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世界一あたたかい地図をみんなでつくる ≪一般社団法人WheeLog代表 織田友理子さんインタビュー≫

2021.01.27

「街歩きイベントでは、健常者の参加者も車いすに乗る体験をする」(写真提供:WheeLog)
「街歩きイベントでは、健常者の参加者も車いすに乗る体験をする」(写真提供:WheeLog)

 科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation: STI)を用いて社会課題を解決する地域における優秀な取り組みを表彰する「STI for SDGs」アワード。他地域に水平展開を促すことで持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の達成に貢献することを目指して、科学技術振興機構(JST)が創設した。2回目の本年度、最優秀賞の「文部科学大臣賞」を受賞したのは、スマートフォンの地図アプリ「WheeLog!」を開発したチームだ。このアプリでは、車いすの利用者などが地域の中で訪れた施設や街中での移動の際の気付きを地図に書き込み、他の人と情報共有ができる。一般社団法人WheeLog(東京都千代田区)の代表で、アプリの考案者でもある織田友理子さんに、開発の経緯やバリアフリーの現状、今後の目標などについて聞いた。

アプリ利用者の7割が健常者

 「角度15度ぐらいの長めのスロープがあります、気をつけてください」「ユニバーサルルームがあるホテルです」「車いす優先席があるレストランで、店員さんも対応に慣れています」。WheeLog!のアプリで表示される地図上のアイコンをクリックすると、写真付きで各地点の書き込みが表示される。だが、書き込んでいるのは車いすユーザーだけではない。実はアプリの利用者の7割が車いすを使わない健常者だ。コメントは、書き手の体の状況も分かるようになっているため、読み手は自分の体の状況に照らし合わせて情報を判断できる。

 「人のためになるならうれしいと感じて手を貸してくれる人が多いと実感しています」と織田さんはいう。こうして多くの人が協力して出来上がってきた優しい地図には、他にも衛星利用測位システム(GPS)機能を活用して車いすが実際に通った経路が「走行ログ」として記録されていて、つぶやき機能を使った、利用者同士の交流の場にもなっている。そしてバリアフリーの見える化は、さらに街の改善を促すきっかけにもなる。

街中での気付きは地図アプリ「WheeLog!」で他の利用者と共有できる(写真提供:WheeLog)
街中での気付きは地図アプリ「WheeLog!」で他の利用者と共有できる(写真提供:WheeLog)

バリアフリーの情報で広がる車いすユーザーの世界

 織田さんは20歳になったころからつまずきやすくなるなど体の変化を感じ始め、2年後の2002年に「遠位型ミオパチー」と診断された。体の体幹から遠い手足などの筋肉が萎縮していく希少疾患で、日本には数百人の患者がいるとされている。「どこにも行けない」。織田さんは車いす生活になり、自宅に引きこもりがちになったが、それでも2006年に子供を出産してからは、もっと一緒にいろいろなところに行ければいいのに、と思うようになったという。

 ある時、インターネットで別の車いすユーザーがバリアフリーに取り組む大洗の海に家族で行き、楽しんだという書き込みを見た。「子供と一緒に海に行けるかもしれない」、とこの情報を手掛かりに、自分の体の状況に合った海を探し出して子供と一緒に行き、1日遊ぶことができた。バリアフリーの情報があれば、車いすユーザーも外出できる。世界が変わる、そう実感したという。

 こうした実体験を踏まえて最初に始めたのは、YouTubeチャンネル「車椅子ウォーカー」だ。車いすでも国内外の旅を楽しめることを、織田さん自身が身をもって示していくというものだ。現在チャンネルの登録者数は1万人を超えていて、確かな手応えを感じているが、一方向の情報発信だけではなく双方向の交流もしたいと考えた織田さんは、厚生労働省の研究班の会議などで一緒になることが多かった障害者支援を研究している島根大学助教の伊藤史人さんに相談してみた。

 みんなで情報を共有できて、緯度経度の情報付きの写真が投稿できて、互いにコメントもできること――。レストランの情報を共有する「食べログ」などが浸透し始めていた時期でもあり、デジタルの力を活用して街中でのさまざまな気付きを共有できるプラットホームを作りたい、という織田さんのアイデアを元に、伊藤さんが仕様を定め、できたのがWheeLog!の試用版だ。専門分野の人たちの協力もあってアプリ開発は進んだ。

 「グーグル・インパクトチャレンジに応募してみては」。そんな提案をしたのも伊藤さんだった。「グーグル・インパクトチャレンジ」はさまざまなテクノロジーの活用を通じ、社会問題の解決に挑戦するコンテストだ。アプリの仕様はほぼ決まってきたが、実際に形にするには数千万円の開発費が必要になる。そして2015年にグランプリを獲得し、その費用も調達できた。「実績のない私たちにも可能性を感じてくれた」。こうしてアプリが実現できる道筋がついた。

車いすで遊べる海もある(織田さんとお子さん)(写真提供:WheeLog)
車いすで遊べる海もある(織田さんとお子さん)(写真提供:WheeLog)

