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能登半島地震の甚大な津波被害が明らかに 特徴的な海底地形など影響、東北大災害研が解析

2024.01.16

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 元日に発生した能登半島地震では、震源に近い沿岸部を中心に北海道から九州にかけ、広範囲で大小の津波が観測された。地震発生後しばらく分からなかった甚大な津波被害の実態も研究者の現地調査や解析などで明らかになってきた。

 日本海側では過去にも津波被害が発生している。沿岸部に到達するまでの時間が短いのが特徴で、今回も石川県珠洲市には遡上高(陸地をはい上がった高さ)が3メートル以上の津波が推定約1分で到達したことが東北大学災害科学国際研究所(災害研)の解析で判明した。特徴的な海底地形などが津波の複雑な伝わり方に影響したという。研究者は短時間で襲う津波避難の難しさと避難方法の再検討を訴えている。

石川県志賀町の赤崎漁港の津波被害の状況。3日午後4時撮影(東京大学地震研究所などの研究チーム提供)
石川県志賀町の赤崎漁港の津波被害の状況。3日午後4時撮影(東京大学地震研究所などの研究チーム提供)

半島の「海脚」を回り込んで襲来

 気象庁は1日午後4時10分ごろの地震発生後間もなく、東日本大震災以来初めての大津波警報を能登地方に、山形県、兵庫県などに津波警報を、北海道、佐賀県などに津波注意報を発表した。現行の特別警報の区分制度ができてから初めての大津波警報だった。

 林芳正官房長官は15日午後の記者会見で石川県の珠洲市、能登町、志賀町の浸水面積は約190ヘクタールに上ると述べた。例えば野球場のグラウンドは1ヘクタール前後とされ、今回広い範囲が津波被害を受けたことが明らかになった。

 各地で大小津波を観測し、石川県輪島市の輪島港では午後4時21分に1.2メートルを観測したが、その後はデータが入らなくなった。珠洲市の観測地点では地震直後からデータが得られていない。同市の地盤の隆起が関係して観測不能になったとみられている。

気象庁が1日午後4時22分に発表した津波に関する警報や注意報(気象庁提供)
気象庁が1日午後4時22分に発表した津波に関する警報や注意報(気象庁提供)

 海に面した珠洲市の鵜飼地区には漁港がある。現地からの報道によると、鵜飼川の河口付近では津波が低い堤防を越えて浸水し、川沿いの道路に漁船なども乗り上げた。東日本大震災の後にも沿岸部各地で見られた被害の大きさを示す光景だ。

 東北大学災害研の越村俊一教授は、同研究所のほか、金沢大学、北陸先端科学技術大学院大学、金沢工業大学の研究者と「現地調査先遣隊」を結成し、4日に珠洲市に入った。そして同市の津波遡上高は3メートルを超え、沿岸部の建物は2.5メートル以上浸水していたことを確認した。

 越村教授らは津波伝播のシミュレーション分析を実施した。その結果、能登半島の先端を回り込んできた津波が珠洲市に到達して大きな被害を与えたことが分かった。到達までの間「飯田海脚」に影響されて津波が拡大した可能性があるという。飯田海脚とは能登半島の北東部から東側に張り出す水深300メートルよりも浅い海底の台地。つまり能登半島から富山湾までの特徴的な海底地形が今回の津波伝播を複雑にしたという説明だ。

越村俊一教授らによるシミュレーションによる津波高分布の図(東北大学災害科学国際研究所提供)
越村俊一教授らによるシミュレーションによる津波高分布の図(東北大学災害科学国際研究所提供)
越村俊一教授らによる今回の津波伝播の特徴(東北大学災害科学国際研究所提供)
越村俊一教授らによる今回の津波伝播の特徴(東北大学災害科学国際研究所提供)
能登半島と富山湾周辺の特徴的な海底地形(東北大学災害科学国際研究所/海上保安庁提供)
能登半島と富山湾周辺の特徴的な海底地形(東北大学災害科学国際研究所/海上保安庁提供)
越村俊一教授(東北大学災害科学国際研究所提供)
越村俊一教授(東北大学災害科学国際研究所提供)

断層が沿岸部に近かったため第一波の到達早く

 災害研の今村文彦教授らは、今回動いたとされる全長100キロを大きく超える断層のデータなどを基にシミュレーション分析した。

 その結果、地震発生から約1分で珠洲市や輪島市沿岸に津波が到達したとみられることが分かった。石川県七尾市には約2分後、富山市にも約5分後に到達した可能性があるという。能登半島の東側の海底断層付近で津波が発生し、珠洲市方向と新潟県上越市の方向の2方向に津波が伝わったことも明らかになった。

 今回の津波の特徴は、動いた断層が沿岸部に近かったため第一波の到達が早かったことだという。1.2メートル以上とされた輪島港の観測地点以外ではより高い津波が襲っていたとみられ、実際に現地調査で3メートルを超える遡上高が確認されている。

 今村教授によると、地震発生から約2時間後にはロシア側の大陸や朝鮮半島に20センチ程度の津波が到達し、その後2時間で日本海沿岸部に戻ってきた。津波は高さこそ次第に低くなったが24時間以上継続。津波注意報も長く出されたままだったのはこうした現象があったためだという。

 富山市にも短時間で津波が到達したとみられることについて今村教授は、富山湾の水深が深く、急勾配の海底地形や海底谷が多く、海底で地滑りが起きて大地震とは別の新たな津波が発生した可能性があると指摘している。

震源で発生した津波が伝搬した方向(肌色の矢印)(東北大学災害科学国際研究所提供)
震源で発生した津波が伝搬した方向(ベージュ色の矢印)(東北大学災害科学国際研究所提供)
ロシア側の大陸や朝鮮半島の沿岸でも津波が観測されたことを示す図(東北大学災害科学国際研究所提供)
ロシア側の大陸や朝鮮半島の沿岸でも津波が観測されたことを示す図(東北大学災害科学国際研究所提供)

避難タワー設置などは喫緊の対策

 今村教授は、今回の津波被害により船が沿岸部に流され、車が流された光景は東日本大震災の甚大被害を想起させるという。東日本大震災では高さ10メートルを超えるどす黒い大津波が多くの尊い命を奪った。恐ろしいことに最悪で32万人を超える犠牲者が出るとの試算もある南海トラフ巨大地震も、2018年時点で「30年以内に70~80%の確率で起きる」と予測されている。

 今回の能登半島地震に伴う津波は沿岸部にあっという間に到達した。今村教授は「日本海の地震で今回のように津波を伴うケースはこれまで頻度が低かったが、今後も起こると考えた方がいい」と警鐘を鳴らす。そして「地形や海底地形の解析や海底地滑りによる津波想定も必要だ」と指摘。「今回の津波の被害や分析結果で得られた教訓をこれから津波対策に生かさなければならない」と強調している。

 ただ、今回のように津波到達までの時間が短い場合の避難は容易ではない。南海トラフ巨大地震では想定震源から近い東海地域などは特に短時間で大津波が到達するとみられ、避難対策の再検討が必要だという。今村教授は喫緊の具体的対策として、沿岸地域に緊急の避難タワーや避難ビルを設置することや重要施設の高台移転などを挙げている。

今村文彦教授
今村文彦教授

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