基礎研究の重要性を再確認した2016年
新しい年が始まった。2016年をまず振り返ると、昨年はノーベル医学生理学賞を大隅良典博士が受賞した。3年連続で日本人がノーベル賞を受賞したことになり大変嬉しく喜ばしいことだった。また、九州大学の森田浩介博士が合成に成功した113番元素がニホニウム(nihonium)と命名されたことも、日本の基礎研究力の強さを実感させる出来事だった。
知的好奇心に基づいて未踏の領域に大胆に挑戦する基礎研究は、多くの場合、社会実装までの道のりが長い。いま何の役に立つのか分からない研究成果が、次世代やそのまた次の世代で初めて有用になることもあるし、そもそも役立たない分野もある。スポーツなどと比べると研究という行為は進展状況も分かりにくい。従って、大隅博士が何度も強調するように「社会が学術研究を支える」という意識がなければ、基礎科学を持続発展させることは不可能である。昨今の運営費交付金削減の傾向に対して学術界が心配しているように、日本が国として基礎研究分野に一定の公的支援を行っていくことは、やはり政府としての重要な責務であろう。(参考文献1)
基礎から社会実装まで多様な研究
一方、社会に目を向けてみると、我々は激動の中にある。産業界では生産工場が発展途上国に移り、国内の生産工場で中間所得層が拡大した時代はもはや過去の記憶となった。それどころか、グローバル化と情報化の同時進行により、「Facebook」や「Amazon」で分かるように、ライバルとの差別化に成功した一握りのグローバル企業だけが富を得られる”Winner takes all”が始まっている。さらに今後は第4次産業革命(人工知能=AI、「IoT」による労働代替)の到来により情報技術を中心とした革新的な社会変化が予想されている。(参考文献2)
また、気候変動への対処をはじめとする持続可能な社会の実現という難題も存在する。加えて、国内では少子高齢化に伴う労働人口の減少(ただしこれはデメリットばかりではない(参考文献3))と、これに関連する医療保険制度の持続可能性、地方都市間の格差などの問題が山積している。
昨年、英国や米国で行われた重要な選挙で、大衆が「保護主義」という選択を行なったことは驚きであった。難民問題や移民問題など他の要素があったとはいえ、そこには中間所得層のいら立ちを見てとることができ、先進国の経済構造がどこも似たような状況にあることをにじませていた。
しかし、長期的に経済の健全性を維持するために重視すべきなのは、やはり独創的なアイデアで世界に新しい価値を提供する「イノベーション」であろう。”Winner takes all”の世界は独創性や先見性が軸となる科学技術とベクトルが一致しやすく、当然ながら科学技術に期待が高まる。新産業の芽となるイノベーションに加えて、社会的課題を多く抱える日本では社会的なイノベーションも欠かせない。つまり科学技術の研究は、冒頭で述べたような基礎研究からイノベーションを生むような出口志向の研究までの多様な研究、そしてそれらの社会実装のための活動がますます重要となっている。
大学の価値観はどう変わるべきか、変わらざるべきか
既にこうした方向性は各国共通となっているが、日本でも数年前から科学技術イノベーション政策として科学技術基本計画などに明確に示され、それぞれの政策の中でイノベーション創出に向けた研究開発投資が行われている。国の科学技術関係予算のうち約3分の2を担当する文部科学省も出口志向の強い研究への助成を強化している。そうした状況の中で国の政策の変革に対して、現場の反応は総じてゆっくりしていると感じる。
イノベーションという言葉が頻出している割には、従来との違いがよく見えない、と感じることがある。「だれがイノベーションを起こすのだろうか」という気にさせられるのである。出口志向の研究の評価委員を務めることがあるが、出口志向と言いつつ、せっかく大学で新しい計測器を開発しても、特許を取得して論文で報告しただけで商品化に向けた働きかけは一切していなかったり、そもそも設計思想にコスト意識が全くなく容易には民生品になりそうもなかったり、といった例を目にする。
どのような挑戦も多くのトライ&エラーが必要で、成功はひと握りなのだが、研究のフェーズ以外では「トライ&エラー」の痕跡(こんせき)が見えないケースが多い。厳しい言い方になるかもしれないが、イノベーションの名を借りた研究計画で予算を獲得し、従来の研究の延長線上のものを行なっているのではと思わせるものもある。
