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スマート農業で実現する省力化と高付加価値 ~楽しく、かっこよく、稼ごう~

2020.05.14

※画像提供:株式会社オプティム
※画像提供:株式会社オプティム

農家の高齢化や減少、後継者の不足などの問題が山積だといわれる日本の農業。それらの克服で期待されるのが、ロボットやAI(人工知能)・ICT(情報通信技術)・IoT(Internet of Things:モノのインターネット)などを活用し、作業の省力化や農産物の高付加価値化を目指す「スマート農業」だ。この分野でトップランナーの株式会社オプティムは「楽しく、かっこよく、稼げる農業」を目指している。生産者へのドローン無償提供や効率的な農薬散布など画期的な仕組みを展開し、若い世代の育成にも積極的だ。同社ディレクターの休坂健志さんに話を聞いた。

3Kイメージの払拭に挑戦

 「ネットを空気に変える」「世界の人々に大きく良い影響を与える普遍的なテクノロジー・サービス・ビジネスモデルを創り出す」。この理念を掲げるオプティムは、代表取締役社長の菅谷俊二さんが佐賀大学農学部に在学していた2000年に創業。自社で開発したAI・IoTのプラットフォーム「OPTiM Cloud IoT OS」を土台に、医療や建設、小売、農業など幅広い分野の課題を解決するためのサービスを提供している。このうち農業については、従来から付きまとう「きつい、汚い、危険」といった3Kのイメージの払拭に挑んでいる。

 「いずれの地域でも農業は基幹産業(一国の経済の基礎をなす産業)でありながら、担い手不足に直面しています。その要因は所得が低くて肉体的にきついから。こうした課題を解消するうえで基本路線になるのは“作業の省力化”と農産物の価値を向上させる“高付加価値化”になります。いずれか、あるいは両方で農業を楽に稼げるようにしたいのです」

 こう語るのは同社ディレクターの休坂さん。IT企業として農業に関わっていく会社の方向性を説明してくれた。

農業全体の担い手不足と農業に携わるかたの低所得化、高齢化を示すグラフ。65歳以上の割合が年々増加し農業に携わる人数は減っている。※出典:農林水産省Webサイト
農業全体の担い手不足と農業に携わるかたの低所得化、高齢化を示すグラフ。65歳以上の割合が年々増加し農業に携わる人数は減っている。
※出典:農林水産省Webサイト
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h18_h/trend/1/t1_2_1_02.html

「アライアンス」に1700社・団体が参加

 そのオプティムが2017年12月に立ち上げたのが「スマート農業アライアンス」。テクノロジーで新たな技術やサービスを確立し「楽しく、かっこよく、稼げる農業」を広げるためにつくられた、同じ志を持つ生産者を中心とした産学官の関係者とのつながりだ。参画する企業や団体は1700を超えた。

 ちなみに、キャッチフレーズの「楽しく」という言葉には、単に楽をするのではなく、新しいチャレンジで未知を知ることや、自然相手の難しさを感じながらも “楽しく乗り切ろう” という自然を肯定する心を持ち、 “自然の中での暮らしそのものを楽しもう” といった菅谷さんの想いが込められているという。

テクノロジーで新たな技術やサービスを確立し「楽しく、かっこよく、稼げる農業」を広げるためにつくられた「スマート農業アライアンス」。※資料提供:株式会社オプティム
テクノロジーで新たな技術やサービスを確立し「楽しく、かっこよく、稼げる農業」を広げるためにつくられた「スマート農業アライアンス」。
※資料提供:株式会社オプティム

 「スマート農業アライアンス」を動かす主な事業には「スマートアグリフードプロジェクト」がある。ドローン・AI・IoTなどのサービスを生産者に無償で提供し、減農薬の農作物を栽培、生産、流通、販売する試みだ。

ドローンで農薬も害虫も減らす

 オプティムが所有する技術には、空撮用・農薬散布用のドローンやAIによる画像解析などがある。

 特に農薬散布ドローンはスマート農業の象徴だ。AIが画像解析し、病害虫が検知された箇所のみにドローンを使ってピンポイントに農薬を散布できる。これは、佐賀県と佐賀大学と同社が2015年8月に締結したIT農業に関する三者連携協定の成果でもある。

 ピンポイントで散布できるのは、GPS(現在地を把握するためのシステム)のおかげで、同社は精度の高いRTK※-GPSを導入することで誤差を数センチに抑えている。

※RTK:「リアルタイム・キネマティック(Real Time Kinematic)」の略で、地上に設置した基準局からの位置情報データによって、高い精度の測位を実現する技術。

