レビュー

はやぶさ2、太陽系の歴史語る成果 チームは新たな小惑星に向け新体制に

2022.07.08

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 探査機「はやぶさ2」が地球に帰還して1年半あまり。小惑星で困難の末に採った試料を見事に持ち帰ったが、フィナーレを迎えたわけではなく、科学の成果はいよいよこれからだ。研究者らは試料の分析を始めており、6月には、人類が太陽系の理解を深めるための鍵となる成果が明らかにされた。一方、機体は9年後に到達する別の小惑星に向け航行中で、加速のため、電気で推進するイオンエンジンの運転を再開したところだ。活動の節目を迎えたことからチームが会見し、体制の変更を発表した。

9つの世界初「よくあれだけのことができた」

 「数字で言ってしまうと、後の(今後のはやぶさ2計画の)人たちが困るので…花丸、二重丸です」

 6月29日、相模原市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所で開かれた会見で、これまでの成果を点数で表現するよう新聞記者から求められた津田雄一プロジェクトマネージャは、控えめにこう応じた。一方で、当初に設定していた「イオンエンジンで推進し小惑星到達」から「地球、海、生命の材料物質に関する新たな科学的成果」まで11の成功基準を全て達成したことや、「小惑星での人工クレーター作成」「地下物質へのアクセス」「C型(炭素質)小惑星の物質回収」など9つの「世界初」を実現したことを紹介。「冷静に振り返って、よくあれだけのことができたと思っている」と胸を張った。

はやぶさ2の模型を前に会見する津田雄一プロジェクトマネージャ(左から3人目)ら、チームメンバー=6月29日、相模原市中央区のJAXA宇宙科学研究所
はやぶさ2の模型を前に会見する津田雄一プロジェクトマネージャ(左から3人目)ら、チームメンバー=6月29日、相模原市中央区のJAXA宇宙科学研究所

 はやぶさ2が小惑星「リュウグウ」で採取した試料を収めたカプセルは2020年12月6日、オーストラリアの砂漠地帯に着地。現地で先に内部のガスだけを取り出した後、2日後に宇宙研に到着した。専用施設で真空状態で開封したところ、想定した最低100ミリグラムを大幅に上回る約5.4グラムの試料を確認した。その後、窒素を満たした装置で、多くの試料の基本観察や記録を実施。昨年5~6月にはその一部を、初期分析の専門6チームなど8つのチームに分配し、分析や記録が続いている。米航空宇宙局(NASA)にも提供したほか、国内外の科学者から研究テーマの提案を受け、分配を繰り返す。各地の博物館や公共施設を巡回し、一般にも公開されている。

(左)JAXAの専用施設内でリュウグウの試料から大きな粒を取り出す作業=昨年1月。(右)リュウグウに人工クレーターを作成し採取した、地下の物質を含む試料(いずれもJAXA提供)
(左)JAXAの専用施設内でリュウグウの試料から大きな粒を取り出す作業=昨年1月。(右)リュウグウに人工クレーターを作成し採取した、地下の物質を含む試料(いずれもJAXA提供)

太陽系形成期の物質を示すことは「日本の責務」

 6月10日には専門チームの最初の報告として、北海道大学などの「化学分析チーム」が、リュウグウの試料の科学的価値を象徴する成果を発表した。試料が含む66種類の元素を分析した結果、太陽系形成時の元素の組成を保っているとされる「イブナ型炭素質隕石」によく似ていることを突き止めたのだ。

 イブナ隕石は1938年にタンザニアに落下したもの。このタイプは地上で9個見つかっており、太陽系の歴史を理解するための「標準試料」とみなされてきた。リュウグウの試料は元素組成や同位体比が、これと極めてよく似ていた。一部の違いは、隕石が地球に落下し、地上で年月を重ねるうちに汚染されたり、風化したりしたことによると考えられる。つまり、変質を免れたリュウグウの試料は「これまで人類が手にした最も始原的な宇宙試料」(はやぶさ2チーム)で、太陽系の標準試料として今後、幅広く活用されそうだ。隕石を基にしたこれまでの成果を、見直す必要も出てくるかもしれない。成果は米科学誌「サイエンス」に掲載された。

 はやぶさ2のプロジェクトサイエンティストを務めてきた名古屋大学の渡邊誠一郎教授(惑星形成論)は「(イブナ型炭素質隕石は)今までの太陽系科学の基盤になってきた隕石で、元素の種類や同位体比が、惑星の材料や分布に関するさまざまな仮説の土台になってきた。汚染や風化の可能性は指摘されてきたが、これまでは証明が難しく、今回は貴重な試料を手にした。まだ、われわれが持つ10%にも満たない量しか分析していない。これから残りも使って、太陽系の始原物質がどういうものかを徹底的に示す。それが、世界の惑星科学に対する日本の責務だ」と力説する。

親は氷の天体か みえてきたリュウグウの生い立ち

 リュウグウは元の天体が衝突して壊れ、破片が再び集まってできたと考えられてきた。はやぶさ2の探査中の観測や岡山大学などからなる他チームの試料分析も合わせ、リュウグウのより詳しい歴史も浮かび上がっている。元の天体は、木星の軌道よりかなり外側でできた氷の天体の可能性があるという。太陽系誕生の数百万年後に、放射性同位体の崩壊熱で氷が変質するとともに、さまざまな鉱物や有機物が作られた。その後は木星や土星の引力に釣られて太陽系のより内側へと移動し、別のタイプの小惑星と衝突して破片が集まってリュウグウになった。その間に、氷が蒸発して隙間だらけの物質の星になった--こんな筋書きだ。

