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幸福なLifeの鍵は持続可能な福祉社会に≪広井良典さんインタビュー≫

2020.10.26

地域内経済循環を目指す香川県高松市丸亀商店街(資料提供:広井良典)

人口も富も拡大する時代、私たちは経済性や効率性を重視して歩んできた。だが、人口減少が進み、社会や環境が大きく変化する現在、集団で1本の道を登る時代から一人ひとりが自由な創造性を発揮できる時代に移行しつつある。京都大学・こころの未来研究センター教授の広井良典さんは、これからの時代は、一人ひとりの幸福度を高めることが今まで以上に重要となり、その実現の鍵は地方分散型の「持続可能な福祉社会」にあると言う。

人口減少時代の課題は富の「拡大」より「分配」

 日本の人口は明治以降増加を続け、2008年には1億2808万人に達した。しかし2011年以降は完全な人口減少社会に突入し、今後も人口減少は続くと予想されている。

日本の総人口の長期的トレンド。(資料提供:広井良典)

「2019年の日本の出生率は1.36でした。この水準が続くと2050年過ぎには日本の人口は1億人を下回ると予測されています。生活や雇用の不安定を背景に未婚化、晩婚化が急速に進んでいることが少子化の要因となっています。特に若い層に生活不安や貧困が広がっているのは由々しき問題で、若い世代への支援は急務です」と広井さんは指摘する。

人口や経済が急速に増加する高度経済成長期のような時代では、全体の「パイ」が拡大するので一人ひとりの取り分も増えるため、富の分配を考える必要はそれほど大きくなかった。しかし、人口減少時代には富の拡大よりもむしろ富の分配が重要になってくる。

格差が大きいと環境パフォーマンス低く

 こうした急激な社会の変化を受け、今、特に注目されているのが「幸福」というテーマだ。

 国連が発表した2020年の世界幸福度報告では、日本は62位。国民性の違いなどもあるが、人生選択の自由度、社会的支援、寛容さなどの順位が低い。上位を独占しているのは北欧諸国だ。

 さらに興味深いことに、所得の格差(ジニ係数)が大きい国ほど環境パフォーマンス(※)も良くないという相関が見られた。アメリカは格差が大きく環境パフォーマンスが低い典型で、日本も大きく分けると同じグループに属する。一方、ドイツや北欧などは格差が小さく環境パフォーマンスも良い。

※「環境パフォーマンス」とは、世界各国の政府・民間による環境政策のパフォーマンス(実績)や環境の持続可能性を、さまざまな項目から分析・数値化したもの。
(注)ジニ係数は主に2011年(経済協力開発機構(OECD)データ)。EPIはイェール大学環境法・政策センターとコロンビア大学国際地球科学情報センター策定の環境総合指数。(出典:広井良典『ポスト資本主義』2015年)

 「持続可能性は環境と深く関わり、分配や格差は福祉に深く関わります。人の幸福度の観点からも、今後はこの両方を視野に入れ、個人の生活保障や分配の公正が実現されつつ、有限な資源の中で長期にわたって存続できる『持続可能な福祉社会』を目指す必要があるでしょう」(広井さん)

AIが予言した地方分散型社会

 広井さんは日立京大ラボと共同で「2050年、日本は持続可能か?」という問題を設定し、人口や高齢化、国内総生産(GDP)など約150の社会的要因をベースに、AIを用いたシミュレーションから未来シナリオを予測した。

「シミュレーションの結果、日本社会の未来にとって最も大きな分岐は都市集中型か地方分散型かという点で、後者の方が人口や地域の持続可能性、健康、幸福、格差などの観点で優れていると示されました。さらに、都市集中型と地方分散型のシナリオ分岐は2025年から2027年の間に生じ、その後二つのシナリオが交わることはありませんでした。つまり、日本が持続可能な福祉社会を実現できるかどうかの分岐点はすぐそこにまで迫っているのです」(広井さん)

京都大学教授 広井良典さん(写真提供:広井良典)

 この結果が発表された2017年には想像すらできなかったことだが、2020年には新型コロナウイルスの大流行により、くしくもAIが示した通り、都市集中型システムの弊害が露呈することになった。

 AIが示した結果とコロナが浮き彫りにした過密都市の弊害との一致には、広井さんも驚いたと言う。広井さんは現在、コロナ後の社会についても日立製作所などと共同でシミュレーションも進めており、社会的課題の解決を進めるためには、社会で生じている課題を指摘することが得意な人文社会科学系と、ソリューションのためのさまざまなツールをもつ理工系とのコラボレーションが不可欠だと語る。

多極集中が最も望ましい姿

 新型コロナウイルスの流行により、都市集中型社会の脆弱(ぜいじゃく)性が白日の下にさらされたと広井さんは言う。ポストコロナ時代、持続可能な福祉社会を実現するためには何が必要だろうか。

 「これからの社会では、集中から分散が軸になります。これには二つの意味があり、一つは地方分散を実現して、過度な都市集中の弊害を避けることです。しかし人口減少社会では過度な分散は低密度すぎて住みにくい町ばかりになってしまいますので、地域の『極』となる集約的な都市が多く存在する『多極集中』が最も望ましい姿だと言えます」(広井さん)

 広井さんは、多極集中のモデルとしてドイツの都市を挙げる。ドイツでは5万、1万人程度の都市でも中心部はにぎわっていて、誰もが歩いて楽しめる空間になっている。

エアランゲン(人口約10万人)(写真提供:広井良典)
ザールブリュッケン(人口約18万人)(写真提供:広井良典)

 日本では20万人以下の地方都市ではほとんどの場合空洞化が進み、中心部はいわゆるシャッター通りになっているところが多い。しかし、日本でも明るい兆しはある。香川県高松市や、兵庫県姫路市などでの歩いて楽しめる街づくりなどがその代表だ。