AIによる画像解析。食害による穴あきや病害等による白変葉をAIに覚え込ませて、蓄積されたデータから害虫を検出する。※株式会社オプティムの資料をもとに作成
AIによる画像解析。食害による穴あきや病害等による白変葉をAIに覚え込ませて、蓄積されたデータから害虫を検出する。
※株式会社オプティムの資料をもとに作成

 ドローンによる従来の防除では害虫の居場所が分からないため、農薬を田畑の全面に散布していた。その場合、農薬をまききるのにかかる時間は1haあたり15分。同社のドローン農薬散布なら1haあたり7~8分で済む。

 同じ技術を用いた兵庫県の実証試験では、同地の名産「丹波黒大豆」の栽培で使っていた農薬を99%減らすことができた。さらにピンポイントに狙い撃ちすることで害虫の発生は70%に抑えられたという。

ドローン農薬散布のための空撮画像と、AI画像解析の実際の様子。※画像提供:株式会社オプティム
ドローン農薬散布のための空撮画像と、AI画像解析の実際の様子。※画像提供:株式会社オプティム
ドローン農薬散布のための空撮画像と、AI画像解析の実際の様子。
※画像提供:株式会社オプティム

ドローンやAIは生産者に無償提供、リスクを軽減

 「スマートアグリフードプロジェクト」で使用しているドローン(撮影・散布用)やAIソリューションを、オプティムは生産者に無償で提供している。価格の高いデバイスを無償で使えることは生産者にとってのメリットだ。しかも、収穫物は基本的にすべて買い取り。農作物が売れなかった時の生産者のリスクを軽減する。そして、流通と販売までを受託。商品はECサイト※や百貨店、ハイクラスの専門店などで販売される。

 同社はなぜ、このようにサービスを無償で提供できるのだろうか。理由は売り方にあるという。付加価値を高めた分、市場流通の一般的な商品よりも1.5倍から3倍の値段で販売し、その売り上げから同社の経費を差し引き、利益を生産者に還元する仕組みだ。

 ここでの付加価値とは、農薬を減らして栽培したこと。市場に減農薬の商品は少なくない。すべての商品に残留農薬を検査し「残留農薬不検出」と表示していることが、他との違いだと、休坂さんは語る。

※ECサイトとは:自社の商品やサービスを販売するための、独自運営サイトのこと。ECとはelectronic commerce(エレクトロニックコマース=電子商取引)の略。

オプティムが展開する「残留農薬不検出」が明記された「スマート米」。大手の百貨店などで購入することができる。※画像提供:株式会社オプティム
オプティムが展開する「残留農薬不検出」が明記された「スマート米」。大手の百貨店などで購入することができる。
※画像提供:株式会社オプティム

 「『おいしい』は感覚で、それだけでは付加価値にはなりにくい。ただ、残留する農薬を、科学的な根拠を伴って証明することは他との差別化につながり、付加価値になります。減農薬で栽培したと明記すること、さらに踏み込んで残留農薬不検出であると証明することは、消費者の信頼を得る上でまったく違う意味を持ちます」

 これらの仕組みは、「農」よりも大きな「食」という産業の中で “関係者とともに成長する企業であれ” という同社の考えが原点となっている。日本の農業総産出額は約9兆円。その価値は流通や加工、小売などを通じて大きくなり、消費者の食卓に届く時には約90兆円になる。大きな市場の方が「楽しく、かっこよく、稼げる農業」をより実現できると同社は考えている。

佐賀大で講座開講、受講生が入社の流れも

 農作業の省力化や農作物の高付加価値化を進めるには、生産から市場に出るまでの工程に携わる関係者との連携が欠かせない。オプティムでは、九州をはじめ全国各地でスマート農業のコンソーシアムや共同プロジェクトを立ち上げ、各県の大学や農業試験場の研究者と現地の課題を踏まえた研究開発をしている。とりわけ社長の菅谷さんの母校である佐賀大学の構内には同社の本店を設置し、人材の確保にも積極的だ(同社は、東京に本社を置くが、本店は佐賀大学内にある)。

