サイエンスウィンドウ

敵を知り、己を知れば… 「はやぶさ2」が教えてくれたこと

2020.12.11

敵を知り、己を知れば… 「はやぶさ2」が教えてくれたこと
地球に帰還しカプセルを分離した小惑星探査機「はやぶさ2」の想像図と、別の小惑星への旅立ちを喜ぶ運用メンバー(いずれもJAXA提供)

 探査機「はやぶさ2」が6年間の旅を終えて12月6日、小惑星の物質を詰め込んだカプセルを地球に届けた。人類初となった小惑星の地下物質の採取など、果敢な挑戦は軒並み成功。10年前、トラブルを重ねた初代「はやぶさ」が満身創痍で帰還したのとは好対照に、今回の52億キロの順調な行程は過去の経験を生かし、日本の探査技術の高水準を世界に示した。背景には、状況を冷静に見極め、能力を研ぎ澄ませて挑戦を続けた運用チームの奮闘があった。

今回は映画にさせない

回収されたカプセル=12月6日、オーストラリア南部・ウーメラ砂漠(JAXA提供)

「じゃあ、1万点でお願いします」

 カプセルを回収した6日の会見。はやぶさ2のプロジェクトマネージャ(責任者)を務める宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授の津田雄一さんは、新聞記者から「6年間、100点満点で自己採点するとしたら」と問われると、晴れ晴れした表情で即答してみせた。

 はやぶさ2は、2010年に世界で初めて小惑星の物質を地球に回収した初代「はやぶさ」の基本設計を生かし、大幅に改良を加えた後継機。別の小惑星「リュウグウ」に着地し、地表と地下の物質を採取し地球に運んだ。

 「スローガンのように『今回は映画にさせない』と言ってきました。とんでもないトラブルに打ち勝つようなドラマがなかったので、映画は作りにくいでしょう。今のところ、CG作品を除いて話はありませんね」。サイエンスウィンドウの取材に、津田さんはホッとした表情を見せる。

 初代は、これでもかというほどトラブルを重ねた。姿勢制御装置の故障、燃料漏れ、通信途絶、機体を加速する「イオンエンジン」の全4基故障…。小惑星「イトカワ」から物質を回収したものの、地表に当てるはずの弾丸が不発に終わるなどして、ごく微量にとどまっている。一時は絶望視された帰還を、運用チームの執念で成し遂げた。最後に大気圏突入で探査機が燃え尽きた姿は国民的な感動を呼び、映画3本が公開されるなど一大センセーションを巻き起こした。初代の偉業は、中学や高校の教科書でも紹介されている。

ロボット投下、物質採取…奮闘1年5カ月

 はやぶさ2の足跡をざっとおさらいすると、次のようになる。

(画像はJAXA、池下章裕氏、東京大など提供。想像図を含む)
(画像はJAXA、池下章裕氏、東京大など提供。想像図を含む)

 2014年12月、JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県)からH2Aロケットで出発。地球の引力を利用して加速、軌道変更する「スイングバイ」を経て、18年6月にリュウグウに到着した。地形や重力などの観測を続け、JAXAの小型ロボット「ミネルバ2-1」、ドイツとフランスの「マスコット」を相次ぎ地表に投下。いずれも跳躍して移動し、地表の写真や観測データを地球に送った。

 探査の山場である物質採取は2回実施。19年2月に赤道付近に着地し、機体から弾丸を発射して地表の物質を舞い上がらせ採取。続いて4月、機体から分離した装置を爆発させて人工のクレーターを作製。この作業で露出した地下の物質を7月に採取した。

ミネルバ2-1が撮影したリュウグウの地表。岩だらけだ(JAXA提供)
ミネルバ2-1が撮影したリュウグウの地表。岩だらけだ(JAXA提供)

 19年11月にリュウグウとお別れ。復路も順調で今年12月6日、カプセルをオーストラリアの砂漠地帯に投下した。実際に物質をどの程度回収できたかは精査しないと分からないものの、チームは想定していた最低100ミリグラムを大幅に上回る量を見込んでいる。

 なお国内の大学連合が開発した別の小型ロボット「ミネルバ2-2」は不具合で計画通りの実験ができなかったが、リュウグウの上空を周回させ、重力の精密計測などに役立てている。

「牙をむいた」リュウグウと格闘

 こうして振り返ると、はやぶさ2がそつなく探査を進めたようにもみえてしまうが、実際はリュウグウに大いに苦しめられた。

 到着時、探査機が送ってきた画像を見たチームのメンバーは、相模原市にある管制室で一様に頭を抱えた。地表の全面が岩に覆われ、安全に着地できそうな平地が全く見当たらなかったからだ。津田さんは「最初のうちは『よく調べれば、どこか見つかるだろう』と思っていたが、1、2週間経って『これは歯が立たない』と愕然(がくぜん)とした」と振り返る。仮に着地を強行して岩に衝突すれば、機体が損傷して帰還が危うくなってしまう。

