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「コロナとの共生」の日常で感染拡大第9波に 今夏賑わい戻るも専門家は注意呼び掛け

2023.08.15

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員 

 新型コロナウイルス感染症の感染法上の位置付けが、季節性インフルエンザと同じ5類に移行してから3カ月以上が経過した。この夏は4年ぶりに多くの夏祭りや花火大会などのイベントが復活。全国の観光地は家族連れなどで賑わい、お盆シーズンを迎えて人々の移動も盛んだ。人々は「コロナとの共生」「ウイズコロナ」の日常を実感している。

 だが、新型コロナウイルスはまだ勢いを失っていない。感染状況に関する公表が「全数把握」から週1回、全国約5000の定点医療機関からの「定点把握」に変わり、実際の感染数や過去の流行と比べた「流行具合」は分かりにくくなっている。さまざまな行動規制から解放されて初めて迎えたこの夏。推定感染者数は直近1週間はごくわずかに減ったもののほぼ横ばいで、今後増加傾向を続ける可能性が高く、多くの専門家は「明らかに第9波になっている」と強調する。

 連日の猛暑でマスクをする人の割合も減りつつあるが、専門家は高齢者や基礎疾患があるなど重症化リスクが高い人を中心に注意を呼び掛けている。健康度や年代、生活環境や職場環境に合わせた一人一人の感染防止のためのリスク評価・管理が一層大切になっている。

定点医療機関当たりの新規患者の報告数(全国)推移。5月の5類移行前(斜線部)は「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」(HER-SYS)データに基づく(厚生労働省提供)
定点医療機関当たりの新規患者の報告数(全国)推移。5月の5類移行前(斜線部)は「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」(HER-SYS)データに基づく(厚生労働省提供)

5類移行後11週連続で増加

 厚生労働省は8月14日、全国の定点医療機関から7月31~8月6日の1週間に報告された感染者数は7万7937人で、1医療機関当たり15.81人だったと発表した。4週連続で1医療機関当たり10人を超えた。5類移行後前週まで11週連続で増加し、直近1週間はわずか0.10人減った。しかし同省は約半分の都道県では増えており、お盆シーズンの移動時期を控え今後減少に転じるかは分からないとして警戒している。

 1医療機関当たりの直近1週間の感染者数は西日本で多く、佐賀県34.69人(前週31.79人)、長崎県28.46人(同30.29人)、宮崎県25.84人(27.21人)などで、前週より減った県があるが依然高い水準だ。一方、秋田県8.08人(7.06人)、青森県13.62人(8.23人)など東北地方、北海道では西日本と比べると少ない水準ではあるとはいえ、前週より増えた。

 同省は8月4日午後、厚労省に対策を助言する専門家組織が会合を開き、最新の感染状況などを検討した。会合での報告によると、5類移行前の4月上旬から緩やかな感染増加傾向が続いている。地域別の新規患者数も42都府県で増加傾向。年代別患者数は10代を除き全ての年代で増えている。

 全国の新たな入院者数は1万1801人で前週より増えた。重症者の数も増える傾向にあり、特に7月中旬以降、重症者が増加している。ただ、医療体制については全国的なひっ迫は起きていないという。

 今後の見通しについて専門家組織は「この夏の新規患者数は増加が継続する可能性があり、医療提供体制への負荷を増大させる場合も考えられる」「夏休みなどによる接触機会が増加し、感染状況に与える影響に注意が必要だ」と指摘した。脇田隆字座長は会合後の会見で「今後も患者増加が続く可能性がある。医療に負荷がかかる恐れがあり、リスクが高い場面では注意してほしい」などと述べている。

厚労省に対策を助言する専門家組織座長の脇田隆字氏
厚労省に対策を助言する専門家組織座長の脇田隆字氏

先祖株の遺伝子組み換えで生まれたXBB株

 現在国内で流行している新型コロナウイルスの主流はオミクロン株派生型のXBB株だ。この株はワクチン接種や感染により得られた抗体が効かなくなる「免疫逃避」の能力が高いと指摘されている。実際、ワクチンを5回接種していながら感染したという友人の話を最近聞いた。症状は38度程度の発熱だけで軽かったという。

 XBB株はオミクロン株のBJ.1株とBM.1.1.1株という2種類のウイルス表面にあるスパイクタンパク質の一部(受容体結合部位、RBD)で何らかの理由で遺伝子組み換えが起き、高い実効再生産数(流行拡大能力)を得た―。このような研究成果を京都大学の医生物学研究所とiPS細胞研究所や東京大学、北海道大学などの研究グループが5月に発表している。RBDはヒトの細胞表面にある「ACE2」というタンパク質とくっつく部分で、感染の鍵を握るとされる。

 BJ.1株とBM.1.1.1株はオミクロン株の先祖株で、2022年の春ごろから広がったBA株の子孫となる株だ。京都大学の研究グループによると、先祖株の遺伝子組み換えによって生まれたXBB株は同年9月ごろからインドを中心に流行し、世界に広がった。

 同研究グループは実験結果から、XBB株が最初に生まれたのは22年6月中旬から7月上旬と推定でき、先祖株のBA株よりも抗体による液性免疫からの逃避能力やヒト細胞への高い侵入能力が高いことを確認している。遺伝子組み換えによる実効再生産数の上昇を実験で観察したのはXBB株の例が初という。

