「科学技術が広げる未来社会の可能性と選択肢」と題した令和2年版科学技術白書を文部科学省がまとめ、政府が16日に閣議決定した。白書は未来予測を初めて本格的に特集し、2040年の社会像を大型イラストで表現。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受け今後は「社会の形が大きく変わっていく可能性が高い」と指摘した。また「深い洞察に基づいた」科学技術の振興が求められると提起している。
コロナで「当たり前の価値が転換」
白書は2部構成。第1部の冒頭では、新型コロナウイルスを受けた政府の取り組みを説明している。今年3月の国民意識調査で、政府が感染症予測や対策のため講じるべき施策として「研究開発の推進」を挙げた人が6割超に及んだことから「感染症の研究開発に対する国民の関心は高い」とした。
感染拡大で日常生活や公共サービス、産業が打撃を受けており、社会の大きな停滞が「人々がこれまで当たり前と感じていた価値を大きく変える転機ともなっている」と記述。現行の第5期科学技術基本計画が提唱する超スマート社会「Society 5.0」の実現の加速が必要だとした。また、複雑化する諸課題を解決するため、自然科学と人文・社会科学が協働して取り組むことが重要だと訴えている。
未来予測「感染症センサー」など
文部科学省科学技術・学術政策研究所はほぼ5年ごとに科学技術予測調査を実施している。白書は昨年11月に公表した第11回調査を引用する形で「人間性の再興・再考による柔軟な社会」が実現するとした。例えば人工肉など食品の3Dプリント技術が2030年、小都市の100パーセント再生エネルギーによるスマートシティー化が33年、発話できない人や動物のポータブル会話装置が34年に、それぞれ実用化するなどとしている。
感染症や対策の関連では、遠隔治療が30年、手のひらサイズの感染症センサーが31年、遠隔地の人やロボットを操り現地の人と仕事やスポーツをする技術が33年に実用化すると予測した。
ただし、今回の予測後に生じた新型コロナウイルスの拡大は、予測した技術やサービスの実現時期に「影響を与える可能性がある」と言及。関連分野の研究開発が重点的に進むなどして、技術が予測より早く実用化する可能性に含みを持たせている。
予測を基に白書に新たに盛り込まれたイラストでは、40年の社会に暮らす人々が街の随所で38の新技術やサービスを利用する様子を描いている。
延期の五輪・パラ、技術アピールの場に
開催が1年延期となった東京五輪・パラリンピックについて白書は「わが国の強みである科学技術を世界に発信する」と指摘。事例として、脱炭素社会の要として注目される水素エネルギーをアピールするため、聖火台やトーチの燃料に水素を使用することを紹介した。多言語音声翻訳技術や高性能の顔認証システムが活用される見込みであることにも触れ、25年の大阪・関西万博ではSociety 5.0を会場で体現するとした。
今回の白書では、昨年12月にノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェロー、吉野彰さんの寄稿を掲載した。吉野さんは人工知能、IoT(Internet of Things=モノのインターネット)などの新技術、新概念を採り入れた「第4次産業革命」により、人類が環境問題を清算すると強調。「真のサステイナブル(持続可能な)社会が実現するのは35年ごろだとにらんでいます」と持説を綴った。科学技術白書にノーベル賞受賞者が寄稿するのは初めてという。
政府の法整備などの取り組みについては、現行の科学技術基本法に人文科学に関連する技術やイノベーションの振興を加えた「科学技術・イノベーション基本法案」を国会に提出中であることや、来年度からの次期科学技術基本計画の策定に向けた議論の状況を説明。研究開発を後押しする仕組みとして「ムーンショット型研究開発制度」、「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」を挙げた。来館者が先端技術を身近に捉えるための日本科学未来館(東京都江東区)の展示なども取り上げた。
「多くの人が未来を考える材料に」
日本由来の地質年代名「チバニアン」の国際承認、深海底から採取した微生物「アーキア」の培養成功など、日本の科学技術の取り組みや成果を紹介するコラムも多数掲載した。
第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術の振興策をまとめている。
今回の白書について同省科学技術・学術政策局企画評価課の横井理夫(まさお)課長は「予測通りに未来に向かおうということではない。白書を通じ一人でも多くの方に関心を持って頂き、どんな社会を作るか、そのためにどんな技術が必要か考えていただくことが一番大切だ」と述べている。
関連リンク
- 文部科学省ホームページ「科学技術白書」