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世界の33~36億人が気候変動に対応できず IPCCが適応策強化求める最新報告書

2022.03.03

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 世界人口の4割以上の約33~36億人が気候変動に対応できずに既に被害を受けやすい状況にある、などとする報告書を「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第2作業部会がまとめ、2月28日に公表した。報告書は、気候変動に適応できない人々や生態系が最も大きな打撃を受けていると指摘。世界各国に向け、被害を少しでも減らすための適応策を強化するよう求めている。昨年8月に公表され、「人間活動が温暖化させたことは疑う余地がない」と断じた第1作業部会の報告書に続き、改めて世界に「人類の危機」を警告した形だ。

IPCC第2作業部会報告書の政策担当者向け概要の表紙(IPCC提供)

 IPCCは1988年の発足以来、気温や海面の上昇など将来予測を検討する第1作業部会、気候変動による影響や適応策を検討する第2作業部会、温室効果ガスの排出削減策を検討する第3作業部会に分かれ、世界各国の科学者や政策担当者が参加して報告書をまとめて公表。各国の対策に大きな影響を与えてきた。今回公表されたのは第2作業部会の最新報告書。本編は約3700ページに及び、政策担当者向けの概要でも37ページある。 第3作業部会の報告書は4月に、また9月には3つの報告書を集約した第6次統合報告書がそれぞれ公表される予定だ。

気温上昇幅が1.5度超えると影響深刻

 昨年8月の第1作業部会の報告書は「温室効果ガスを多く排出し続けると世界の平均気温は産業革命前と比べて2021~40年の間に1.5度以上上昇する可能性が非常に高く、排出量を低く抑えても1.5度を超える可能性がある」と指摘した。忘れてはいけないのは現在既に1.1度上昇してしまっていることだ。今回公表された第2作業部会の報告書は、第1作業部会の報告書を受ける形で、1.5度に抑えられるか、超えてしまうかで、人類への影響は大きく異なることを何度も強調している。

世界の平均気温の変化と今後の上昇予測。予測シナリオは対策によって異なり、今世紀末までの上昇は1.5度未満から、2.6度、さらに4.8度と、大きな幅がある(IPCC第2作業部会報告書より)(IPCC提供)

 報告書は、産業革命前と比較して世界の平均気温が既に約1.1度上がっていることを前提に「人間活動による気候変動は既に熱波や激しい豪雨などの『極端な気候』の頻度や強度を増加させ、自然や人間に対して広範囲に悪影響と損失、損害を引き起こしている」と指摘。例えばアフリカや中南米では洪水や干ばつにより食糧・栄養の不足や不安が増大しているとした。そして既に自然や人間の適応能力の限界を超えて不可逆的な影響をもたらしている、と警告した。

 また、気候変動に対して生態系や人間は弱い存在であることも強調し、人間による生態系の破壊は人間自身の脆弱(ぜいじゃく)性を高める、とした。そして、気候変動の影響は社会経済が十分発展していない地域でより大きく、世界の人口の4割以上に当たる約33~36億人が気候変動に対応できずに非常に脆弱な状況で生活している、と指摘した。

 「リスクの水準は社会経済的開発の水準などに左右される」とした上で地域ごとの影響を分析しているのも特徴だ。例えばアフリカでは農産物被害や栄養不良、感染症増加被害などが、アジアでは洪水・暴風雨被害や栄養不良などと気候変動の関係がそれぞれ高いとしている。

 昨年10月31日から11月13日まで、英国・グラスゴーで国連気候変動枠組み条約の第26回締約国会議(COP26)が開かれ、気温上昇を1.5度に抑える「努力を追求する」ことで合意した。だが昨年秋までに国連に提出された各国の温室効果ガス削減目標を積み上げても、気温上昇は2.7度に達すると試算されている。

COP26の閉幕セッションの様子(Kiara・Worth/UNFCCC提供)