オミクロン株のXBB株がBA株から生まれた流れ(京都大学などの研究グループ/京都大学提供)
オミクロン株のXBB株がBA株から生まれた流れ(京都大学などの研究グループ/京都大学提供)
国立感染症研究所が分離したオミクロン株の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)
国立感染症研究所が分離したオミクロン株の電子顕微鏡画像(国立感染症研究所提供)

名市大が推定感染者地図を公開

 「定点把握では感染実態が実感しにくい」との指摘をよく聞く。こうした指摘を受けて名古屋市立大学の研究グループは、定点把握の数値を基に都道府県別の感染者数を推定し、感染が集中する地域を地図上に表示する専用ウェブサイトを作成し、8月1日から公開している。

 同大学データサイエンス学部の間辺利江准教授らは、2021年7月から感染者が集中している地域の情報をウェブやアプリを通じて発信してきた。新型コロナの感染症法上の位置付けが5類になり、感染者の広がりが分かりにくくなったことから、これまで蓄積してきたデータと定点把握の数値を比較する独自の手法を開発したという。

 この手法により、都道府県別の感染者の全数を推定し、シミュレーション分析を駆使して感染者が他より集中するエリアを特定し、地図で示すことができる。推定感染者数は実数とほぼ変わらないことも確認したという。

 7月24~30日分の定点把握を基にした推定では、この間の全国の感染者数は約55万9000人で、首都圏などで感染者が集中していた。定点把握に合わせて週1回更新される。サイトの中の「感染集積地域」「都道府県別の感染者数(推定値による)」の都道府県部分にマウスのカーソルを当てると集積レベルや推定感染者数が分かる仕組みだ。夏の移動シーズンを迎えて間辺准教授らは、観光や帰省による移動先の感染状況を知る上で役立ててほしいとしている。

全国の推定感染者数の推移のグラフ(名古屋市立大学の専用サイトから、同大学提供)
全国の推定感染者数の推移のグラフ(名古屋市立大学の専用サイトから、同大学提供)

9月20日からXBB対応ワクチン接種

 厚生労働省はこれまで従来株と変異株に対応する2価ワクチンの使用を認めてきたが、9月20日からはXBB株だけに対応する1価ワクチンによる接種を始める。より高い中和抗体価の上昇などが期待できるという。既に都道府県などに周知しており、対象は接種可能な生後6カ月以上の全ての年代で公費負担だ。高齢者や基礎疾患がある重症化リスクが高い人は接種の「努力義務」や「接種勧誘」が適用される。

 同省は米製薬大手ファイザーと米バイオ企業モデルナの2社からの承認申請について審査中で、9月上旬までに承認される見通しだ。ファイザーはXBB株に対応するワクチン接種の対象を生後6カ月以上として承認申請。モデルナは対象を6歳以上としている。5月から始まった高齢者や基礎疾患がある人などを対象にした現行接種は9月19日で終了する。

 政府の集計によると、ワクチンの総接種回数は8月8日現在4億621万5583回。1回目の接種率は80.9%、2回目は79.9%、3回目は68.8%だが、4回目以降はさらに接種率が下がっているとみられ、同省はXBB株対応ワクチンの接種率が高くなることを期待している。

 今のところ日本だけでなく世界的に見ても、過去次々と生まれた変異株と比べて感染力や症状を引き起こす病原性が顕著に高い新たな変異株は生まれていない。多くの人がウイズコロナの日々を送っている。ある厚労省関係者は「今後悪質な変異株が現われないことを祈るばかりだ」と言う。

これからも自分や大切な人たちを守るための対策を

 政府は感染症対応の司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁」を9月1日付で発足させる。新たな統括庁は感染症対応策の企画立案や調整を一元的に担う。緊急時には他省庁の応援を求め、最大数百年規模で対応に当たるという。

 厚労省関係者によると、政府は国民生活に影響を与える感染症の発生時に実施する措置をまとめた「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」を一連のコロナ禍の教訓と反省を生かして見直す準備を始めたという。見直しの対象は医療体制や検査、ワクチン接種体制のほか、初動態勢の在り方や国内外の情報収集など多岐にわたるという。

 コロナ禍で明らかになった医療提供体制や検査体制、保健所機能に関する不備を指摘する専門家らの声に応えた長期的な戦略だ。一方、足元を見ると、第9波を迎えていると指摘される現在、医療提供体制の現状は一時医療ひっ迫した沖縄県の例が示すようにまだ心許ない。政府には長期的な感染症対策の強化とともに、 当面の新型コロナ対策についても先手を打ち、再び経済活動や社会生活を止める事態にならないようにする努力が求められている。

 現在の第9波は第8波を超える可能性がある、と予測する専門家の声さえ聞かれる。それでも多くの人の危機感は昨年より弱くなっている。その背景として行動制限がなくなっただけでなく、新型コロナの知識も増してウイルスの性格やリスク評価に対する「相場感」ができたことも大きいだろう。幸い変異株の性質による重症化率は以前より低下した。

 だが、高齢者や基礎疾患のある人などにとって巷(ちまた)からまだ消えない新型コロナウイルスは危険だ。政府や自治体から一律に行動制限を求められることはなくなった。だからこそ、私たち自身は大丈夫と思っても家族など身近な人たち、つまり大切な人たちを守るために自ら情報を集め、個人でできる対策を忘れないようにしたい。

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