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激動する宇宙の謎に挑む エックス線衛星「クリズム」打ち上げへ

2023.08.23

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 高いエネルギーで熱く激動する宇宙の現象を捉えるエックス線天文衛星「クリズム」が26日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センター(鹿児島)から大型ロケット「H2A」で打ち上げられる。2016年に運用ミスで失った衛星「ひとみ」の代替機で、欧州などの協力を得た、米国との共同計画。宇宙空間を吹く高温ガス「プラズマ」の成分や動きを測ることを通じ、100個程度以上の銀河の集団「銀河団」の成り立ちや、さまざまな元素の誕生などの解明につなげる。

エックス線天文衛星「クリズム」の想像図(JAXA提供)
エックス線天文衛星「クリズム」の想像図(JAXA提供)

「物理学の広範な発展の一翼を担う」

 人類は古来、肉眼で星を見上げ、また17世紀初頭に初めて望遠鏡で天体を捉え、可視光による天文観測を続けてきた。20世紀に入ると電波やエックス線、ガンマ線、赤外線といった、可視光以外のさまざまな電磁波も利用し、それぞれの特性を生かして宇宙の天体や現象を捉えてきた。

 エックス線は波長がおよそ0.01~1ナノ(ナノは10億分の1)メートルと、可視光より短い電磁波の一つ。銀河団や、質量の大きな星が大爆発を起こして残る超高密度の星「中性子星」、高密度で光さえ脱出できないブラックホールといった、高いエネルギーを伴い熱く激しく活動する天体や現象を捉えるのを得意とする。エックス線は地球の大気の層に遮られてしまうため、観測するには宇宙に人工衛星を打ち上げる必要がある。クリズムは「世界に開かれた汎用エックス線天文台として、さまざまな分野の宇宙物理を推し進め、2020年代の物理学の広範な発展の一翼を担う」(クリズムチーム)という。

クリズムの観測機器。2つの望遠鏡に、カメラと分光装置(マイクロカロリメータ)を取り付けている(JAXA提供)
クリズムの観測機器。2つの望遠鏡に、カメラと分光装置(マイクロカロリメータ)を取り付けている(JAXA提供)

 機体の全長は約8メートル、太陽電池パネルを開いた幅は約9メートル、重さは燃料込みで約2.3トン。観測機器として、米国が開発したエックス線を集める2つの望遠鏡に、1種類ずつセンサーを取り付けている。センサーは、広い視野を持つ国産のエックス線カメラと、エックス線のエネルギーを詳しく測る日米欧共同開発の分光装置。これらを使ってプラズマに含まれる元素や、プラズマの動きを高精度で捉える。こうした観測機器の性能は、失われたひとみの搭載品と同じという。

 カメラの広い視野とは具体的には、満月より広い程度の38分角四方。私たちが日常使うカメラからすれば話にならないが、エックス線天文衛星の世界では、ひとみに続き史上最大となっている。

 クリズムの前島弘則プロジェクトマネージャは7月の会見で「どうすれば確実にひとみの(運用と同じ状況の)回復ができるか、検討してきた。非常に挑戦的な搭載機器を積んでいる。地上試験の通りに動けば、すごくよい成果が出る。確実に運用したい」と話した。

 今月22日時点の計画では、26日午前9時半過ぎにH2Aの47号機で、月面着陸機「スリム」との相乗りで打ち上げられる。運用中は高度約550キロを約96分で1周する円軌道を周回する。設計上の寿命は、分光装置を冷却する液体ヘリウムを使い切る3年。ただ、その後も冷凍機を使い観測を続けられるという。開発費のうち日本負担分は、100億円規模とみられる打ち上げ費用を含め約277億円。クリズム(XRISM)の名は「X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission(エックスレー・イメージング・アンド・スペクトロスコピー・ミッション)」の頭文字から採っており、JAXAは「エックス線分光撮像衛星」の訳を当てている。

銀河団の成り立ち、元素の誕生…テーマ多彩

 クリズムが挑む主な研究テーマには、銀河団の成り立ちから、さまざまな元素誕生の過程まで、幅広いスケールの事象が含まれる。

銀河団「MACS J0416」。エックス線と可視光、電波の観測画像を組み合わせたもの(NASA、米国立電波天文台など提供)
銀河団「MACS J0416」。エックス線と可視光、電波の観測画像を組み合わせたもの(NASA、米国立電波天文台など提供)

 銀河団は直径数千万光年にも及ぶ、宇宙最大の天体。その中の銀河のない一見何もなさそうな領域に、エックス線でしか分からない高温のプラズマが満ちている。またこれを銀河団の領域に引き留める正体未解明の暗黒物質が存在し、銀河団の重さの大半を占めている。ただ、プラズマはエックス線を出しながら冷めていくはずで、銀河団は中心部の密度が高まるなどし、やがて自分の重力で潰れてしまうと考えられる。ところが実際にはそうならず、銀河団はなぜか100億年規模にわたり安定して存在する。クリズムでプラズマの温度や元素の動きを詳しく調べるなどして、この謎の解明を目指す。