 今回、報告書は気温上昇が1.5度を超えると極地の氷床や氷河が溶けて海面が上昇し、生態系が回復不可能な影響を受けるとした。数万種の生物種のうち最大14%は絶滅リスクが非常に高くなり、2度上昇では絶滅リスクは最大18%に達するという。さらに2040年以降は気温上昇の水準に応じて自然や人間のシステムに多くのリスクをもたらし、うち127の具体的リスクが特定されている、と明記している。

世界の地域ごとに観測された気候変動影響(IPCC第2作業部会報告書より)(IPCC提供)

迅速な適応策で被害低減は可能

 第2作業部会の報告書は今回、既に「気候危機」が顕在化し、適応策が十分でない発展途上国の人々を中心に深刻な打撃を受けていることを詳述。今世紀末までに1.5度上昇してしまうと、熱波や干ばつにより健康リスクや食糧リスクが増大する一方、沿岸に住む10億人以上に洪水被害リスクがあるとした。そして今世紀末までに気温が2~3度上昇すると洪水だけで12.7兆ドル(約1450兆円)の資産が被害を受ける、などと指摘した。

 報告書は全編にわたり、気温上昇が進むほど、生態系や人間に対する被害が拡大すると警告している。しかし、その一方で強い対策や適応策を速やかに実行することにより、被害を低減できることを強調している。適応策とは、温暖化の悪影響にあらかじめ備えて対策を取ることだ。「既に多くの分野や地域での適応策は失敗している証拠がある」と指摘し、地域の特性に応じ、分野横断的な計画を策定、実施する必要性を強調している。今後10年の取り組みが重要という。

 報告書の公表に際してIPCCのイ・フェソン議長は「この報告書は私たちの(気候変動対策に対する)怠慢がもたらした結果に対する悲惨な警告で、気候変動が私たちの幸せにとって深刻な脅威であることを明示している」などとコメント。国連のグテレス事務総長は「適応策と温室効果ガス削減策は同じ力点と緊急性をもって追求されなければならない」などと発言した。

IPCC第2作業部会報告書公表に際して発言する国連のグテレス事務総長(国連提供)

国内で適応策実施の加速を

 適応策は多くの先進国で進められている。日本政府は2018年6月に気候変動による農作物への打撃や、災害や異常気象による被害などを抑えることを目的とした「気候変動適応法」を成立させた。この法律は、気候変動の影響が既に顕在化しているとの前提に立ち、国のほか、地方自治体や企業・事業者が担う役割を明確化した。そして国には「気候変動適応計画」の策定を求めたほか、自治体にも「努力義務」として地域の状況に応じた「地域気候変動適応計画」策定を求めている。

 また昨年10月には政府の気候変動適応計画が改訂された。計画では自然災害、農林水産業、健康、産業活動など多くの分野の多岐にわたる対策が盛り込まれている。近年、激しい豪雨や熱波などの気候危機が顕在化して被害も拡大している。農業分野では既にコメの白濁やりんごの着色不良、温州みかんの浮皮といった影響が見られ、対策は喫緊の課題だ。適応策としては水害時にダムや河川のほか、水田や湿地帯に水を貯めて周辺地域への影響を緩和する総合的な治水の試みなども始まっている。

改訂された気候変動適応計画の概要(環境省提供)

 気候変動適応計画の実効性を高めるためには、自治体や地域の企業・事業者の取り組み強化が重要で、気候変動や温暖化を見越した自治体による地域適応計画策定がカギを握る。IPCCの今回の報告書を日本でも国、地域、民間の各レベルでの適応策実施を加速させる機会にする必要がある。

 報告書は地球規模の気候変動がもはや「防ぐ」段階ではなく、いかに「被害を軽減させるか」の段階に来ていることを明確に示した。「待ったなし」の気候変動対策を進めるためには国際協調が大前提だ。この報告書はロシアのプーチン政権によるウクライナへの武力・軍事侵攻が本格化した時期に開かれたIPCC第55回総会で承認されている。現在、安定した国際秩序は危機にある。

 だが、その一方で深刻化する「気候の危機」もまた、紛れもない現実だ。国際社会はこちらの危機にも対峙しなければならない。発展途上国援助を含めた国際協調・国際協力が欠かせないが、同時に各国内で適応策を確実に進めていくことが求められている。

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