 研究者らは、小惑星には必ずある程度の平地があり、リュウグウにも100メートル四方ほどのものがあると考えていた。これに基づき、はやぶさ2の着地精度は約50メートルで設計されていた。困難に直面した津田さんは当時の記者会見で「リュウグウが牙をむいた」と口にし、途方に暮れた。

 事態を受け、2018年10月に見込んでいた初回の物質採取を延期。チームは少しでも広い平地を探す一方、はやぶさ2の設計上の性能ではなく実力の限界を探ることにした。降下訓練を通じて性能を詳しく分析したほか、リュウグウの重力の地域ごとのわずかな違いを考慮し、また岩石への衝突を確実に避けるため機体を傾けることに。数々の細かいアイデアをひねり出していった。

 最も大きな変更で、後の成功につながったのは「ターゲットマーカー」と呼ばれる小道具の使い方だろう。地表に落として位置の把握に役立てる目印だ。もともと初回の着地では、落ちていくマーカーを追いかけながら降下する計画だった。これを改め、マーカーをあらかじめ地表に落としておき、降下中にカメラで捉えて位置を精密に確認できるようにした。2回目以降の着地で挑戦するつもりの応用編だったが、着地点を正確に狙うため決断した。

 こうした検討を通じ最終的に、着地精度は設計を大幅に超える2.7メートルまで高まることを確認。一方、複数の候補地から、これを上回る半径3メートルのなだらかな土地を辛うじて見いだした。

第1回着地に向け、探査機の降下中に指揮を執る津田さん=2019年2月(JAXA提供)
第1回着地に向け、探査機の降下中に指揮を執る津田さん=2019年2月(JAXA提供)

 そして第1回の着地。はやぶさ2は機器類を全て完全に動かし、砂礫が舞い上がった様子を撮影して3億4000万キロ離れた管制室に送ってきた。弾丸を発射できなかった初代の雪辱を果たし、人類が重力の小さな天体で、新たな探査法を確立した瞬間となった。

 「本日、人類の手が新しい小さな星に届きました」。記者会見場に、津田さんの晴れやかな声がこだました。後の詳しい分析によると、実際の着地点の誤差はわずか1メートルだった。

挑戦すれどもギャンブルせず

 次なる挑戦は地下の物質採取。地表の物質は太陽光や宇宙線(宇宙空間を飛び交う微粒子)の影響を受けて風化しているのに対し、地下の物質は風化を免れて太古の状態を保っており、太陽系の歴史や風化現象の研究に役立つと考えられている。計画ではまず探査機から「衝突装置」を分離して爆発させ、人工のクレーターを作製。それで露出し飛び散った地下の物質を、着地して採取する。

(画像はJAXA、池下章裕氏、神戸大、東京大など提供)
(画像はJAXA、池下章裕氏、神戸大、東京大など提供)

 クレーター作製は、探査機や装置類に高度な立ち回りを強いた。探査機は衝突装置を分離後、爆発の被害が及ばないようリュウグウの陰に退避。衝突装置が上空で爆発し、飛び出た銅の塊が地表に激突してクレーターを作る、というものだ。衝突装置は1個しかなく一発勝負となる上に、爆発はタイマー仕掛けでいったん分離したら止められない。万一退避がもたつけば、飛び散ったものが衝突して探査機が損傷しかねない。

 結果的にこの作業は完璧に進み、狙い通りの場所に直径10メートルほどのクレーターを作製。探査機から分離したカメラが物質が飛び散る瞬間を撮影することにも成功し、細やかな技が世界の度肝を抜いた。その後の地下物質採取では、1回目をさらに超える60センチの誤差で着地している。

 リュウグウでの約1年5カ月を振り返り、津田さんは「小惑星相手に思いつく限りの挑戦をしました。ただし、イチかバチかというギャンブルはしていません。必ず安全を確保し、たとえ失敗しても探査機を失わないようにしました」と念を押す。

太陽系と地球、生命の歴史を探る

 そもそも、はやぶさ2の科学的な目的は何か。太陽系の小惑星は約100万個が知られており、大半は火星と木星の間の「小惑星帯」にある。しかしイトカワやリュウグウなど、一部は地球の公転軌道(太陽の周りを回る軌道)に接近するため、探査機が地球との間を往復しやすく、初代やはやぶさ2が実現している。