商店街と高齢者向け住宅等を一体的に整備した香川県高松市丸亀町商店街(写真提供:広井良典)
歩行者と公共交通のみの「トランジットモール」化を推進する姫路市駅前(写真提供:広井良典)

 「『集中から分散』という時のもう一つの意味は、人生そのものの分散化です。昭和に代表される人口増加の時代は『集団で1本の道を登る』時代でした。しかし今後はテレワークなども活用し、自分の住み方や働き方をこれまでより自由な形で設計する、いわば人生のデザインも分散化する時代です。人生選択の自由度の向上は幸福にもつながります」(広井さん)

ローカルからグローバルへ

 広井さんは「近年、若い世代のローカル志向は高まっています。政策をうまく転換すれば分散型社会に移行できる希望はあります」と、今後への期待を寄せる。そして、日本における地域再生のモデルケースとして岐阜県石徹白地区を挙げた。同地区ではUターン・Iターン組の若者が小水力発電を軸に地域再生活動を行い、数年前には地域のエネルギー完全自給を達成し、現在では域外に供給もしている。

岐阜県石徹白地区の小水力発電。(写真提供:広井良典)

 新型コロナによって過度なグローバリゼーションの弊害が示され、ローカライゼーションが改めて注目されている。ローカルから出発してナショナル、グローバルと積み上げていくボトムアップ型の発展が今後ますます重要になるだろう。

コロナが象徴するLifeへの移行

 17世紀の科学革命以降、科学の軸となるコンセプトは物質からエネルギー、そして情報と遷移してきた。情報社会が成熟段階を迎えつつある今、次の科学の軸となるコンセプトは何になるのだろう。

 「今後は生命(life)に移行するでしょう。ここでいう生命とは、生命科学だけでなく生活や生態系などの意味も含んだ概念です。感染症も生命に関わる問題であり、今回の新型コロナはそれを象徴的に示した出来事だと思います」(広井さん)

 アメリカの未来学者であるカーツワイルは、生命は情報に還元されるため、いずれ人間は生命を超越すると予測した。しかし、こうした「情報的生命観」は生命が持つ創発性や内発性を無視していると広井さんは指摘する。

 「生命は、単なる情報の蓄積を超えたものです。情報的生命観を極限まで押し進めることで人間はある意味で身体的な限界を超越できるようになるかもしれませんが、果たしてそれが持続可能で幸せな未来でしょうか。今後は生命そのものに人々の関心が向かうようになり、科学のコンセプトも移行するでしょう」(広井さん)

 情報から生命への移行は、産業構造にも影響を与える。生命に関連した産業、具体的には健康医療、環境、生活・福祉、農業、文化がこれまで以上に重要性を増すことになる。さらに、これらの領域はローカルで小規模なものであることは特筆に値する。生命を価値観の中心に置く社会は、これまでに紹介したローカライゼーションや分散型社会を実現する礎になるコンセプトでもあるのだ。

科学の基本コンセプトと経済システムの進化(広井さん資料を元に編集部が作成)

自分の好きなことを見つけて追求しよう

 最後に、広井さんにこれからの未来を担う若者へのメッセージを尋ねた。

 「自分の好きなこと、やりたいことを見つけて追求してほしいと思います。今は単一の目的に向かって進む時代ではなく、一人ひとりが人生をデザインして、それぞれの道を歩むことが社会にとっても個人の幸福にとっても大事だと思います」(広井さん)

 広井さんは続けて、長期的な視点で物事を考えることの重要性も訴える。

 人類はこれまでの歴史の中で拡大成長と定常化(持続化)を3回繰り返してきたという。まずは狩猟時代、そして約1万年前に始まる農耕時代、最後が、約300年前から始まった産業化時代だ。拡大成長から定常期に移行する際には、ラスコーの壁画や縄文土器が現れたり、仏教やギリシャ哲学などの思想が生まれたりと、大きな文化的なイノベーションが生じてきた。

 持続可能性の問題に直面した人類は、物質的な発展から精神的文化的発展へとかじを切った。人類の歴史の中で3回目の移行期にある今は、真(しん)に豊かな精神的発展を実現する素地(そじ)が整ったという見方もできる。どんな文化的イノベーションを起こし、未来社会を実現するかは、私たちの双肩にかかっている。

 広井良典さんは「Life」をテーマとしたサイエンスアゴラ2020開幕セッションにも登壇(2020.11.15)。

コラム:鎮守の森・コミュニティプロジェクト
 広井さんは現在、鎮守の森と地域コミュニティ、そして現代社会との新たなつながりを模索するプロジェクトを京都府八幡市や埼玉県秩父市ほか多数で進めている。鎮守の森は自然への信仰、死生観と結びついており、祭りなどを通じて地域コミュニティの中心でもあった。そこで広井さんたちは、今一度鎮守の森の役割を見直し、自然エネルギーの活用など現代的な課題と結びつけて発展させていくことを目指して活動している。

太陽光発電によるライトアップ事業(左、京都府八幡市 石清水八幡宮にて)。秩父神社の御神体、武甲山(右、埼玉県秩父市)

▲太陽光発電によるライトアップ事業(左、京都府八幡市 石清水八幡宮にて)。秩父神社の御神体、武甲山(右、埼玉県秩父市)(写真提供:広井良典)

広井 良典(ひろい よしのり)

京都大学こころの未来研究センター教授。
東京大学大学院修士課程修了後、厚生省勤務、千葉大学法経学部教授を経て、2016年から現職。
専門は公共政策、科学哲学。社会保障や都市・地域に関する政策研究から死生観に至るまで、幅広い研究を展開している。

 

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