※画像提供:株式会社オプティム
※画像提供:株式会社オプティム

 「国立大学の構内に企業の本店があるのはおそらく日本で唯一なのではないかと思います。また、農業分野でのAIを使った技術開発を継続的に本気でやっています」

 同社は、同社が持つ情報科学の知見と農業試験場が持つ植物科学の知見を融合させた技術に強い自信を持っている。データを正しく取得して処理するなど、品質の保証に注力しているという。

 例えば、ドローンで病害虫を検知するにはドローンの撮影高度やAI解析技術など、データの取得と処理に関する技術が揃わなければならない。「そうしたノウハウを自前で持っているのが強みです」と休坂さんは語る。

 データの取得や処理をするうえでは「データサイエンティスト」と呼ばれる人材が欠かせない。同社は佐賀大学でデータサイエンティストを養成する講座を開講し、後進の育成にも力を入れている。講座を受けた学生の一部が同社に入社するといった流れも生まれた。

 また、地域での普及を進めるためにも、開発した技術を「スマート農業アライアンス」に参画する農家に導入してもらい、流通や販売の企業と連携、収穫物の付加価値を高めるためにワンストップ型の仕組みを構築している。地域が主体となって動けるような仕組みづくりを進める理由を、「一気通貫でやることにより、スピード感を持って物事が進められるから」と、休坂さんはいう。

 さらに、「スマート農業アライアンス」による農家同士のつながりは、ときに地域を超えても結ばれる。最近では、同社が提供するソリューションの、より効果的な使い方について、九州と青森の農家が意見交換するといった自発的な取り組みも生まれている。

持続可能なサービスを提供

 今後、さらなるスマート農業の普及に向けて重要なことは何だろうか。休坂さんは次のように見ている。

 「一つは費用対効果が成り立つかどうかです。スマート農業のサービスは今のところコストが高い。もう一つ重要なのは必要なツールやサービスを必要なときに、必要なだけシェアリングすること。ITの世界ではそれが当たり前になってきているのですが、農業ではこれからなので、当社が率先して取り組んでいきます」

 オプティムはドローンのパイロットをシェアするサービス「DRONE CONNECT」を始めている。作物の生育の調査や農薬の散布でドローンを使うにはそれなりの技能が必要だ。その技能を持つプロを登録し、農家がいつでも作業を委託できる仕組みをつくった。

ドローンのパイロットをシェアし、農家がいつでも作業を委託できるサービス「DRONE CONNECT」には、作物や農薬に関する知識を持つドローン操作の熟練のプロが登録している。写真はドローンを操縦するパイロット。※画像提供:株式会社オプティム
ドローンのパイロットをシェアし、農家がいつでも作業を委託できるサービス「DRONE CONNECT」には、作物や農薬に関する知識を持つドローン操作の熟練のプロが登録している。写真はドローンを操縦するパイロット。
※画像提供:株式会社オプティム

 「すでに大量生産と大量消費というモデルは終焉を迎えつつあります。社会も顧客の感覚も技術も変わっている中、スマート農業についても持続可能なサービスを提供することが大切になってくると考えています」と、休坂さんは力強く語った。

オプティムのソリューション

 オプティムはAIやIoT、ロボットを組み合わせたソリューションを提供し、農業以外に、水産や医療、製造・工場などの分野でも活躍している。

 例えば水産業では、養殖場にICTブイ(各種センサーを実装し、水温や塩分濃度などの海洋データを送信するブイ)を設置して水質の変化をいち早く察知し、AIで品質との関係性を解析することによって病害対策や品質、生産量の向上を実現している。

※画像提供:株式会社オプティム
※画像提供:株式会社オプティム

 また、医療の現場ではオンラインで行う診療サービスや在宅医療を支援するサービス、さらには研究開発、画像解析などの支援サービスなどを提供。工場などでの危険物監視やメンテナンスの遠隔作業支援など、AI、IoTとカメラなどのスマートデバイスを組み合わせたサービスを提供している。

※画像提供:株式会社オプティム
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休坂健志(きゅうさか・たけし)
株式会社オプティム ビジネス統括本部 事業本部長 ディレクター
休坂健志(きゅうさか・たけし)
株式会社オプティム
ビジネス統括本部 事業本部長 ディレクター

宮崎県都城市生まれ。祖父は農業、父は林業関連に従事。2009年に株式会社オプティムに入社。AI、IoT、ロボット技術を活用し、「楽しく、かっこよく、稼げる農業」の実現を目指し邁進中。農林水産省「農業分野におけるAIの利用に関する契約ガイドライン検討会」委員。

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