イノベーションを社会実装という側面で見てみると、社会で使えるものにするまでには複雑な要素が絡む。このため、開発費用のほかに、異分野の「専門知」を調和させる力や、現場の人々とのコミュニケーション能力、説得能力など「人の能力」が要求される。自ら社会を変えたいという内側からの強い使命感や挑戦意識、持久力も不可欠だ。新たな可能性を思い描き、異なる世界を想像するスキルは遊びの延長にあり(参考文献4)、そもそもイノベーションにはクラスの休み時間に新しいルールの遊びを提案するような面もあるから「遊び心」が特に重要な場合もある。それでも市場側の都合に合わなければ成功はなかなか難しい。イノベーションとはそういう種類のものだろう。
イノベーションに対して、研究は基本的には世界初のことをやって論文にまとめれば完結する(もちろん簡単なことではないが)。逆に継続して論文を発表しなければ研究者はその世界で評価されない。つまり、研究として独創的ではあるけれど、その先にある社会実装のためのトライ・アンド・エラーといった“雑多”なことには、そもそも動機を持たないのが研究者だから、研究者任せにしておけば、社会実装は起きないのがふつうだろう。研究はイノベーションのタネを生むのに大きな役割を果たすが、それだけでイノベーションを起こすのは難しいのかもしれない。
現在は創造的変化に向けた過渡期か
人類の技術史を振り返った時、実は「必要は発明の母」というケースは限られていて、多くの技術が必要に応じて発明されたのではなく、発明された後に別の人間によってその時代に合った用途が見出されたものであるという見方がある(参考文献5)。現在のように、オープンサイエンスやオープンイノベーションが進む中ではなおさら、大学等の研究で得た知識を引き取って社会との結び付きを見出し、商品やサービスにまで育てる人材や仕組みをより洗練させることが大事になる。
実際、研究プロジェクトによっては、実用化への橋渡しをより確実にするために民間企業の人をリーダーにしたり、メンバーに多く加えたりしている。大企業の場合、すぐに利益につながらない研究プロジェクトにも人やお金を出す余力があるので研究プロジェクトに参加しやすい。その代わりに、いざとなると事業化判断までに時間がかかる傾向がある。かといって大変残念な状況ながらベンチャー企業を起業するような起業家は日本ではそう多くない。
やはり社会実装のフェーズを、研究のごく近くで担うイノベーターの存在に期待が高まる。研究開発法人の中では産業技術総合研究所のように、大学と企業との橋渡し機能を強化しているところがある。(参考文献6)。科学技術振興機構(JST)も関連した事業を展開している。技術コンサルティング、共同研究のほか、先端的な研究成果をもとにしたベンチャー企業の創出や支援を行っており、今後の展開に期待したい。
現在は挑戦のためにさまざまな試みがなされており、変化の真っ只中にあると感じる。ある社会科学者の研究によれば、(アパルトヘイトの撤廃やベルリンの壁崩壊に代表されるような)歴史的に大きな変革が成功した過程では、どう変わるべきかという学びに重点が置かれた。また、変革や変化の後に到来する未来を人々がイメージするために「革新性」「目新しさ」「多様性」との関わりを必要とし、時に政治的な衝突も伴った。しかも変化は一気に起きるのではなく、様々な階層で同時に起こりつつも、古い価値観が長く尾を引きながら徐々に新しい時代のものに置き換わっていった。(参考文献7)つまり、歴史を振り返ると、大きな変革が起きる際には、単に制度や技術の導入だけでなく、相応のプロセスを通した「多くの人々の価値観の変化」を伴わなければならなかったということだ。
多くの人が変わろうとするとき、変化は後からついてくる。現在が創造的な変革に向けた過渡期であるという期待を持って、今後の状況を見守りたい。
参考文献
1.「学術研究の持続的発展と卓越した成果の創出のために(声明)」文部科学省科学技術・学術分科会学術分科会長 佐藤勝彦(平成28年11月17日)
2.「21世紀からの日本への問いかけ(ディスカッションペーパー)」経済産業省次官・若手未来戦略プロジェクト(平成28年5月)
3.『武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ』村上由美子著
4.『未来のイノベーターはどう育つのか』トニー・ワグナー著
5.『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイヤモンド著
6.「イノベーションを推進するための取組について」経済産業省産業構造審議会産業技術環境分科会研究開発・イノベーション小委員会(平成28年5月13日)
7. K.Brown et al (2013) World Social Science Report 2013 Changing Global Environments