(左)はやぶさ2が撮影したリュウグウ(JAXA、東京大学など提供)。(右)人工クレーターを作成し採取して得られた試料の一つ。長径2.1ミリ、重さ2ミリグラム(JAXA提供)
(左)はやぶさ2が撮影したリュウグウ(JAXA、東京大学など提供)。(右)人工クレーターを作成し採取して得られた試料の一つ。長径2.1ミリ、重さ2ミリグラム(JAXA提供)

 こうした歴史や、試料から異性体を含む23種類のアミノ酸が検出されたことなどから、リュウグウのような小惑星が地球に海や生命の材料をもたらしたとする仮説も、改めて注目されそうだ。米国版はやぶさともいわれる探査機「オシリスレックス」が小惑星「ベンヌ(ベヌー)」の試料を来年9月に地球に持ち帰る予定で、はやぶさ2の試料と比較することで、成果がより深まると期待されている。渡邊氏は「初期の成果が出そろった時点で、改めて全体像を伝えたい」とする。

 宇宙科学では探査機の動静に一般の注目が集まりがちだ。一方、探査機が地球に届けたデータはその後、研究者が歳月をかけ分析し、論文などの形で科学の知見となっていく。半世紀前に米アポロ計画で採取された月の岩石に、今も世界の研究者が目を凝らしている。はやぶさ2が採取した試料も、全てをすぐに科学者に分配するのではない。60%は、今より分析技術が発展するであろう将来に託し、保管するという。

さらに9年、小さな星へと旅は続く

 一方、2014年12月3日の打ち上げから今月8日で2774日を迎えたはやぶさ2は、小惑星「1998KY26」を目指して航行。6月28日、加速のため10月頃までの予定でイオンエンジンの運転を開始した。今後は2026年7月に小惑星「2001CC21」に接近し、観測しながら引力を利用して加速。27年12月と28年6月の2回にわたり地球に接近後、31年7月に小惑星「1998KY26」に到着する。

 1998KY26は直径約30メートルの球状で、同約1キロ(赤道)のリュウグウよりはるかに小さく、わずか10分ほどの周期で自転している。はやぶさ2は、このタイプの天体の探査技術の獲得を目指す。この大きさの天体は100~数百年ごとに地球に衝突しており、探査が被害対策などの研究に役立つ可能性があるという。はやぶさ2は今回は片道切符で、地球に再び帰ることはない。

体制の移行に合わせ、はやぶさ2のマークも一新した。会見後にサインを入れたチームメンバー。左端が三桝裕也・探査機運用リーダー=6月29日、相模原市中央区のJAXA宇宙科学研究所
体制の移行に合わせ、はやぶさ2のマークも一新した。会見後にサインを入れたチームメンバー。左端が三桝裕也・探査機運用リーダー=6月29日、相模原市中央区のJAXA宇宙科学研究所

 なお6月30日で「はやぶさ2プロジェクト」は解散し、1998KY26を目指す「拡張プロジェクト」体制に本格移行した。従来は組織上、JAXA直轄だったのに対し、JAXA宇宙研に属する形となった。津田氏が引き続きプロジェクトマネージャとして指揮を取るが、三桝(みます)裕也主任研究開発員が新たに「探査機運用リーダー」となった。

 三桝氏ははやぶさ2に10年あまり携わり、機体の航行制御に尽力してきた若手だ。会見で「はやぶさ2は既に設計寿命を迎えており、いつ何が起こってもという状況。着実に運用を進め、少しでも長く良いニュースが届けられるよう全力を尽くしたい」と意気込んだ。

「英知につながる、最先端技術を使った究極の基礎科学」

 人類が存続するため、豊かになるために、科学技術がいかに貢献するかが、しばしば問われる。1年半前、はやぶさ2帰還会見が祝賀ムードに浸る中で筆者は津田氏に「このような宇宙の探求は一部の宇宙ファンを喜ばせるだけではなく、人類全体を豊かにするのか」と厳しめに尋ねた。その回答を当時の記事にうまく盛り込めなかったのだが、心にしまっておくのは、もったいない。遅くなったが、ここで紹介して記事を締めくくりたい。

 「科学者は英知を明らかにすることで、人間が豊かになり、世界が良い方向につながると信じる。知るというのは人間の好奇心、本性に訴えることで、それがすごく美しく、良い方向に働くのが科学の探究だ。知的好奇心は誰にもあるかもしれないが、こういう科学のミッション(任務)は誰にもできるものではく、それなりの余裕や実行の基盤が必要だ。幸いそれがあり、あるいはそれを想像できる科学者であるわれわれが、世界を広げなければならない。科学は必ずしも、目の前の物事にすぐに役立つことを目指してはいない。これは最先端の技術を使った究極の基礎科学。明らかになったことは必ず、何らかの形で人類全体の知識、英知の豊かさにつながると思っている」

小惑星の試料を入れたカプセルを地球へと放ったはやぶさ2の想像図(JAXA提供)
小惑星の試料を入れたカプセルを地球へと放ったはやぶさ2の想像図(JAXA提供)

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