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衛星の信頼性高め「次世代」につながる調査を「ひとみ」の運用断念

2016.05.02

内城喜貴

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、軌道上でトラブルを起こして通信が途絶えていたエックス線天文衛星「ひとみ」の運用を断念した。JAXAはトラブル発生後、通信などの復旧に全力を挙げていたが、電力供給に必要な太陽電池パネルが脱落して復旧は困難と最終的に判断。4月28日に記者会見して運用断念を公式に表明した。

 日本のエックス線天文衛星による観測は過去素晴らしい成果を残し、日本の「お家芸」だった。「ひとみ」は今後10年以上この分野で世界を代表する衛星となる予定だっただけに運用断念に追い込まれた影響は天文学の国際協力の面でも大きい。観測成果に期待していた関係者ばかりでなく天文ファンをも落胆させている。JAXAの奥村直樹(おくむら なおき)理事長は記者会見で「今後の観測計画に大幅な変更を加えざるを得ない」と語った。今回の結果は極めて残念だが、今後の日本の衛星の信頼性を高めて「次世代」の衛星開発につなげるためにも詳細な原因調査と、失敗の教訓を生かした再発防止策が求められている。

図 トラブル前の「ひとみ」の想像図(JAXA提供)
図 トラブル前の「ひとみ」の想像図(JAXA提供)

 「ひとみ」は米航空宇宙局(NASA)などとの共同開発による衛星で、全長14メートル、重さ2.7トン。形状は筒形で、2種類のエックス線望遠鏡と、4種類のガンマ線検出器を搭載し、これまでの日本の科学衛星では最も重かった。2月17日夕方に鹿児島県の種子島宇宙センターからH2Aロケットで打ち上げられた。打ち上げは成功し、国際協力でブラックホールや銀河団などを観測して宇宙の謎に迫る予定だった。

 しかし、観測機器類調整中の3月26日午後から通信が途絶えた。JAXAの報告書などによると、トラブルの原因は、「ひとみ」が3月26日に機体の姿勢を変更した後、コンピューターによる姿勢制御装置が、実際には衛星が回転していないのに回転していると誤って判断、誤作動を起こして異常な回転状態にしてしまった。また、「ひとみ」には姿勢制御トラブルの際にも太陽の方向に機体を向けて充電するバックアップ機能も備わっており、回転を戻そうとして自動噴射したが、逆に回転が加速してしまった。衛星本体は現在高度約580キロの軌道を回っているが、今後長い時間をかけて徐々に高度を下げ、大気圏に突入して燃え尽きるとみられている。

 JAXAは、衛星の高速回転の結果、機体の両側に3枚ずつ、計6枚ある太陽電池パネルが遠心力で全て根元から脱落した、と最終的に判断した。打ち上げ費用を含めた「ひとみ」の開発費は約310億円。NASAは約7千万ドルを投じ、日本を中心に国内外の研究者約250人が参加していた。米国と欧州は、現在エックス線天文衛星をそれぞれ運用中だが、設計寿命を既に超えている。このため「ひとみ」が世界を代表する形で観測を始める計画だった。

 天体が放つエックス線やガンマ線は、地球の大気で吸収される。このため、観測装置は高い高度、つまり衛星でなければ捉えられない。「ひとみ」は「宇宙を見る瞳」としてその名が付いた。これまでのエックス線天文衛星の10倍を超す性能の最新鋭の観測装置を搭載し、ブラックホールや超新星など高温・高エネルギーの天体を観測して謎の多い宇宙の暗黒物質や暗黒エネルギーの手掛かりを探るはずだった。アインシュタインが約100年前に予言した重力波の初の直接観測が2月に発表されたばかりだったこともあり、新たな重力波研究と「ひとみ」の観測成果との連携による天文学への貢献も期待されていた。

 日本のエックス線天文衛星は40年以上の歴史を持ち、歴代の衛星が数々の成果を残している。1970年前後から当時の東京大学宇宙航空研究所と名古屋大学が中心になって衛星打ち上げ向けた研究が本格的に進められた。そして1976年に初のエックス線天文衛星の打ち上げにこぎつけたが、残念ながらロケット制御の不調で打ち上げは失敗。しかしその3年後に「はくちょう」の打ち上げに成功した。これが初代エックス線天文衛星だ。

 その後81年に「ひのとり」、83年に「てんま」、87年に「ぎんが」、93年には「あすか」と、4〜5年ごとに衛星が打ち上げられ、中性星の研究などで世界トップクラスの観測実績を誇ってきた。その後2000年以降は試練に見舞われることもあった。衛星側の責任ではなかったが、2000年に「アストロE」は打ち上げに失敗。05年には「すざく」が打ち上げられたが、機器が故障したりした。それでも「すざく」はトラブルを乗り越え、ブラックホールとされる「はくちょう座X1」の観測に成功する多くの成果を残した。また、目標寿命を大幅に超えて昨年夏まで約9年も運用された。

 それだけに今回、「ひとみ」への期待は高まっていた。現在運用中の米国、欧州の衛星が今後どのくらい運用できるかは不透明で、「ひとみ」が失われたことにより、欧州が2028年以降に打ち上げる予定の次世代衛星までかなりの期間、エックス線天文学分野で主軸衛星の「空白」が生じる可能性が高い。

 JAXAの最終的な運用断念の判断に先立ち、文部科学省の宇宙開発利用部会は4月19日に「ひとみ」のトラブルを検証する小委員会を設置している。初会合では委員からは「日本の衛星の信頼度を示すため、設計中の衛星の総点検が必要だ」との指摘もあった、という。トラブルの原因についてコンピューターの搭載ソフトの問題のほか、人為的なミスの可能性も指摘されており、JAXAは今後も詳しい原因調査を進める。

 今回の失敗をめぐり厳しい指摘も出ているが、原因を徹底解明して今後の衛星の信頼性を高めることが最重要課題だ。H2Aロケットは、主エンジンのLE7の度重なる燃焼実験失敗を乗り越えて世界で最も信頼性の高いロケットに成長した。小惑星探査機「はやぶさ」や金星探査機「あかつき」では幾多の故障を乗り越え奇跡の成功を遂げた実績もある。宇宙開発の世界は成功と失敗が際立つ。投入予算も大きいだけに原因解明と再発防止の責務も重いが、今回の厳しい試練を「次世代」の天文衛星の開発計画につなげてほしい。

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