もっと使いやすくするために

 現在、WheeLog!には全世界で3万8000件のスポット情報が書き込まれ、走行ログは全長7500キロメートルに及ぶ。だが利用者がもっと使いやすいようにしたいという織田さんたちの思いは尽きない。多言語化したい、手があまり動かせない人向けに細かい操作が必要なスマホアプリよりもマウス操作で使えるウェブ版を用意したい、と次々出てくるアイデアと、それを実現するために必要な開発費の獲得。そのため国内外のアワードへのエントリーやクラウドファンディングの活用といった工夫もしている。一方で、きちんと今あるものを続けられるように、とスポンサー探しや少額の寄付金集めの仕組みも考案した。

ドバイで開催されたコンテストなど、国内外のアワードに積極的にエントリーしている(写真提供:WheeLog)
ドバイで開催されたコンテストなど、国内外のアワードに積極的にエントリーしている(写真提供:WheeLog)

 アップデートと合わせて、アプリをもっと普及させて情報を蓄積するための取り組みも進めている。その一つが街歩きイベントだ。コロナ禍の中では参加者を大幅に限定して数人単位のイベントにするなどの工夫をしているが、「車いすを乗り回して『遊ぶ』ということを体験してもらいます」(織田さん)。

 遊ぶとなると不謹慎だと思われてしまうこともあるが、実は車いすに乗ってみたいと思っている健常者が多く、「自分ごと」としての体験に落とし込むことで仲間を増やすことができる。車いすに乗って街に出ることで、歩いている時には気付かないほんの2、3センチメートルの段差がバリアーになるということが実感できるようになり、街を別の視点で見てみようという意識を持ってもらえるようになるという。

街歩きイベントの参加者とともに(写真提供:WheeLog)
街歩きイベントの参加者とともに(写真提供:WheeLog)

「見える化」で街が変わる可能性も

 最近は自治体も街中のトイレの情報など、バリアフリー情報を収集し、無料公開するようになってきている。アプリに活用できるデータがある一方で、実際の車いすユーザーでもある織田さんとしては、あと少しの追加情報があればもっと助かるのに、と思うことも多くあるという。例えばスポットの写真があることはとても重要だという。写真を見ることで自分が使えるものなのか、具体的な判断材料にできるからだ。バリアフリー化に前向きに取り組む自治体とも連携して、一人一人ができる範囲内で協力していける形を目指したいという。

 アプリの開発を通じて、織田さんも気付いたことがあるという。バリアフリーに一生懸命取り組んでいるのにアピールが下手だったり、せっかくの取り組みなのに使いにくいという不満が目立ったりするのだ。「頑張っている人がもっと評価されるようにアプリが役立てばいいと感じています」。車いすの利用者から高評価を得ている観光スポットなどが、他地域にとって参考になるということも期待しているという。

 また、「WheeLog!のようなアプリがあればバリアフリーがもっと進むと思いましたが、そう簡単ではないですね」ともいう。どんな形のバリアフリー化がいいのか、国や自治体がルールとして定めることで効力が発揮できる事例も出てきているという。

 例えば点字ブロックは、視覚障害者にとっては重要だが、車いすやベビーカーの利用者にとっては並び方次第で「障害」になりかねない。少し間隔を開けてブロックを並べることで、車いすやベビーカーのタイヤがでっぱりにぶつからずに動けるようになる。一方だけが便利という状況で諦めるのではなく、思考停止にならずにどうすれば多くの人が納得して快適に過ごせるかを考え、必要に応じてルール化することで、バリアフリー化がもっと進むのかもしれないという。

車いすに対応しているスリット入りの点字ブロック(写真提供:WheeLog)
車いすに対応しているスリット入りの点字ブロック(写真提供:WheeLog)

 現状のアプリは車いすでも安心して外出できるように手助けしてくれるが、次の段階としては緊急事態時でも必要な情報をスムーズに得られて、安心して住み続けられるようにしたいという。例えば震災時に、避難所はどこにあるのか、どんな状況になっているのか、それぞれ人の身体の状況は違うので「私が行っても大丈夫」なのか。そんなことが分かるようにしたいと織田さんは考えているという。WheeLog!アプリはまだ進化が続く。

 街は時間と共に変わっていく。その変化に合わせて、アプリの地図も変えていく必要がある。一方で、アプリによって「見える化」が進めば、バリアフリー化を促す方向で街を変えていくこともできるかもしれない。こうした柔軟性は、「みんなで投稿」して「掲載情報は各自で判断して取捨選択」するという、最初から100%完璧ではない地図だからこそ持てる。「世の中には優しい人がたくさんいるんです」という織田さんは、ユーザー発の「世界一あたたかい地図」が他の新しい支援ツール誕生のきっかけになることも期待している。

織田 友理子(おだ ゆりこ)

織田 友理子(おだ ゆりこ)
一般社団法人WheeLog代表、最高経営責任者(CEO)。

2000年ごろに「遠位型ミオパチー」を発症し、2002年に診断を受ける。車いすユーザーとしての視点から、WheeLog!アプリを発案し、必要な情報の収集や機能面の仕様を作成している。NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会)代表、車椅子ウォーカー 代表、Her Abilities Award 審査員なども務める。

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