レビュー

国立大学に対する産業競争力会議の期待は

2015.07.01

小岩井忠道

 「未来投資による生産性革命の実現」と「ローカルアベノミクスの推進」を柱とする「『日本再興戦略』改訂2015」(素案)が、22日開かれた政府の産業競争力会議(議長・安倍首相)に示され、意見が交わされた。翌日の株価上昇の一因になったという報道もある。素案から読み取れることの一つが、産業競争力強化で国立大学に対する期待が一層高まっているという現実ではないだろうか。

 期待の高まりは、国立大学が改革を迫られているということでもある。「『日本再興戦略』改訂2015」(素案)に盛り込まれた中に、「特定研究大学(仮称)」制度の創設がある。会議に参考資料として提出された文部科学省の6月16日付文書「国立大学経営力戦略」と併せ読むと、創設理由は以下のようだ。

 「世界と互角に渡り合うリソースと経営力のある国立大学の形成」を目的とし、「海外のベンチャー支援人材を含め、国内外の優れた創業人材の登用や実践的な創業人材育成など、ベンチャー創出のプラットフォーム機能を担う」ことを文科省は期待している。「『日本再興戦略』改訂2015」(素案)の方は、「一般の国立大学に比べて自由に収益事業などができ、自己収入拡大を図れるグローバルな競争力を持ち、企業の投資対象として魅力的な国立大学」像を描いており、創設を可能にする法案を次期通常国会へ提出するとしている。

 素案には、複数の大学、 研究機関、企業、海外機関などが連携して形成する「卓越大学院(仮称)」という新制度も盛り込まれた。文理融合など異分野の一体的教育を促進し、イノベーティブな人材創出拠点として活用することを狙っている。IoT(モノのインターネット)・ビッグデータ・人工知能時代の到来も視野に入れたものだ。来年度から創設に向けて具体的取り組みを開始するとしている。文科省の「国立大学経営力戦略」では「新領域・新産業などを創造できる博士人材の育成」が目的とされている。

 素案は、年々削減されて国立大学の不満が大きい運営費交付金についてもさらに踏み込んでいる。「国立大学の自己改革を評価して、運営費交付金の『メリハリある配分を行う』というものだ。これまで以上に大幅減額される大学が出てくる可能性もある、ということだろう。新たな配分方法については、年末までに公表するとしている。

 国立大学が迫られる自己改革とは何か。「国立大学経営力戦略」によると、文科省が示す3つの重点支援枠組みから一つを国立大学にまず、選ばせる。「地域に貢献する取り組みとともに、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で世界・全国的な教育研究を推進する取り組みを中核とする」、「専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で、地域というより世界・全国的な教育研究を推進する取り組みを中核とする」、「卓越した成果を創出している海外大学と伍(ご)して、全学的に卓越した教育研究、社会実装を推進する取り組みを中核とする」の3つのうちからだ。力量、特徴を自ら見極めて選んだ枠組み(目標)に対して、どれだけの成果を挙げたかという評価に応じて、運営費交付金の額が決まる。

 国際的な評価や国際競争力の違いなどによって国立大学は既に研究資金の額で大きな差がついている。素案には、大学間の格差がさらに広がると思われる措置が他にも盛り込まれた。年々縮小してきた運営費交付金とは逆に増えている競争的研究費に関する改革だ。文部科学省と内閣府の大学等に対する競争的研究費について、その30%に相当する額を間接経費として競争的研究費を獲得した研究者の属する大学等に支給する新しい仕組みを、来年度新規案件から実施するとしている。

 文科省の「国立大学経営力戦略」が大学に自己改革を迫る対象には、財務基盤の強化やそれに必要な人材育成策なども含まれている。「教育研究業績や能力に応じ、処遇の向上や教育研究環境の保証が一層なされるよう、メリハリある給与体系への転換と業績評価の充実」という研究者の評価・処遇に関する改革が一つ。さらに「経営を担う人材の計画的な育成・確保」や、「大学が持つ強みのある研究分野やその研究成果についての組織的、積極的な情報発信と、民間に対する『提案型』の共同研究や大学本部のイニシアティブによる組織的な産学連携の推進」といった自己収入拡大に関するものだ。

 国立大学側は、こうした行政、産業界からの要請についてどのように対応しようとしているのだろうか。国立大学協会は6月15日に「国立大学の将来ビジョンに関するアクションプラン(中間まとめ)」を公表している。「地球規模の課題、国や地域が直面している問題、社会や産業界のニーズなどを把握し、明確な目的意識を持って大学発の技術あるいは大学に創出を要請される技術の開発を推進する」、「寄付金などの外部資金、正規課程以外の教育サービスによる収入などの多様な財源確保に努める」といった記述から、社会の要請に対応しようとする姿勢はうかがえる。

 しかし、「これ以上の運営費交付金の削減は行わない」や「大学・研究組織の連携・共同で展開する研究・教育については、運営費交付金の一部と文部科学省内の競争的資金の一部を一体的に活用できるよう柔軟かつ競争的に支援する」といった主張では、産業競争力会議が求める自己改革とはまだだいぶずれがある—。そう感じる人はいないだろうか。

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