は、過剰な量の水素がある場合エネルギーをうまく作ることができない。ここで、MK-D1の生存戦略が浮かび上がってくる。つまり、水素を周囲の微生物に渡しながら、自身のエネルギー合成の一部を肩代わりしてもらっている、というのだ。

 さらに、井町さんと延さんは、この共生関係のカギとしてMK-D1が持つ「触手のような突起」に注目する。MK-D1はこの突起を使って周囲の微生物とからみ合い、物質の受け渡しを含めた相互作用を行なっているのではないかというのが、現在研究グループが立てている仮説だ。

特殊な顕微鏡で捉えられたMK-D1の姿。触手に似た長い突起を周囲に向かって伸ばしているのが分かる。 ※画像提供:JAMSTEC
特殊な顕微鏡で捉えられたMK-D1の姿。触手に似た長い突起を周囲に向かって伸ばしているのが分かる。 ※画像提供:JAMSTEC
特殊な顕微鏡で捉えられたMK-D1の姿。触手に似た長い突起を周囲に向かって伸ばしているのが分かる。 ※画像提供:JAMSTEC
特殊な顕微鏡で捉えられたMK-D1の姿。触手に似た長い突起を周囲に向かって伸ばしているのが分かる。 ※画像提供:JAMSTEC

MK-D1の発見が描く、生命進化の絵図

 さらなるゲノム解析の結果、MK-D1からはこれまで真核生物だけが持っていると思われてきた遺伝子が複数見つかった。これらの発見はMK-D1が「古細菌の中でも真核生物に最も近い生物」であることを意味する。延さんは、MK-D1に関するこれらの発見を踏まえて私たちの祖先がたどった進化の歴史を、こう推測する。

 今から27億年前、地球では酸素濃度が劇的に上昇し始めた。酸素のない環境にいた当時の生物にとって、それは自らの生存を脅かす大きな変化だった。この時、酸素のない環境に住むことを選んだものがいた一方で、酸素を使うことでより効率良くエネルギーを合成するものも現れ始めた。

 そして、私たちヒトの祖先となる古細菌は、酸素を扱える微生物と共に、酸素がある新たな世界で生き延びる道を選んだ。MK-D1が持つような突起を通して周囲の微生物と共生関係を築いた後、長い時間をかけてそれらと一体化し、最初の真核生物が誕生した。この微生物はのちに、エネルギー生産に特化した細胞小器官であるミトコンドリアに変化したと考えられている。

我々の先祖にあたる古細菌は、酸素を利用する細菌と共生関係を築きながら、真核生物へと進化していったと考えられる。
我々の先祖にあたる古細菌は、酸素を利用する細菌と共生関係を築きながら、真核生物へと進化していったと考えられる。

 今後、研究グループはMK-D1をさらに調べ、こうした生命進化の流れを、より詳しく明らかにしていきたいという。井町さんは「例えば、MK-D1の突起が本当に他の微生物を絡めとれるのかどうかは、まだ分かっていません。実際の役割を知るために、突起がどういう成分でできているか調べる研究を進めています。また、酸素の濃度を調節しながら培養した時、実際に微生物が取り込まれるかどうかを見てみるのも面白いと思います」と意気込みを語る。

 生命の起源を追い求める研究は、私たちの存在が「奇跡」とも言える幸運の積み重ねから生まれたことを改めて教えてくれる。今後、その「奇跡」の秘密が科学の目を通してどのように解き明かされていくのか、引き続き注目していきたい。

<動画>私たち真核生物はどうやって地球上に誕生したか—新しい進化説E3モデル—
※YouTubeチャンネル「JAMSTEC 海洋研究開発機構」にリンクしています。

井町寛之(いまち・ひろゆき)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員

1996年徳山工業高等専門学校土木建築工学科卒業。2003年長岡技術科学大学大学院工学研究科博士課程修了。同助手、海洋研究開発機構研究員を経て09年より現職。専門は環境微生物学。嫌気環境に生息する微生物の生態を明らかにするために、微生物ダークマターと呼ばれる難培養性微生物の培養を軸に研究を進めている。

延優(のぶ・まさる)(Masaru K. Nobu)
産業技術総合研究所(AIST)研究員

2011年米国カールトン大学卒業。13年イリノイ大学土木環境工学部修士課程、17年イリノイ大学土木環境工学部博士課程修了。17年より現職。専門は微生物学とゲノム科学。生命の設計図と生命史の記録でもあるゲノムと遺伝子から、生物が40億年辿ってきた進化の道筋解明と微生物が秘める能力の発掘・資源化を目指す。

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