 宇宙は138億年前、ビッグバンと呼ばれる大爆発で始まった。直後の超高温状態から温度が下がっていき、陽子と中性子が反応するようになり、数分ほどで重水素やトリチウム、ヘリウム、微量のリチウムなどの軽い元素の原子核が作られた。一方、酸素や窒素、ケイ素、金属のような比較的重い元素はずっと後になり、恒星やその終末の姿である「超新星爆発」などで作られたようだ。超新星爆発の残骸をクリズムで調べ、元素の割合やその散らばり方を把握する。これを通じて元素の合成過程や、それらを生み出した恒星や超新星爆発の理解につなげようとする。

 クリズムの科学研究主宰者である田代信プリンシパルインベスティゲータは会見で「鉄より重い元素は、超新星爆発などの強烈なエネルギー現象の中で作られると考えられるが、まだよく分かってはいない。何がさまざまな元素を作り、どんなスピードで広がっているのか解き明かしたい。1つや2つの観測でどうにかなるものではないが、理解に大きく貢献したい」と話している。

 また、ブラックホールに落ち込む直前のガスのエネルギーを精密に測定し、時空の構造を調べ、ブラックホールの自転の大きさを推定する。光さえ飲み込むはずのブラックホールから、ジェットと呼ばれる高速のガスが噴出する仕組みの謎にも迫る。

ひとみの悲運受け、幾多の再発防止策

「ひとみ」の想像図(JAXA提供)
「ひとみ」の想像図(JAXA提供)

 日本は1979年に打ち上げた「はくちょう」以来、これまでに6基ものエックス線天文衛星を運用し注力してきた。直近の2016年2月には「ひとみ」を打ち上げたが、わずか1カ月あまり後の初期運用中、取り返しのつかないミスを引き起こした。まず、機体の姿勢を把握するためのセンサーの一つが止まったのをきっかけに、実際は機体が回転していないのに回転していると機体自身が誤判定し、止まろうとして逆向きに回転し始めた。機体を守ろうと姿勢制御エンジンを噴射したものの、その際に地上からの指示情報の手動入力を誤り、負の値を絶対値に変換せずに送り、かえって回転が加速した。

 こうした悪い要因が重なり、ひとみは機体の構造が高速回転に耐えられなくなり、バラバラになってしまった。太陽電池パネルなどが根元からもげたとみられる。ずさんな運用により、まだ打ち上げたばかりの衛星を失った。当時のJAXAの報告書は背後要因として「観測機器の装置開発や観測が優先され、衛星の安全運用の準備が後回しにされた」などと説明している。

 クリズムはこうしたひとみの失敗の再発防止対策を講じて開発した代替機で、7基目のエックス線天文衛星となる。

 主な再発防止策は(1)姿勢制御エンジンが異常噴射した場合に、機体の回転を止める機能、(2)機体のデータの異常を早期に発見する自動監視システム、(3)想定を超えて姿勢が変わったら自律的に安全モードに移る仕組み、(4)発生電力を監視し、想定を下回ったら自律的に安全モードに移る仕組み、(5)地上から有効範囲外の誤った指示を受け取っても実行しない機能。一連の対策により、ひとみで起きた問題には全て手を打ったという。

 開発体制も変更。ひとみでは、米航空宇宙局(NASA)は搭載機器を提供する立場だったが、日米共同計画に改めた。また、ひとみでは計画責任者であるプロジェクトマネージャを、高エネルギー宇宙物理学を専門とする科学者が務めた。これに対し、クリズムではシステムズエンジニアリングの知見を持つ前島氏が務め、科学研究主宰者を田代氏が務めている。さらに、科学研究主宰者と対等な技術開発責任者を置くなどした。前島氏は「サイエンスとエンジニアリングの意見の対立をあえて求め、サイエンスに偏らず安全に(運用を)実現するシステムを作り上げた」と説明する。

熱い思い…今度こそ任務完遂を

エックス線天文衛星「クリズム」=先月21日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)
エックス線天文衛星「クリズム」=先月21日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)

 なお、ひとみの喪失でJAXAは当初、後にクリズムとなる衛星を「代替機」としたが、やがて「後継機」と呼ぶようになった。この事情について、会見で前島氏が質問に答え「当初は代替機と呼んだが、開発初期にNASAとも相談し『いつまでも代替機では後ろ向きだ。新しい名前をつけよう』と、クリズムと名付けた。こうした経緯を踏まえた」と説明した。

 筆者は個人的に、こうした前向きな思いに深く共感する。ただ、まだ初期運用中だったひとみを喪失したためにクリズムが必要となったことや、観測機器の性能がひとみと同等であることから、また「今度こそ任務完遂を」の強い願いも込めつつ、代替機と呼ぶ方が馴染むように感じられる。どちらか一方が正解という話でもないが、どうだろうか。

 欧州は日米の参加を得て、2030年代後半に超大型のエックス線宇宙望遠鏡「アテナ」の実現を目指している。まずクリズムが近くの銀河団を観測し、はるか遠くの銀河団まで捉えるアテナへと成果を引き継ぐ。クリズムがアテナの“水先案内人”になるという。熱い宇宙を捉える熱い思いが、どのように科学の実を結ぶか注目される。

さまざまな研究テーマに挑むクリズムの想像図(JAXA提供)
さまざまな研究テーマに挑むクリズムの想像図(JAXA提供)

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