 地球などの惑星は形成時に天体の衝突を繰り返し、いったん高温になって物質が変質している。これに対し、小惑星には大規模な変質がなく、惑星ができた時代の状態を比較的よく保っていると考えられている。その物質を採取して直接分析すれば、太陽系の歴史を理解する上で有力な手掛かりになるという。

(画像はJAXA、東京大など提供)

 小惑星のうち、リュウグウは地上からの観測に基づき、生命に欠かせない有機物や水を含むタイプに分類されている。同じようなタイプの天体が太古の地球に衝突することで、生命や海水の原材料がもたらされたことが有力視されている。はやぶさ2はこのことの検証を通じて生命のルーツを探るという、人類の根源的な好奇心に基づく使命を帯びてきた。

 はやぶさ2ミッションマネージャを務めるJAXA准教授の吉川真さんは「はやぶさ2が採った物質には、いったいどんな有機物が含まれているのでしょう。サイエンスの成果は探査中のリアルタイムには出にくく、カプセルが帰ってからが注目です」と強調する。

地球への天体衝突に備える研究にも貢献

管制室で打ち合わせる吉川さん=2018年6月(JAXA提供)
管制室で打ち合わせる吉川さん=2018年6月(JAXA提供)

 天体の地球衝突に備える「プラネタリーディフェンス」研究の第一人者でもある吉川さんは「科学だけがはやぶさ2の探査目的ではありません」と付け加える。6600万年前、地球への天体衝突で恐竜が絶滅したことは広く知られているが、天体が地球を襲うリスクはずっと続いている。2013年にはロシア・チェリャビンスク州に直径約17メートルの隕石が落下し、広範囲の建物やガラスが損傷するなどして多くのけが人が出た。

 地球に接近する天体のうち、概ね直径1キロ以上のものは発見済みだが、それ以下でも20メートル程度以上だと大きな被害を及ぼしそうだ。もし、地球にぶつかる大きなものが見つかったら…。「今の技術だと、探査機のようなものを早めにぶつけて軌道をずらすしか考えられません。回避法を考える上でも、リュウグウの素性を調べることが重要です」と吉川さん。

 はやぶさ2はカプセルを地球に届けた後、残りの燃料を利用して次の旅を始めている。2026年に別の小惑星「2001CC21」を横切り、31年に「1998KY26」に到着して探査する。今回は地球には戻らない。1998KY26の直径は約30メートルで、吉川さんによるとこの規模の天体は100〜200年に1回、地球に衝突する。プラネタリーディフェンスの観点から、この探査も大いに注目されるという。

厳しい相手だからこそ

 はやぶさ2が私たちに教えてくれたことは何だろう。中国・春秋時代の兵法書「孫子」の有名な言葉に「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」がある。敵と味方、双方の情勢をしっかり把握すれば、何度戦っても敗れることはないというものだ。

管制室に飾られた「リュウグウノツカイ」のおもちゃ。横の標語は運用メンバーが、時々取り替えるのだとか(JAXA提供)
管制室に飾られた「リュウグウノツカイ」のおもちゃ。横の標語は運用メンバーが、時々取り替えるのだとか(JAXA提供)

 この言葉を津田さんに向けると「リュウグウという相手を知れば知るほど、それまでの知識では太刀打ちできないことが分かりました」と振り返ってくれた。「厳しい相手だからこそ『自分たちに、もっと能力がありはしないか』と、底力を見極める必要がありました。『さすがにそれ以上は、やってはいけない』という限界も。われわれはまさに、この(孫子の)言葉通りにやったのだと思います」

 はやぶさ2チームは「映画にさせない」を合い言葉にしてきた。しかし振り返るに、初代とはやぶさ2はむしろ一続きの物語ではないか。今回のチームの奮闘と成功、帰還まで語られてこそ、1本の映画になるように思えてくる。

津田雄一(つだ・ゆういち)
(JAXA提供)

津田雄一(つだ・ゆういち)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系教授、小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ

2003年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。JAXA助教、米ミシガン大学、コロラド大学ボールダー校客員研究員、JAXA准教授などを経て、2020年教授。
研究テーマは宇宙工学、宇宙航行力学、太陽系探査。

吉川真(よしかわ・まこと)
(JAXA提供)

吉川真(よしかわ・まこと)
JAXA宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系准教授、「はやぶさ2」ミッションマネージャ

1989年東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、郵政省通信総合研究所主任研究官、文部省宇宙科学研究所助教授などを経て2003年、組織改編によりJAXA宇宙科学研究所助教授(現、准教授)。
研究テーマは天体力学、惑星探査、プラネタリーディフェンス。

関連記事

ページトップへ